123.伯爵のお眼鏡に叶ったようだ。
俺は魔王シューベルトを伴い、王都のジャクロット伯爵邸を訪ねてきていた。
門衛に「エチゴヤです。ジャクロット伯爵にお会いしたい」と告げると、すぐさま応接室に通された。
あまり待たされることなく、ジャクロット伯爵は護衛の騎士を背後に連れて、現れた。
「やあエチゴヤ。もう次の納品にやって来たのかい?」
「はい。私ひとりなら旅慣れているので、魔王城までなら一日で行けますよ。そして魔王様が一緒ならば、数時間でここ王都へやって来ることができます」
「……その隣の男が、魔王ということでいいのかな?」
「はい。私の主である魔王シューベルト様です」
マントのフードを目深に被っていた魔王は、フードを外して己の顔を見せた。
〈王威〉を常に発動しているため、その溢れんばかりのカリスマにジャクロット伯爵も一瞬、硬直した。
「お初にお目にかかる、ジャクロット伯爵。俺が魔王シューベルト。ウチのエチゴヤが世話になったそうだな。礼を述べる。ありがとう」
「……貴様ッ」
騎士が魔王のあまりにも無礼な態度を咎めようとするが、ジャクロット伯爵が手で制止した。
「なるほど。ただの平民ではないようだな」
「魔王としてここに来ている。魔王とは複数の悪魔を取りまとめるその名の通り、王である。故に他者にへりくだる理由はない」
「ふむ。我が国王とも対等である、と言いたいのかね?」
「その通り。実際、対等だと思っている」
伯爵の背後の騎士が怒りでワナワナと震えている。
だが魔王シューベルトは敢えて伯爵を煽った。
別に深い意味はないだろう、仮にこのアブラナサント王国と戦争になっても勝つのは俺たちだ。
なにせ無限にボーンガーディアンを召喚でき、それらは宿にある〈隠れ家Ⅱ〉の扉から続々と王都の中から奇襲できるのだ。
これもう武力に訴えた時点で、王国側の負けが確定しているだろう。
「そうか。それほどまでに武力に自信があるのか? 悪魔たちの軍勢はそれだけ強いと、そう思っているのか?」
「悪魔たちにも戦いの得意な者もいれば、苦手な者もいる。だが魔王であるこの俺がいる限り、魔王軍に敗北はない」
「つまり魔術師としてのシューベルトの実力だけで我が国を向こうに回せるだけの自信がある、と?」
「そうだ」
「この間合いでも、かい?」
ダンッ!! と伯爵がテーブルの上に足を踏み出して、腰のサーベルを魔王の喉元に突きつけた。
速い。
だが魔王は顔色ひとつ変えることなく、平然としている。
きっと内心ではびっくりしているだろうが、ここはポーカーフェイスで乗り切るつもりらしい。
「俺の首が欲しいならやってみるといい。次の瞬間、王都は戦火に焼かれることになるだろう」
「…………」
伯爵は鋭い視線を魔王に送っているが、シューベルトは平然としている風を装っている。
ゆっくりとサーベルを鞘に戻し、机から足をどけて伯爵はソファに座り直した。
「王都が戦火に焼かれる? 魔王が死してなおその居城からここまで進軍するのに一体、どれだけの時間がかかると――」
「一瞬だ」
「なに?」
「一瞬で俺の死はこの王都の崩壊に繋がる。なあエチゴヤ、お前もそう思うだろ?」
無理やり笑みを浮かべてこちらに視線をやる魔王。
確かにその通りだ。
魔王シューベルトが死んだとしたら、〈代理人〉がひとり消えたことに本体が気づく。
それが魔王であると知ったなら、アブラナサント王国は敵に回ったと判断するだろう。
その後は、先ほど述べた通りに推移するだけだ。
ついでに魔王の復活とともに、である。
「はい。魔王様の仰る通りです。既に王都の喉元には魔王様の刃が突きつけられているとお考えください、ジャクロット伯爵」
「……ッ、まさか、この王都に軍を差し向けているのか?!」
「いいえ。今はまだ何も。ですが魔王様が亡くなられた瞬間、魔王軍が王都を蹂躙することでしょう」
「どういうことだ?」
「言葉通りです。詳細は私の方からは何も」
「……ふむ。どうやらとんでもない実力の魔術師であることは間違いないようだ。死してもなお何か策を巡らせてある、ということだな?」
魔王シューベルトはニヤリと笑みを浮かべた。
「俺は悪魔たちを統べる立場だ。人類の王との謁見は命がけ。そのくらいの仕込みはしてある、そういうことだ」
「ふむ……なるほど、よく分かった。私の降参だ。君たちを国王陛下に合わせることとしよう」
どうやら伯爵のお眼鏡に叶ったようだ。
強気で攻めた甲斐があったようである。