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166.その右手を男の額に押し当てた。

「してエチゴヤ、そちらの御仁が?」


「はい。こちらはアサエモン。人の記憶を消去するスキルを保有する者でございます」


 アサエモンと呼ばれた〈代理人〉は、ダラリと垂れ下がった長髪が特徴的な不気味な男だ。

 前髪も長く、その隙間からふたつの瞳が爛々と輝いている。

 もちろん〈百面相〉によりそのような見た目を選んだに過ぎない。

 アサエモンという名前は死刑執行人の山田浅右衛門から取った。


 ここはジャクロット伯爵邸。

 アサエモンをアブラナサント国王に紹介してもらうために、まずジャクロット伯爵を通すことにしたのだ。

 というよりも、他にルートを知らないのでこうするしかない。

 なお密偵悪魔ギュベイは同席しておらず、この件に関わらせるつもりはなかった。


「確かに犯罪奴隷には反抗的な者も多い。そういう輩が記憶喪失となって大人しくなるというのならば、扱いやすくなるのだが……」


「まさにその通りです。魔王シューベルト様からご友人のアサエモン様が職に就かず才能を腐らせていると相談されまして、こうして伯爵にご紹介したわけです」


「魔王シューベルトの友人か……人材としては希少なスキル持ちは歓迎したいところだが」


「ですから実際に反抗的な犯罪者で試していただければ、アサエモンの有用性にもご納得いただけるかと。記憶を消す以外の能はありませんが、それ以外は私の方で面倒を見させてもらいます」


「エチゴヤが後見人ということなら、我が国王陛下も安心するだろう。では早速、王城にてそのスキルを見せてもらおう」


 こうしてジャクロット伯爵の馬車で、俺とアサエモンは王城へと向かった。



 幾つかの面倒なやり取りの後、ひとりの犯罪者が選ばれた。

 厳重な警備態勢のもと、ヴァレス・アブラナサント国王とジャクロット伯爵、そして俺とアサエモンが椅子に縛り付けられた男を前にしている。

 目隠しに猿ぐつわで男の顔は分からない。

 罪状にも興味はなかったし、何も説明もないため聞いていない。

 ただ身をよじってなんとか椅子から逃れようと足掻く姿の男は、きっとこの束縛を解けば反抗的な罪人ということになるのだろう。


 国王がアサエモンに「では記憶を消してみせよ」と命じた。

 椅子に縛り付けられている男からは困惑と恐怖のためか一層、暴れようとするが両肩を騎士に押さえつけられて微動だにもすることができなくなった。


 アサエモンがゆらり、とした足取りで罪人に近づき、その右手を男の額に押し当てた。


「…………」


 アサエモンは無言でそのまま数分、男の額に手を押し当てていたかと思うと、すっと手を引いた。

 あれほど暴れようとしていた罪人はすっかり抵抗の気力を失ったかのように、大人しくなっていた。


「……記憶は消した」


「ふむ。では目隠しと猿ぐつわを外せ」


 国王の命令で騎士たちが慎重に目隠しと猿ぐつわを外す。

 男はキョトンとした表情で、なぜ自分が椅子に縛り付けられているのかも理解していない様子だった。


「罪人、マーティンよ。気分はどうだ?」


 国王の傍に控えていた騎士が告げた。

 恐らくは罪人の管理を任されている騎士なのだろう、緊張した面持ちで男に問うた。


「あの……騎士様? 俺は確かにマーティンだが。一体、ここはどこなんです? 俺はなぜ椅子に縛り付けられているんです? 罪人とは俺のことですか? 何か悪いことでもしたんですか?」


「なっ……!?」


 国王も伯爵も、周囲の騎士たちも息を飲む。

 驚いていないのは、アサエモンと俺だけだ。


「本来ならば死刑になるはずの男でした。何件もの押し込み強盗をしており、幾人もの平民の女性を乱暴し、殺してきた凶悪犯です。それゆえ手がつけられない凶暴さだったのに、今は毒気を抜かれたように大人しい……」


 男がギョっとした表情で騎士を見上げる。


「お、俺がそんな大それた事を?! なにかの間違いじゃ……俺は、俺は無実です!!」


「いいや、確かにお前がしたことだ。マーティン。本来ならば処刑されるところだったが……記憶を失っていては仕方がない。犯罪奴隷として真面目に働けば、いつの日か日の当たる場所へ出ることができよう。どうする?」


「そんな……俺が……犯罪奴隷?」


 男の困惑とは別に、国王はひそひそとジャクロット伯爵とエチゴヤに向けて「どうなるか分からぬから死刑囚で試させてもらった。結果は見ての通り、あの殺人鬼マーティンが大人しいただのボンクラになるとはな」と言った。


「アサエモンと言ったな。エチゴヤ、あれを雇わせてもらいたい。報酬は前例がないため要相談だが」


「アサエモンは仕事がない日はウチの商会の部屋で生活させますゆえ、通いでお頼みしたい。報酬はひとりの罪人につき金貨2枚でどうでしょうか?」


「安くないか?」


「まともな定職にも就かずにブラブラしていた男ですゆえ、それだけあれば十分です。アサエモンとしては自分のスキルを活かす場を与えて自信をつけさせてやりたい。高額ですと罪人を厳選しなければならなくなるでしょう? できれば小悪党でも、犯罪奴隷に落ちる態度の悪い者はすべてアサエモンで記憶を消してやるくらいの方が奴にとってもありがたいのです」


「ふむ……あのアサエモンとやらはそこまで自分を卑下して生きてきたのか?」


「人の記憶を消すだけのスキルしか能がありません。ゆえに仕事を与えられることこそが人生の喜びになると踏んでいます」


「あい分かった。ではアサエモンを雇う条件はそれで良かろう」


 話はまとまった。

 今日は一旦、王城から立ち去ることとなった。

 後日、アサエモンには登城許可証が与えられることとなり、罪人浄化役という謎の役職を得ることになる。



 エチゴヤ商会の個室。

 人払いのしてある部屋の中で、俺はアサエモンから罪人の技能に関する記憶のみを〈記憶奪取〉で奪った。


《〈解錠〉のスキルを習得しました》

《〈拷問〉のスキルを習得しました》

《〈解剖知識〉のスキルを習得しました》


 そしてアサエモンは〈アイテムボックス〉から取り出した首狩りの短刀で自分の首を掻っ捌く。

 自害したアサエモンから吹き出した血しぶきと死体は、魔力となり霧散して消えた。


 ――〈代理人〉が死ぬと跡には何ものこらないのか。


 後は俺が習得したスキルを本体と記憶共有するだけだな。

 新たなアサエモンも派遣してもらわなくてはならない。

 俺は〈隠れ家〉の扉を作り、本体の元へと向かった。

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