161.俺たちには指輪がみっつ、必要だ。
ディアリスとミウが見守る中、俺を訪ねてきたエチゴヤに世界樹の葉を見せた。
「なるほど。素晴らしい鮮度。錬金術の素材として最高級の一品ですな」
「コウセイも喜ぶだろ。で、幾らで買い取ってくれる?」
「金貨50枚でいかがでしょう」
「面倒なやり取りはなし、ってことだな。いいぞそれで」
「では商談成立ということで」
エチゴヤが金貨の入った革袋を〈アイテムボックス〉から出した。
俺はそれを受け取り、代わりに世界樹の葉を渡す。
エチゴヤは世界樹の葉を大事そうに受け取り、〈アイテムボックス〉に仕舞った。
俺は革袋から金貨25枚を出して、〈アイテムボックス〉に放り込む。
そして俺たちのやり取りを見ていたミウに、革袋を渡す。
「はい、ミウ。約束の金貨25枚だ」
「え、ほんとにいいんですか?!」
「ん? 葉を拾ったときに半分はミウの分って言っただろう」
「でもでもでも、金貨25枚って凄い大金ですよね?!」
「まあ、この里で暮らす限りは使い道に困りそうではあるよな」
「ほ、ほえー」
ミウが革袋の中の金貨を覗いて変な声で鳴いた。
ディアリスもミウに身を寄せて革袋の中身を見て、「うわ、本当に金貨だ……」と呟いた。
ふたりは身を寄せ合っていても、ミウが嫌がらないようになった。
ふたりは仲睦まじい姉妹に戻ったのである。
もちろんディアリスの想いは変わらず、ミウもディアリスのことは大好きな姉として接している。
だがディアリスは想いを遂げたため、以前のようにミウにウザ絡みしなくなった。
頻繁に色目を使うようなことはなくなり、仲の良い姉妹にしか見えない。
……毎晩、姉妹丼を頂いている俺からするとふたりの仲が良いのは悪いことじゃないんだがな。
さてエチゴヤはニコニコと笑みを浮かべたまま待っている。
俺はふたりを背後にして、エチゴヤに向き直った。
「ゴロウさん、世界樹の葉はもっと入手できませんか? できれば実もあると嬉しいのですが」
「俺の一存じゃ無理としか。……どうだ、ディアリス?」
「え、私?!」
急に話を振られて戸惑うディアリス。
「いやだって、族長が決めることだろう」
「そっか、そうだね。…………ごめんなさい、私たちが世界樹から何かを奪うことはできません」
エチゴヤは落胆を隠さず、「それは残念です」と言った。
「ではメルシヨンの芋を商うことはできますか?」
「芋か。あれも王族の派遣して来た特定の商人にしか売れない決まりになっている。すまない」
「ふうむ、それは残念です。では逆に、欲しいものはありますか? 金貨の使い道には困るでしょう。私の〈アイテムボックス〉には様々な商品が入っていますし、なければすぐに仕入れて来ますよ」
「……だってさ、ミウ。どう? 何か欲しいものはある?」
ディアリスの問いかけに、ミウは革袋を両手で大事そうに抱えながら、「そうですね……」と少し考える。
「あ!! ゴロウさんとお揃いの結婚指輪が欲しいです!!」
「なるほど、宝飾品ですか。どのような宝石がお好みでしょう?」
「緑色の宝石……エメラルドとか」
「なるほどなるほど。エメラルドの指輪ですな? それを揃いのもので、と」
「は、はい。どうでしょうか」
「少し時間を頂けますか。用意して参りますので」
「はい、よろしくお願いしますっ」
商談が成立してしまった。
俺は少し困った表情を作って「普通、結婚指輪は男から送るものじゃないのか?」とミウを嗜める。
「ゴロウさんから貰えたら確かに嬉しいですけど……どうせ金貨の使い方は分からないので、私に買わせてください」
「ミウがそれでいいなら、いいんだけどね」
エチゴヤは立ち上がり、邸宅の表に出た。
そこにはアイスドラゴンが翼を休めている。
エチゴヤは今日のためにアイスドラゴンを使って王都からメルシヨンの森に飛んできたのである。
「それではエメラルドの指輪を見繕ってきます。少々、お待たせしますがご容赦ください」
「すまんな、エチゴヤ。往復させて」
「いえ。商人として世界樹の葉を仕入れさせてもらったのですから、このくらい苦労の内にも入りません」
そう言って、エチゴヤはアイスドラゴンに乗って、飛び去った。
どこへ向かったのかは不明だが、エメラルドなら大迷宮でそれなりに宝箱から出ている。
リングの素材となるプラチナのインゴットも入手しているから、本体の錬金術で指輪は作れるはずだ。
だから素直に王都へは飛ばずに、どこか人目につかないところに降りて本体に〈ホットライン〉で指輪の作成を依頼すると思われた。
昼食の後、エチゴヤはしれっとした顔で戻ってきた。
俺たちの食事が終わるタイミングをわざわざ〈ホットライン〉を使って俺に尋ねてきていたから、タイミングの良さは偶然ではない。
「ミウ様、ご注文の品を入手してきましたので、ご確認ください」
「はいっ」
エチゴヤはリングケースに入ったエメラルドの指輪をふたつ、〈アイテムボックス〉から取り出した。
エメラルドの指輪、台座は想像通りプラチナだろう。
デザインからしても、やはり本体が作成したものだと思われる。
「わあ、綺麗!!」
「そちらのエメラルドはダンジョン産の高品質なものです。台座にはプラチナを使用しております」
「凄いです、こんなに素敵な指輪は初めて見ました」
「ひとつ、金貨10枚となりますので、ふたつで金貨20枚です。いかがでしょうか?」
「払います。買いますこれ」
革袋から金貨20枚を取り出し、エチゴヤに支払うミウ。
エチゴヤは笑みを深めながら金貨を受け取る。
「さて今日は初めての商いであることですし、サービスさせて頂きます」
「え?」
「指輪をふたつお買い上げのお客様に、もうひとつオマケでプレゼントしましょう」
そう言って、みっつ目のエメラルドの指輪を取り出し、ミウに手渡した。
ミウは「ほえー!?」と驚きの声を上げた。
俺は堪えきれずに思わず失笑してしまった。
ディアリスとミウ、そして俺の関係を知っているエチゴヤは最初から指輪をみっつ、揃いで用意していたのだ。
「え、でもひとつ金貨10枚の指輪がタダに……え、えー?!」
「ミウ、もらっていいよ。エチゴヤは損な商いをする奴じゃない。それに俺たちには指輪がみっつ、必要だ。そうだろ?」
「!! はい、そうですね、ゴロウさん。……お姉ちゃん、ひとつ受け取ってくれる?」
ミウが小首をかしげてディアリスを見上げる。
当然のようにディアリスは感極まったように涙ぐみながら「もちろんよ!!」とミウに抱きついた。