138.最後の謝罪の言葉は呟くように小さく。
散発的に現れるメルシヨン氏族の森人族を殺していく。
ディアリスは同胞を殺しても平然としているようだ。
族長の娘として生まれ育ったのなら、彼らとは顔見知りだろうに。
内心が伺い知れない。
そう分からないと言えば、そもそも族長である父親殺しを望み、あまつさえ母親まで殺して自分が族長になるという選択肢を選んだのが、早すぎるのも気にかかる。
もっと苦しみ抜いて選ぶ選択肢ではないのだろうか。
それとも両親とは不仲だとでもいうのか?
「…………」
「どうした、ゴロウ。押し黙って」
幾度目かになる襲撃を切り抜けて、俺たちは気軽に軽口を叩ける程度に距離を詰めていた。
難しい顔をしていたわけじゃないだろうが、考え事をしていたのは確かだ。
戦斧についた同胞の血を布で拭うディアリス。
その顔に葛藤は見受けられない。
「いや、ディアリスの内心が読めなくてね。ちょっと考えていたんだ、君のこと」
「私の内心……? 他人の心の内など誰にも読めないだろう」
「そうなんだけどさ。あまりにも平然と同胞を殺していくのを見て、内心ではどう思っているのかと、気になったわけさ。気に病んでいないだろうか? とね」
「……そうだな。確かに氏族の同胞だが、今は私を殺そうとする追手だ。やらなければやられる」
「そうかい。そう考えるんだね、ディアリスは」
「…………」
戦斧を担ぎ直して、ディアリスは「もういいか? 行くぞ」と告げた。
夜を徹して走る。
メルシヨンの森はそう離れてはいなかったが、〈睡眠不要〉の俺と違ってディアリスにはやや疲労の色が見える。
「ディアリス、休憩するか?」
「いや。できるだけ早く事態を収拾したい」
「ならこのままメルシヨン氏族の里へ向かうか」
「ああ」
ディアリスは、ブウン、と戦斧を翻して強い視線を森の奥へ向ける。
どうやらやる気は十分のようだ。
下手に休憩を取るよりは、この勢いのまま進む方がいいだろう。
ディアリスは迷いのない足取りで森を進む。
しばらく歩くと、木造の門が見えてきた。
門の上にいる見張りの森人族が慌てて俺たちの襲来を報告に消えた。
ディアリスは硬い表情で門を睨みつける。
「門はやはり閉じているか……どうやって里に入るか」
「破壊したらマズいのか?」
「…………破壊、できるのか?」
「もちろんだ。構わないなら、門を吹き飛ばすけど」
「頼む」
「分かった」
俺は前方にある木造の門に狙いを定めて、詠唱を始める。
「我は創造する。剣より長き刃もつもの。汝の名は槍。――〈ロケットジャベリン〉!!」
現出した槍は六本。
いずれも着弾すれば爆発する魔槍。
それらが真っ直ぐに射出された。
耳をつんざく爆音と眩い閃光。
ゴウゴウと燃える門だったものの残骸。
門には大きな穴が空いていた。
「凄いな……こんな魔術も使えたのか」
「まあね。では里に入ろうか」
ディアリスは炎が燻る門へと身を躍らせる。
俺は〈寄生〉中のボーンガーディアンに抱えられて、門を越えた。
深夜の襲来。
いくら爆音が鳴り響き門が焼け落ちたとて、ディアリスの足を止める刺客は現れない。
足早に里の中を駆けるディアリスに続く。
里の奥、ひときわ大きな木造の屋敷に、険しい顔の森人族が仁王立ちしていた。
「父上、決着を漬けよう」
「ディアリス……貴様、一体なにを」
「私が族長になって、自身の罪を帳消しにする」
「馬鹿な……」
それは即ち、ディアリスが現族長である父親、そして次なる族長候補である母親を殺すという意味である。
背後に気配がポツリポツリと集まってくる。
深夜だが門が爆破されたのだ、里の者たちが起きて族長の邸宅に集まろうとしているのだろう。
ディアリスが勢いよく走り、戦斧を振るう。
完全に無抵抗のまま、父親を斬り伏せた。
「ディアリス!? あなた、一体なにをしているの――ッ」
族長の邸宅の中から、ふたりの森人族が出てくる。
叫んだひとりは恐らくディアリスの母親だろう。
そして困惑した表情でいる少女がディアリスが救った妹のミウか。
「母上。申し訳ないがここで死んでもらう」
「なにを言っているの、ディアリス。あなたそんなことをして何を考えているのッ」
「次の族長になるのにあなたが邪魔だ、母上」
「――ッ!? そんな、あなたまさか」
「ごめんなさい」
最後の謝罪の言葉は呟くように小さく。
ディアリスが戦斧を一閃すると、母親の身体を両断した。
鮮血が舞う。
「ああ……お姉ちゃん?」
「……ミウ。元気になって良かったわ。こんな姉だけど、軽蔑しないでいてくれると嬉しい」
「…………軽蔑なんて。だってお姉ちゃんは命がけで私を助けてくれたんだよ?」
「そう。ありがとう、その言葉だけで救われた気持ちになるわ」
ぞろぞろと集まってきた里の森人族たち。
邸宅の前にディアリスの両親が血の海に沈んでいるのを見て、すべてを察したらしい。
ディアリスは里の人々の方に向き直る。
「私の父母は死んだ。故に、次の族長には私がなるッ!!」
続けて里の人々に「異論ある者はあるか!?」と問いかけた。
沈黙を異論なしと決めつけて、ディアリスはメルシヨン氏族の族長になったのである。