116.本当のことを言う勇気がない。
俺はベッドでクロエと向かい合っていた。
互いに正座である。
クロエは緊張で表情が硬い。
俺もこれからする話をするのは気が重いので、緊張はお互い様だが。
「クロエ、これからする話はできれば女将さんや義父さんにも内緒にしてもらえると嬉しい」
「夫婦だけの秘密、ということですか?」
「そうなるね」
「分かりました」
キリっとした表情で頷くクロエ。
「まずは俺の魔力が増えている件について。これは俺のクラスが特殊だからだ」
「特殊なクラス……。なんとなくそうじゃないかと思っていました。コウセイさんのクラスは一体、どんなクラスなんですか?」
「名前を言っても想像がつくものじゃないから、特性だけを言うよ。自室や自宅にいる間、勝手に経験値が入ってレベルアップする特性がある。ただし反面、自室や自宅から外に出ると、一切の経験値が入手できなくなる。そういう特殊クラスに就いている」
「ええと……それじゃあ宿からほとんど外に出ないで過ごしていたのは、レベルアップのためだったんですか?」
「そうだよ。外に出て魔物と戦ってもレベルアップすることはないからね」
「でも、ベルナベルさんを召喚してからは外に出るようになりましたよね?」
「うん。ベルナベルが部屋の中でじっとしていると退屈するからね」
「でもその間も、コウセイさんの魔力は増え続けていましたよ?」
よく見ているなあ。
まあそれについても言い訳は考えてある。
「クラススキルでね、外に出ても経験値を入手する手段を得たんだよ」
「反則的に強いクラスですね。名前でイメージできないと言ってましたけど、やっぱり知りたいです」
「そうか。それもそうだね、俺のクラスは自宅警備員というんだ」
「自宅を警備するんですか? 本当に変わったクラスですね」
クロエが首を傾げる。
もともとが地球というか日本のネットスラングだから、意味不明だろう。
「さて次に王族御用達の商人とのコネの話をしようか」
「はい」
「実は俺のクラス、自室にいても外の物を購入できるスキルがある。そのスキルは強力で、外国の産物も簡単に購入できてしまうんだよ。だから俺はシルクを宿にいながらにして購入できていたんだ」
「それって凄いスキルじゃないですか?!」
「そうだよ。だから悪用されないように黙っていたんだ。誰かに、特に商人なんかに知られたら、危険な目に会うこと請け合いだからね」
「……そうですね。コウセイさんがさらわれてしまったりしたら嫌です」
「だからシルクを入手できる王族御用達の商人とコネがあることにして、売っていたんだ。でも危なっかしいから、二度しかシルクは売っていない。ベルナベルと外に出て強い魔物を倒したりしてお金を稼げるようになったから、無理してシルクを売る必要がなくなったからだ」
「そうだったんですね」
「ただここからが少し面白い話になる。俺がベルナベルと外で魔物を狩っているときに、偶然だけど王族御用達の商人と知り合えたんだ。エチゴヤっていう人なんだけどね、今回はその人に連絡を取ることにした。あ、連絡方法は以前に魔術師ギルドのギルドマスターがベルナベルの不在に文句を言ってきたときのスキルがあるから、連絡はもうしてある。さっきまでの話で俺がレベル1じゃないって言った通り、実はこのスキル、ベルナベルから貸与されたわけじゃなくて俺自身のスキルなんだけども」
「え、じゃあ本当に王族御用達の商人と知り合いなんですか?」
「今はね。たまたま近くにいるって話だから、明日にはやって来ると思う。もちろんシルクの在庫は〈アイテムボックス〉にあるらしいから、お金を払って購入してから、オーバン商会に転売しに行く予定」
結局のところ〈代理人〉に関する話はしないことに本体は決めたようだ。
それで捻り出した嘘が、ここまで俺が喋った内容である。
「何か質問とかある?」
「いえ。コウセイさんのことが分かって安心しました」
こっちは罪悪感で一杯なんだけど。
でも本当のことを言う勇気がない。
まだクロエが自分が結婚した相手はスキルで生み出された限りなく本物に近い別物だと、受け入れてくれる自信がなかったのだ。
いずれ「話が違った」となじられる時が来るのだろうか?
柔和な笑みを浮かべたクロエが俺に抱きついてくる。
心から安心して、心から信頼してくれている笑顔。
これを曇らせるような話は、まだしたくはなかった。