119.俺の自慢の奥さんを紹介してやらないとな。
朝食の忙しい時間が終わった頃、クロエが俺に「お客さんが来ました」と緊張した面持ちで言った。
どうやらエチゴヤが来たらしい。
「クロエも同席する?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。俺の自慢の奥さんを紹介してやらないとな」
「自慢ってそんなっ」
「はい、一緒に来る」
俺はやや遅れてついてくるクロエを伴い、カウンター席でのんびりお茶を飲んでいるエチゴヤに挨拶をする。
「久しぶりだな、エチゴヤ」
「お久しぶりです、コウセイさん。ご結婚して宿を継がれるとのことで、おめでとうございます。そちらが妻君ですか?」
「ああ。クロエというんだ。可愛いだろ」
クロエは「く、クロエと申しますっ」とお辞儀した。
「私はエチゴヤと申します。コウセイさんとベルナベルさんには旅の途中、助けていただいたご縁がありまして、こうしてやって来た次第です。さて早速、商談といきましょうか」
「ああ。シルク、何反ほど売ってもらえる?」
「聞いた話からすれば余裕を見て三反あれば十分でしょう? 一反、金貨三枚でお譲りしますよ」
横でクロエが「金貨九枚……?」と呟いた声が聞こえたが、気にしない。
宿で一度にそんな大金を扱うことがないから、驚いているようだ。
「じゃあ三反、金貨三枚ずつだな。……はいよ」
俺は〈アイテムボックス〉から金貨を九枚出して、エチゴヤに渡す。
エチゴヤも〈アイテムボックス〉からシルクを三反出して、金貨を仕舞って、俺にシルクを渡してきた。
俺はシルクの出来を確かめるフリをしてから、〈アイテムボックス〉へ仕舞う。
……なお俺たち〈代理人〉と本体の〈アイテムボックス〉は共用だから、自分の〈アイテムボックス〉から金貨とシルクを出して仕舞っただけである。
茶番だなあ。
しかしその茶番もクロエにはしっかり効果があったようだ。
エチゴヤが早々に帰った後、クロエは「コウセイさんって魔物を倒して一杯、お金を稼いでいたんですよね」とキラキラした瞳で俺を見上げていた。
どうやら大口の商売をやり取りしたのが格好良かったらしい。
ただのアリバイ工作だったのだが、クロエの好感度が上がったのは嬉しいことだ。
「じゃあ俺はオーバン商会へ行ってくるよ。あ、その前にクロエ、ちょっと手を出して」
「? はい」
「これがシルクの手触りだよ」
「!?!?!?」
一反、金貨三枚もする高級な生地を触ってびっくりしている。
可愛いなあ。
「本当なら一反はクロエにドレスでも、と思ったんだけど……」
「そ。そんなの着る機会ないですっ!!」
「だよね……結婚式のときに用意してあげれば良かったかもだけど、あのときのドレスはお義母さんの手縫いだったもんな」
「はい。シルクは私には荷が重いですから、全部オーバン商会に売っちゃってくださいね!!」
「似合うと思うんだけどなあ。……それじゃ、オーバン商会へ行ってくる。そう長くはかからないから」
「はい、行ってらっしゃい」
シルクはオーバン商会に一反、金貨五枚で売りつけた。
今回に至っては利益度外視なのは分かっていたので、足元を見たのである。
三反もいらないのは分かっているが全部、引き取らせてやった。
その代わりというわけじゃないが、シルクのハンカチをオーバン商会に注文しておき、サプライズでクロエに贈ったところいたく感激された。
たまにはお嫁さんにサービスするのも大事だね。