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162.すべてやってみせなさい。

「おかえりなさいませ、旦那様」


 口々に従業員たちが唱和する。

 俺はメルシヨンの森からアイスドラゴンで王都へ戻り今、馬車でこうして自分の商会へと戻ってきたところだ。


 従業員のリーダーであるルシエルが素早い身のこなしで、しかしどこか優美さを感じさせる足取りのまま俺の傍にやって来た。


「旦那様、本日もお客さまは盛況でした。ゆえに店頭の品々はすべて売り切れ。多くの予約注文を取りました。本当に予約に制限を設けなくて良かったのですか?」


「予約は店頭に置かれた数以上は注文できないことになっているし、数が多ければお待たせすることになる、と言ってありますよね? これは制限ではないのですか」


「まったく制限になりません。店頭に置いてある板チョコレート十枚はあっという間に売り切れましたし、予約は板チョコレートを最大数の十枚での注文ばかりですよ」


「なんとかしましょう」


「…………なんとか、なるのですか?」


「なりますよ。まあ任せてください」


 俺は商会長室に入ると早速、予約表を確認してから本体に〈ホットライン〉を繋げる。


「もしもし本体ですか。エチゴヤです。板チョコレートの増産を頼みたいので、〈代理人〉を魔王城に派遣して欲しいのです」


「分かった。どのくらい必要なんだ?」


「板チョコレートは二百二十枚です。その他にも野菜や香草なども多く注文を受けています」


「ふむ……〈代理人〉を十人ほど魔王城へ送っておく」


「ありがとうございます」


「なに。商売が順調そうでなによりだ。用事はそれだけか?」


「はい。あ、昼前の指輪作成の件、お客様にお喜びいただけました。改めて、ありがとうございました」


「ああ、再生の指輪か……ディアリスとミウとゴロウの分だしな。いいよ礼なんて」


「そうですか? まあ自分が自分に礼を言うというのもおかしな話かもしれませんが」


「そうだ。記憶を共有したときに微妙な気分になりそうだからな。遠慮はいらない。錬成の途中なんだ、用事がなければ切っていいか?」


「ああ、これは申し訳ない。〈代理人〉の件はよろしくお願いします。では失礼します」


 俺は〈ホットライン〉を切った。


 魔王城にて〈新緑の魔手〉でカカオを促成栽培してから、板チョコレートを増産する目論見だ。

 〈新緑の魔手〉は〈醸造〉による発酵も促進できるため、チョコレートに必要な工程はすべて高速で行える。

 野菜や香草も促成栽培して収穫できるから、予約注文を捌くのは実は余裕なのだ。


 〈気配察知〉によれば近づいてくる気配がひとつある。

 恐らくは従業員のリーダーを任せているルシエルがお茶でも持ってきてくれるのだろう。

 現場のリーダー役なのだが、積極的に俺にお茶を持ってきたり世話を焼こうとしてくるルシエラ。

 恐らくはハニートラップだろう。

 国王が俺の妻か愛人にルシエルをねじ込もうとしていると思われる。


 扉がノックされる。


「開いているよ」


 俺が応じると、ルシエルが入ってきた。

 想像通り、お茶をトレーに載せて持っている。


「お疲れ様です旦那様。お茶を入れてきました」


「いつも気が利くね、ルシエル」


「いえ、旦那様のためですから」


 笑顔を絶やさずにお茶を受け取る。

 躊躇なくお茶を一口。

 うん、美味い。

 国王の密偵ともなるとお茶の入れ方すら一流なのだろうか?


 ルシエルはスルリと俺の横に立った。

 そしてそのまましなだれかかってくる。


「……どういうつもりです、ルシエル?」


「もう日が暮れかけております。他の従業員たちは閉店準備に追われていますよ」


「……それで?」


「今なら誰も来ません。旦那様は意地悪です。私の気持ちに気づいておられるでしょう? なのに……」


 豊かな胸を押し当ててくる。

 着痩せするタイプなのだろうか、意外とある。


「この状況で一体なんのことでしょう、とは答えられませんね。しかしルシエル、いくら閉店作業中でもまったく人が来ないこともないでしょう。私は商会長、あなたは従業員たちのリーダーですから」


「実は人払いしてあります。従業員のリーダーの特権乱用ですね」


「本当に。まったく……」


「旦那様。私のことを好きにしてくださって構わないのですよ? なんでもご命令ください」


「では遠慮なく。ルシエルが私に身体を開くのは、誰の命令ですか?」


「え?」


「国王の手の者であることは知っています。これは国王から命じられたのですか? それともあなたの意思ですか?」


「…………そんな、酷いです。旦那様」


 目の端に涙を浮かべるルシエル。

 これが国王からの命令でしていることなら大した演技派だ。


「国王直属の密偵『闇鴉』。その忠誠心は高く、死を命じられれば躊躇わず自害すると聞きます。そんなあなたが命令以外で私に身体を開くとは思えませんよ」


「私のことを、どうやってお知りになったのですか?」


 指で涙をすくい上げて、怜悧な目で俺を見つめるルシエル。

 どうやら本性を現したらしい。


「私はこれでも商会長です。従業員が誰の紐付きかはすべて把握しています」


「まさか……」


「全員が国王派の貴族の密偵でしょう?」


「…………」


「命令の内容はなんですか、教えてくださいルシエル。なんでも言う事を聞くのでしょう?」


「……はぁ。確かに国王陛下からのご命令で、あなたの妻か愛人かになれと命じられています。でも、それだけじゃない。私の望みでもあるのです」


「あなたの望み?」


「旦那様ほどの男は他にいません。その強烈な魔力……底が知れない」


 俺の魔力は魔王シューベルトと国王に面会したときに見られているから、特に〈魔力隠蔽〉はしていない。

 どうやらルシエルは〈魔力眼〉を持っているらしい。

 普通〈魔力眼〉は先天的なものだから、価値観に強く個人の魔力量が関わるようになる。

 ルシエルにとって初めて見る、莫大な魔力を纏った男。


 ……クロエと同じパターンか。


「国王陛下の命令ではありますが、私はその命令によって個人的な想いも遂げられると信じていました。……しかし旦那様は私どもの上を行った」


「…………」


「駄目でしょうか? 妻とは言いません。どうか愛人で構いません。旦那様のお情けを頂けませんか?」


「……それならひとつ言う事を聞いてもらいましょうか。国王の周辺情報を私に報告してください」


「それは……」


「できませんか? 国王の命令を忠実にこなし、自分の想いを遂げ、なおかつ私の望みを叶える。すべてやってみせなさい」


「二重スパイになれと」


「それができないなら、部屋から退出してください」


「…………」


 シュルリ、と一枚、一枚、衣服をはだけていくルシエル。


「旦那様のご寵愛が頂けるなら、私はその間だけ旦那様のものになります」


 それは抱かれている間だけは国王の周辺情報を話す、という苦肉の選択。

 どうやら彼女にとって国王を裏切るのは容易ではないらしい。


「いいでしょう。私のものである間は、文字通り私のものとして働いてもらいましょう」


「はい。かしこまりました、旦那様」


 全裸になったルシエルの美しい肢体を撫でながら、俺はまず最初の命令を口にする。


「ルシエル、まずは口で奉仕してもらいましょうか」

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