127.俺より詳しい奴はいない。
俺はブイユゲット王国の大神殿の前に来ていた。
朝早くから祈りに来ている王都の人々が多い。
俺もひとまずはその流れに乗って、礼拝堂の中に入る。
荘厳な雰囲気の礼拝堂には創世の女神と思しき石像が飾られており、建物の構造がそうしているのか天から光が当たっている。
それは美しい光景だった。
地球人を強制的に転移させて最終的に殺し合いをさせた女神とは思えない神々しさだ。
俺は他の人の祈る仕草を真似ながら、なんとか礼拝を終えた。
そして祈る人々を見守るように立つ神官に話しかける。
「すみません、お願いがあるのですが」
「はい? なんでしょう、旅のお方」
「私は創世の女神様の威光に心打たれ、ここまで巡礼の旅をしてきました。しかしそれでもこの信仰心は満たされません。どうかお願いです、私をここで働かせてはいただけないでしょうか?」
「ここで……働く、ですか。つまり俗世を離れて神殿に入るということですね」
「はい。唐突なお願いになりますが……」
「大丈夫です、そういうお方も稀にいらっしゃいますから。ただし神殿というのは、一度入ったら二度とは出られないと思ってください。生涯を祈りに捧げ、俗世との縁を絶ち、死の間際まで創世の女神のものとなる。その覚悟が、あなたにありますか?」
「はい。私は生涯、この神殿で祈り続けることでしょう」
「……よろしい。私は一介の神官に過ぎません。神殿に入るには、司祭以上の推薦が必要となります。私の推薦人であるクックアロン司祭を紹介しましょう。私ができるのはあなたを司祭に紹介するところまでです。ところでお名前をまだ聞いていませんでしたね」
「スサノオと申します」
「スサノオさんですね。ではこちらへ――」
神官の案内で神殿の奥へと通される。
大神殿は礼拝堂以外も巨大で、階段を登った先にクックアロン司祭の部屋があるそうだ。
神官がひとつの扉の前で立ち止まった。
「クックアロン司祭、新たに神殿の門を叩く信心深き客人が参られておいでです」
「――入りなさい」
「失礼します」
神官は扉を開け、俺についてくるように促しながら自身も中に入った。
そこは紙がうず高く積まれた机と、沢山の書物がぎゅうぎゅうに詰められた本棚と、そこに入り切らずに床に積み上げられた書物で一杯の部屋だった。
部屋の主は、机の向こう側で何やら分厚い書物に目を落としていた。
クックアロン司祭。
頭はとうに禿げ上がり、ゆたかな白髭が口元を覆っている、老人だった。
司祭は書物から顔を上げて、視線をこちらに寄越した。
「君が物好きな新人かね」
「スサノオと申します。信仰に目覚め、居ても立ってもいられずにこうして大神殿に巡礼をしに来て、今は神殿に入る覚悟を決めた若輩者です」
「そうか……。神殿に一度入ったら、死ぬまで解放されることはない。朝起きて祈り、昼間も祈り、夜も祈りを捧げて就寝する。そんな毎日に耐えることはできるか?」
「素晴らしい。それこそ私の望んだ生活です。創世の女神への信仰こそ、我が生涯と言い換えても過言ではありません」
「やれやれ……また頭のおかしい奴がひとり増えるな」
司祭は積み上がった紙の中から一枚を引き抜き、そこに何やら書きつけて神官に差し出した。
「ほれ、推薦状だ。名前はスサノオ、種族は人間族、年齢は三十歳。間違いないな?」
「はい」
「よし、じゃあこれ持って神殿長のところへ行きなさい」
クックアロン司祭は神官に用紙を手渡すと、再び書物に目を落とした。
どうやら推薦状を頂けたらしい。
神官は「では神殿長のところへこれを提出しにいきましょう」と言った。
階段をまた上り、扉の前に立つ。
神官は今度はノックをしてから、声を出した。
「サイネリア神殿長。新しい神の家の子の推薦状をお持ちしました」
「――どうぞ」
「失礼します」
扉を開けると、質素ながら品の良い広い部屋に、美しい女性がひとり。
身体のラインを隠すようなローブに銀色の長い髪を結わえて垂らしている。
どうやら彼女が神殿長らしい。
「まずは推薦状を受け取りましょう」
「こちらになります」
「…………確かに。クックアロン司祭の推薦ですか。どうせロクに見もせずに書類を書き上げたのでしょうね」
「いえ、そのようなことは……っ」
「良いのです。あなたは退出しなさい。スサノオと言いましたね、そちらに座ってください。今、お茶を入れましょう」
神官は「失礼します」と告げて退出した。
神殿長は手ずからお茶を入れ、テーブルを挟んだ俺の対面に座った。
「スサノオ。ここは神殿です。神聖なる神の家。ここでは祈りを捧げることに始終します。それ以外のことといえば生きるための最低限の食事と睡眠だけ。そんな厳しい場所へ、進んで入ろうというのですか?」
「はい。私は創世の女神への信仰心に目覚め、巡礼の旅をしてここまで来ました。しかしこの礼拝堂で祈りを捧げても、私の信仰心は満たされませんでした。もっと祈りたい、もっと神の近くで奉仕したい。その気持が抑えられなかったのです」
「そうですか……残念です」
「は? 一体、何がです?」
「あなたの言葉のほとんどが嘘であるということが、ですよ。スサノオ……この名前すらも嘘。あなたは一体、何が目的でこの神殿に入ろうとしているのです? この私に嘘は通じません」
嘘を看破するスキルか。
厄介なものを持っていたな。
冷ややかな神殿長サイネリアの視線が俺に突き刺さる。
……正直に話すしかない、か。
「分かりました。ここからは嘘はなしで話します。まず俺の名はコウセイ。先頃まで行われていた創世の女神による聖痕収集のためにこの地に呼び出された選ばれし者のひとりです」
「聖痕……選ばれし者の……え? 本当? それではあなたは女神様の使徒ではありませんか」
「神殿での俺たちの立場については知りません。俺が神殿に入ろうとした目的は、神の力が宿った物品について調べるためです」
「聖遺物ですか。確かにこの大神殿は聖遺物を収集していますが」
「まずどのようなものが聖遺物なのか確認すること。そして入手が可能なら入手すること。それが俺の役目です」
「……嘘では、ありませんね。聖遺物について知りたいのですか?」
「神の力が宿った物品を聖遺物と呼ぶことさえ今、知ったばかりですが、そうですね。そのために神殿に入ろうとしました」
「女神の使徒であるあなたにそこまでさせるとは……一体、なぜ聖遺物が必要なのですか?」
「賢者の石を作るために」
「賢者の石? 錬金術の……え? 本当に?」
「はい」
俺は苦笑しながら頷いた。
聖遺物の保管されている宝物庫は大神殿の地下、限られた地位の者しか入ることのできない場所とされている。
俺は神殿長サイネリアに案内されて、聖遺物の見学に来た。
そして二、三、見張りの神殿騎士とやり取りをした神殿長の後に続く。
そうして宝物庫の中に入り、俺は驚いた。
聖遺物は様々な形をしていたが、なんの力も感じなかったからだ。
「これらが本当に聖遺物なのか? なんの力も感じないが」
「神殿で長く暮らし、稀に授かるスキル〈神力感知〉があれば、ぼんやりと神々しい光を放つ様を見ることができます」
「〈神力感知〉か……ん?」
俺はそこで一通の封筒を見つけて、目を見開いた。
「こ、これも聖遺物なのか!?」
「はい。女神様の使徒ならお持ちでしょう。女神様の手ずから作成した封筒と手紙です」
持ってるじゃねえか、俺!!
これ最初にアイテムボックスに入っていた奴だろ。
まだちゃんとアイテムボックスに仕舞ってあるぞ。
ニコリと微笑んだサイネリアは、「どうやらお持ちのようですね」と言ってのけた。
どうやら俺が聖遺物を所持していることに気づいていたようだ。
「なるほどね、俺は最初から手にしていたわけか……」
「羨ましいです。今回の女神様の使徒とは神殿としてはほとんど接触を持てませんでしたから。気づいたら終わっていたのですよ。……そういえば、あなたは何故、この地に残っているのですか? 女神様の使徒は皆、元の故郷に帰られたのでは?」
「俺だけは望んで残ったからだ」
「できれば今回の使徒様の使命など、詳しい話を聞かせてもらいたいのですが……」
「いいだろう。話せる範囲で教えてやる。だから報酬に聖遺物をひとつ、渡してもらえると助かるのだが」
「もう既にお持ちでしょう?」
「錬金術には失敗がつきものでね。一発で成功するかどうか怪しい」
「なるほど……しかしいずれも貴重な聖遺物。おいそれと渡すわけにはいきません」
「今回の創世の女神の聖痕収集について、俺より詳しい奴はいない。ほとんど全ての情報を掌握していたと言ってもいい。数日かけても詳しい話が聞きたいというのなら、詳細を話すこともやぶさかではない」
「……なるほど。では情報の価値を見極めて、報酬の有無をこちらで決めさせてもらいましょう」
「それで構わない」
こうして俺は、数日ほど大神殿で聖痕収集の詳細を神殿長サイネリアに語ることとなった。