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165.面白いなあ、この子。

「おっと?」


「ああ――!!」


 余所見をしていた子供が声を上げた。

 俺の服にはベッタリとアイスクリームが引っ付いている。

 泣き出しそうな子供に、泣きたいのはこっちだと言いたくなるが、不毛なので言わないでおく。

 だがそれよりも。


「ごめんなさい、コウセイさん。……もう、だから余所見はあれほどするな、と言ったじゃありませんか」


「だってぇ……」


 子供の情けない声は耳がスルーした。


「……何をしているんですか、サイネリア神殿長?」


「あら、見て分かりませんか。孤児院の子供たちの引率です」


「神殿長が自らですか?」


「離れたところに護衛も付いてきていますから、大丈夫ですよ」


 いや、そういう意味で言ったわけじゃないんだが。


「ええと服が汚れてしまいましたね。よろしければ孤児院で洗濯をさせてください」


「ああ、助かります。このまま街を歩くのは御免被りたいので」


「では一緒に参りましょう。ちょうど帰るところだったのです」


 アイスクリームを俺の服に食われた子供が物欲しそうにサイネリア神殿長を見上げている。

 しかしサイネリア神殿長は「あなたが余所見をしていたから創世の女神様がアイスクリームを取り上げたのですよ。今後は余所見しないようにしなさい」とにべもない。

 これが神殿長の教育方針なのだろう、きっとこの子供は今日のことを教訓にして、アイスクリームを持ったときは余所見しなくなるのだ。



 孤児院は俺の事務所から割りと近所にあった。

 着替えを借りて、洗濯は孤児院の職員に任せた。


「洗濯が終わるまでしばらくかかりますね。ついでですから、お昼も食べていってください。たくさん作るので、ひとり増えたところで変わりませんから」


「そうだな、じゃあ遠慮なくご相伴に預かろう」


「任せてください」


「……ん? もしかしてサイネリア神殿長が腕を振るうのか?」


「そうですよ。神殿では腕を振るう機会もありませんから。孤児院では自由にさせてもらっているのです」


「そうか。手伝おうか? 料理の腕前なら俺もなかなかのものだぞ」


「まあ、助かります。たくさん作るので食材の切り分けをお願いしますね」


「分かった」


 俺は〈精密作業〉と〈料理〉のスキルを遺憾なく発揮して、食材を切り分けた。

 この辺はクロエに婿入りしたコウセイの記憶が活きている。


「わ、早い上に均等に切り分けてくださったのですね」


「料理の腕前はなかなかのものだと言っただろう」


「嘘ではないと分かっていたのですが、しかし本人がそう思い込んでいるだけという場合も少なくないもので。信用せずに申し訳ありません」


「別に構わない。ご馳走になるのはこちらだしな」


「では私の腕前も言葉通りだという証拠をお見せしましょう」


 サイネリア神殿長は切り分けた食材で何品かの料理を作った。

 知らないレシピは北国特有の家庭料理だろうか。


「どうですかコウセイさん。私の腕前もなかなかのものでしょう?」


「ああ、そのようだな」


「では子供たちを集めて、食事にしましょうか」


 孤児院の職員たちが子供たちを集めて、俺とサイネリア神殿長は上座に位置するテーブルにて並んで食事を取ることになった。


「美味しいな、このスープは。食べたことのない味だが、この地方の家庭料理か?」


「ええ。私の田舎の料理です。気に入ってくれたなら何よりです」


「できればレシピを知りたいものだ」


「あら、このスープのレシピは家庭ごとに違う味なので極秘なんですよ。それこそ私が嫁入りしても、娘にしか伝授しない類のものです」


「ほう、それじゃここでしか味わえないわけか」


「そうですよ。コウセイさんは運が良いですね。いえアイスクリームの件で相殺でしょうか?」


「いや、幸運だよ。俺は運が良いんだ」


「…………ありがとうございます」


「ん?」


 小さく呟かれた言葉に、つい目がいく。

 神殿では毅然とした態度だったが、孤児院では自然体でいられるらしい。

 体の良い息抜きを兼ねているのだろう。

 耳が赤いのは寒いからではなく、照れているからなのだろうか?


「案外、可愛い人なんだな。サイネリア神殿長は」


「っ!?」


 あ、これ嘘じゃないって伝わっちゃったか。

 あーあー、スープが気管にでも入ったのかむせている。

 悪いことをした。


「な、な、なんということを言うんですか!! 私の正体を知っていて、か、可愛いとか……」


「ん? でもスキルで本当かどうかは分かっただろう」


「そうですけど……そうじゃなくてぇ……」


 なんだこの可愛い神殿長は。

 大神殿では毅然とした態度と、嘘を見抜くスキルで隙もなかったのに、孤児院ではえらく可愛らしい。

 当然か、まだ二十歳くらいだろうし。

 俺はかねてから気になっていたことを聞いてみることにした。


「そういえば、気になっていたんだが、なぜ若い女性が神殿長をやっているんだ?」


「え? ええと、急な話題転換ですね。……それは私がくじ引きで選ばれたからですが」


「……は? くじ引きで神殿長を決めるのか?」


「はい。といってもくじが引ける候補者になるためにまず他薦による選挙があります。私は敬虔な信徒としてそれなりに人徳もありましたし、〈虚言看破〉〈神力感知〉〈祈念〉のスキルを持っていますから。ギリギリで当選者に滑り込み、まんまとくじ引きでアタリを引いたわけですね」


「マグレで選挙に当選することはあり得ない。本当に人徳があるんだな」


「っ、だからなぜそういうことを……!!」


「ん? 自分で人徳があると言ったじゃないか」


「それはそうですが……」


 表情が百面相しているぞ、サイネリア神殿長。


「ちなみに教義について詳しくないから知らないんだが、神官の結婚は許されているのか?」


「意味が分かりません。神官とて人類です。結婚が禁止されるなど創世の女神様が許すわけありません。神官は罪人ではないのですよ?」


「いや、俺のいた故郷ではそういう宗教もあったものでな」


「……あ、そうだったのですね。純粋な興味からの質問でしたか」


「じゃあサイネリア神殿長も結婚できるんだな?」


「っ?! 当たり前じゃないですかっ!!」


 真っ赤になって肯定するサイネリア神殿長。

 面白いなあ、この子。


 たまには孤児院に遊びに来てこういう気の抜けたサイネリア神殿長と会話するのもいいかな、と思ってしまった。

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