124.国の名前は必要か?
伯爵との会合の後、すぐに先触れが王城へ走り、俺たちは馬車で遅れて王城へ向かった。
今回の馬車にはジャクロット伯爵、護衛の騎士がひとり、魔王シューベルト、そして俺の四人が乗り合わせている。
さすがのジャクロット伯爵も護衛なしで狭い馬車に魔王と一緒は嫌だったようだ。
ささやかな雑談もなく、無言で馬車は王城へと入った。
応接室に通され、伯爵と俺、そして魔王は横並びにソファに腰掛けて国王を待つ。
しばらく待たされた後に、ようやく国王ヴァレス・アブラナサントは現れた。
背後には騎士数名と魔術師を連れている。
魔術師はギョっとしたような顔で俺と魔王を交互に見た。
恐らくは〈魔力眼〉でも使ったのだろう。
……俺と魔王がとんでもなく高い魔力をもち、その色が同じであることを知られたか。
とはいえそれが何を意味するのか、王国側は頭を悩ませるに違いない。
〈代理人〉などという埒外のスキルの存在を想定することは不可能なはずだ。
「待たせたな、ジャクロット伯爵。そしてエチゴヤ」
国王はそう言ってソファに腰を下ろす。
俺たちを敢えて待たせ、魔王を無視して見せたのだ。
恐らくは魔王の反応を試しているのだろう。
「エチゴヤよ、前回から一日しか空いていないが、もうチョコレートなどを仕入れて参ったのか?」
「はい。他にも野菜やスパイス、ハーブなども取り揃えております」
「む、それならば後で城の文官たちとやり取りしてもらおう。ユキの作ってくれた料理のレシピは他の宮廷料理人たちにも伝えられておるのでな。味が恋しかったのだ」
国王はチラりと魔王シューベルトに目をやってから、伯爵に視線を向けた。
「して伯爵。魔王はそなたの眼鏡に叶う人物であったか?」
「は。陛下、魔王を害するようなことがあれば、即座にこの王都が戦火に飲まれる。そう脅されております。そして恐らく事実であろうかと思っております」
「ほほう。それは恐ろしい。では紹介してくれ」
「こちらは魔王シューベルト様。陛下と対等の立場であらせられるとお心得ください」
「……ふむ? 私と対等だと?」
国王はピクリと片眉を上げて魔王を見た。
魔王シューベルトは不機嫌を隠そうともせず、〈王威〉をまといながら口を開く。
「その通りだ、アブラナサント国王。俺は魔王シューベルト。魔王城を代表してやって来ている、この俺もまた王のひとりである。待たせた上に随分と無礼な態度だな。とても友誼を結ぼう、などといった風には見えないが?」
「おお、それはすまんな。我が国の領地内に城を構えていると聞いている。悪魔を束ねる一介の魔術師が私と同等の立場であるとは思いもせなんだ」
「そうか、ならば認識を新たにするといい。目の前にいるこの俺、魔王シューベルトは紛れもなく一国一城の主であると。それからアブラナサント王国の領地に近いとはいえ、王国領内に城を構えているつもりはない。既に築城されて百余年。税の徴収に来る官吏はいなかったぞ。それで王国領内、などと主張するのは図々しいと思わないか?」
「そうか。具体的にどこに魔王の城はある?」
「中央山脈の麓だ」
「ほう……」
間違いではない。
実際に、魔王城はアブラナサント王国の側にある中央山脈の麓付近にある。
「僻地であるな。そのようなところに勝手に城を建てでいたとは。今後は領地を治める貴族に徴税を頼まねばならんな」
「魔王城周辺は俺の領土。王国に税を納める理由はない」
「それはおかしな話だ。地図を持って来い。中央山脈の麓とて、我が王国の領土内であることに変わりはないぞ」
大きくこの世界では詳細な地図が持ち込まれ、テーブルに広げられた。
魔王は地図の一点を迷うことなく指でコツコツと叩いた。
「ここに城がある。どうやらこの地図は古いようだな。我が魔王領が載っていないどころか、王国の領地の色で塗られているではないか」
「古くなどない。そこは古くから王国の領地だ」
「その割には一度も王国の民や貴族に出くわしたことはないがな」
「そのような僻地に誰が赴くか」
「僻地だろうとなんだろうと、ここは魔王の領土である。地図を書き換えろ」
しばし睨み合う魔王と国王。
互いに視線を逸らすことはない。
そして口を開くこともない。
ある種の我慢比べだ。
しばし張り詰めた空気が流れる。
先に口火を切ったのは、国王の方だった。
「……地図を書き換えてやったとして、そちらは一体、何を寄越す?」
「何も。ただそちらの王国に同盟国がひとつ増えるだけだ」
「同盟国、か……」
「そうだ。蒸気機関車を作った後は隣国に戦争を吹っ掛けるのだろう? まさかすぐ近くにある魔王領が同盟国でなく敵国であったら、そのような余裕はあるまい」
「貴様……なぜ蒸気機関車のことを……」
それは〈新聞閲覧〉で日々、蒸気機関車プロジェクトの進捗は俺たちに知られているので仕方がない。
国家の方針として、戦争の準備段階に入っていることも新聞から読み取れた。
国王は気を取り直して、居丈高に口を開く。
「まあよい。それでは次の話題だ。ジスレールフェルスの惨劇について謝罪と賠償を要求する」
「先代魔王の起こしたことだ。俺には関係ないな」
「だが配下の悪魔たちはジスレールフェルスの何の罪もない民を殺しているのだろう。関係がないとは言わせないぞ」
「戦は上官の命令に従って行われるものだ。兵士個人個人に責任はない。ゆえに、俺には関係のない話だ」
「ではジスレールフェルスの死んだ者たちの無念はどうなる? 我が国と友好関係を結ぼうとしている魔王の国が、何の謝罪も賠償もなしにそれを為しうるとでも?」
「魔王領との国交を一般公表するのでもないだろう。誰かから非難されることはないだろう。何か問題があるのか?」
「……貴族らには魔王と友誼を結び、国交を開くことを告げねばならない。そのときに必ずジスレールフェルスの惨劇は障害になる」
「そちらの事情だな。国王であるヴァレス・アブラナサントの仕事ではないか」
「ならば友好国として、魔王シューベルトは我が国にどのような利益をもたらす? ただ敵でないだけならば、それは味方とは呼べぬぞ」
「そうだな……もし戦争を本当に起こすのなら、友好国として幾ばくかの戦力を貸してやろう」
「戦闘の得意な悪魔を貸す、と?」
「実際にはそのときの状況次第だな」
俺たちには〈ボーンガーディアン召喚〉と〈永続召喚〉がある。
予め用意しておいた多数のボーンガーディアンを率いて行けば、派遣するのは悪魔ではなく〈代理人〉のひとりでも構わない。
戦費はタダ同然。
これで友好国を名乗れるのなら安いものだ。
「分かった。魔王との友誼は結ぶことにしよう。そちらの領地を確定してやる。文官と騎士を派遣するから、そのときまでに国名を決めておいてくれ」
「国の名前は必要か? 単に魔王城でよいならそれ以上、名前は必要ない。悪魔たちは全員が城で暮らしている」
「魔王城か……まあ良かろう」
かくしてアブラナサント王国と魔王城との国交が秘密裏に樹立された。