114.魔王様を王城に、ですか?
俺はその後、ギュベイと別れてジャクロット伯爵と王城へ上がることになった。
さすがは貴族の馬車だ、揺れが少ない。
あるいは地球人の誰かが揺れの少ない馬車の技術を持ち込んだのかもしれないが、敢えてそんなことを問う理由もないので黙っておく。
「これから他の貴族には秘密裏に陛下と謁見の場を設けてもらうこととなっている。チョコレートを始めとする、勇者たちがもたらした産物の多くが魔界のものであるということは、陛下に報告せねばならない。エチゴヤ、お前が魔王の配下であることも話す」
「はい。その辺りは伯爵様の判断にお任せします」
「……ちなみにチョコレートを陛下に献上して、そなたは何を望むのだ?」
「王族御用達の商人の地位を。私ならば勇者たちが扱っていた産物を取り扱えますので」
「……それだけか? チョコレートなど勇者の持ち込んだ産物を定期的に卸せるのならば、王族御用達の商人の地位は固いぞ」
「それならば私からは何も言うことはありません」
「ふむ、そうか。そなたを王族近辺に派遣して、魔王は何を企んでいる?」
「何も企んでなどおりませんよ。王族御用達の商人になりたいのは私の望みです。魔王様はそもそも人間族ですから、人類、ひいてはこの国と敵対する気はないのです」
「なに? てっきり魔王だというものだから悪魔だと思っていた。人間族が悪魔を取りまとめているというのか?」
「私の主でしたらそのくらい訳もありません。悪魔は強さを重視しますので、実力ある魔王様に隷属しております」
「悪魔たちが隷属している、か……」
ジャクロット伯爵は黙考し始めて、それ以上は何も口にすることもなく、馬車は王城へと入っていった。
応接室で国王陛下と謁見の場を持つこととなった。
予め伯爵が王族にチョコレートを持ち込んできた商人のことを伝えたとのことで、この場が急遽、設けられることとなったらしい。
伯爵と俺がしばらく待っていると、まだ三十歳くらいの若い国王がやって来た。
国王ヴァレス・アブラナサントである。
「立たずともよい。非公式の場ゆえ、礼儀作法はそこまで厳にする必要はない」
「はっ。国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。本日はわたくしめの願いを聞き届けていただき、感謝の念に絶えません」
「よい。ことがチョコレートのことだ。他の貴族らにはまだ漏れておらんだろうな?」
「もちろんでございます。しかし漏れるのはそう遅くはないでしょう。こちらの商人が定期的に宮廷料理人ユキがもたらしていた産物を卸すことができるとのことです」
「うむ、嬉しい話だ」
「ただ……陛下には先にお話しておかねばならないことがあります」
「なんだ?」
「実は……」
ジャクロット伯爵は既に魔王が倒され、新たな魔王が俺の主人であること。
チョコレートを始めとした産物は、すべて魔界由来のものであるということ。
宮廷料理人ユキなどの行方は、創世の女神が関わっており、全員が別れを告げる間もなく故郷へ帰還させられたこと。
俺の話したことを包み隠さずに国王に打ち明けた。
「――そうだったのか。ではユキは無事でいるのだな?」
「は。この者が言うには故郷へ戻ったとのことです」
「そうか、悪い輩に拐かされたとかでなくて良かった。して、エチゴヤといったな。そなたは魔王の配下だということだが、魔王はどのような人物だ? 直答を許す。話せ」
「はい。魔王様は悪魔を統率こそしておりますが、野心は一切なく、むしろ契約から自由になり魔界に帰れなくなった悪魔たちの受け入れ先となることで、人類との間に軋轢が起きないようにとお考えでいらっしゃいます」
「ふむ……魔王は人間族ということだが、魔王になる以前はどのような来歴の人物なのだ?」
「魔王様はただの平民の魔術師です。ジスレールフェルスの街を焼かれた事件を知り、魔王に挑み、勝利した。それだけの人物です。敢えて語るような特別な背景はございません」
「魔王城はどこにある?」
「この国の中央山脈のふもとにあります。しかし大規模な結界が張られており、許可なき者は誰も入ることは叶いません」
「そうか。ならばここに魔王を呼ぶことはできるか?」
「魔王様を王城に、ですか?」
「そうだ。たくさんの悪魔を隷属するという魔術師が我が国の領内に潜んでいるというのは、正直なところ気分のいい話ではない。だが個人的に魔王と友誼を結べるなら話は別だ。後ろ暗いところがないのであれば、ここへ来ることも可能であろう?」
「はい。国王陛下がお呼びとあらば、魔王様は必ずや王城へとやって来るでしょう」
「そうか。ではエチゴヤ、次に来るときは魔王を伴って王城に来い。ジャクロット伯爵は予めその人となりを見極めるように」
伯爵は「はっ、仰せのままに」と返事をする。
それで魔王に関する話は終わったようで、国王はずずいと前のめりになった。
「してチョコレートの現物を献上しに来たのであろう。早速、久方ぶりに味わいたい」
「は。こちらになります」
俺は〈アイテムボックス〉を開いて大きめの化粧箱を取り出し、侍女に渡す。
中身を改められ、毒見を経て国王の前にチョコレートの乗った皿が供された。
「おお、この芳しい香り。まことのチョコレートだ」
まずは香りを楽しみ、そして味を楽しむのがチョコレートに対する作法らしい。
高級な嗜好品なので仕方がないが、いちいち大げさで笑みがこぼれそうになるので勘弁して欲しい。
国王は満足げにチョコレートを味わった。
そして俺に「してエチゴヤ。そなたはチョコレートを献上して何か望む?」と鋭い視線を飛ばしてきた。
「王族御用達の商人の地位を望みます。今後、チョコレートを始めとした産物を卸しに王城に伺えればと」
「分かった。それだけで良いのか?」
「はい。それ以上は望むものはありません」
「そうか。ではエチゴヤ、そなたの商会に王族御用達の栄誉を与える。手続きは文官に任せる。私は執務があるのでこの場は立ち去るが、次に会うときは魔王を連れてくること、ゆめゆめ忘れるなよ」
「はい」
国王ヴァレス・アブラナサントはマントを翻して応接間から出ていった。
しかし商会か、そういえば用意していなかったな。
その辺は文官に相談してみるか。
結局、商会はその場で商業ギルドの職員を呼びつけて登録するということになり、エチゴヤ商会が誕生した。
そして無事に、エチゴヤ商会は王族御用達となったのである。