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113.人体に害はありません。

 王都に降り立ったときは遠巻きにされ、騎士たちに取り囲まれるという騒ぎになったが、無事に俺は王都へと到着した。

 アイスドラゴンの翼はさすがだ。

 魔王城から数時間で王都まで飛んでこれたのだ。

 俺はアイスドラゴンを魔王城の方へ帰して、王都へと入った。


 〈ホットライン〉で密偵悪魔のギュベイに連絡を取って、迎えに来てもらう。


「旦那、ドラゴンに乗って来た商人がいるって城でも大騒ぎでしたぜ」


「そうか。なら急いで来た甲斐があったというものだ」


「目立ちすぎですが、逆に伯爵にも紹介しやすくなりました。こっちです。ああ、途中で服は着替えてもらえるとありがたいのですが……」


「ああ、正装を用意している。ギュベイから見て問題ないか確認して欲しい。不備があるようなら、途中で衣服を調達する」


「まあ余程のことがない限り、平民の商人が正装していたら文句をつけるような方じゃないので大丈夫でしょうけど。それじゃあ行きましょう」


 俺は宿を取って、そこで正装に着替える。

 ギュベイが用意してくれた馬車に乗って、ジャクロット伯爵邸に向かった。



 ジャクロット伯爵は気立てのいい人物らしく突然、訪れた俺を歓迎してくれた。

 もちろんギュベイの紹介あってのものだが。


「君がドラゴンに乗って王都へ降り立った商人か。私の耳にも入っているよ。一体、どうやってテイムしたんだい」


「あのドラゴンは実は借り物でして。私の主がテイムしているので、私を乗せていってもらったのです」


「ふむ……君の主とは?」


「魔王です」


「――っ!? 魔王だと!? あのジスレールフェルスの惨劇を起こした、あの!?」


「いいえ。ジスレールフェルスの街を滅ぼした魔王は実は私の主によって既に倒されております。今は先代魔王に変わって私の主が魔王麾下の悪魔を取りまとめているのです」


「そ、そうか。それは知らなかった」


「はい。一般的には知られておりませんゆえ。……本日の用件なのですが、実はチョコレートを王族の皆様に献上させていただきたく、伯爵様のお力添えを期待してギュベイに紹介してもらったのです」


「ああ、簡単には聞いている。本物のチョコレートなのだろうな?」


 この問いかけはつまり、確認するから「俺にも味見させろ」という遠回しな要求である。


「もちろんでございます。伯爵にご確認いただければと、こちらにご用意させて頂いております」


 俺は〈アイテムボックス〉から小さめの化粧箱を取り出して、伯爵の侍従に渡す。

 侍従は箱を検めると、毒見をした後に伯爵のもとへチョコレートを乗せた皿を渡した。


「うむ、この芳しい香り……まさにチョコレートだな」


 香りを楽しんだ後、チョコレートを頬張る伯爵。

 口元が緩んでいるが、甘味の少ないこの世界でチョコレートは反則級の美味さを誇るゆえ仕方のないことだろう。


「うむ、まさにチョコレートだ。してひとつ君に尋ねたいことがある」


「なんなりと」


「今までチョコレートを商っていた商人や料理人はどこへ消えた?」


「それならば皆、遠い故郷へ帰りました」


「故郷へ? 突然、誰にも何も言わずにか? 不自然すぎるな」


「創世の女神のお力ですよ」


「……君は何を知っている?」


 伯爵の目が鋭くこちらを射抜く。

 どうやら俺が各地でチョコレートを扱っている料理人や商人を(かどわ)かしたのではないか、疑っているようだ。

 もしかしたら俺の持ち込んだチョコレートの出処が彼らからではないか、とまで考えているのかも知れない。

 もちろん的外れだが。


「創世の女神により、この大陸にやって来た選ばれし勇者の方々が、役目を終えた褒美として、故郷へと帰還されたのです」


「役目とはなんだ?」


「神々の欠片、聖痕の収集です」


「聖痕……?」


「彼らは聖痕をすべて集めたゆえに、唐突に故郷へ戻ることになったのです。誰に別れを言う暇もなく」


「なぜ、それを貴様は知っているのだ?」


「私の主が勇者のひとりと関わりがあったため、事情をご存知でいらっしゃいましたので、それを聞いたまでです」


「…………よく分からない話だ。いきなり創世の女神が出てくるところが唐突すぎる」


「しかし事実です」


「そうなのかもしれぬな。ではもうひとつ質問する。このチョコレートはどこで仕入れたものだ?」


「魔王城です」


「なに!? このチョコレートには悪魔が関わっているのか!?」


「正確には、魔界の植物からチョコレートは出来ているのです。契約から自由になった悪魔が持ち込んでいた原料から、チョコレートは出来ています」


「さきほど創世の女神により勇者たちは遠い異国からやって来たと言っていたではないか。なぜ悪魔の集う魔王の城からチョコレートを仕入れてこれたのだ?」


「料理人や商人たちは、チョコレートの産地について語った者はいますでしょうか?」


「…………それは、」


 誰も語ることはできなかっただろう。

 なにせ〈闇市〉スキルに出品されていたものを転売しているだけなのだ。

 チョコレートの出処については〈匿名掲示板〉で盛んに議論されたこともあったが、俺は敢えて黙殺していたので結局、結論は出なかった。


「それが答えですよ」


「うぬぅ。正体を知ってしまったら急に恐ろしく思えてきたぞ。この甘美な菓子は悪魔が堕落に誘っているのではないかと」


「ご安心ください。人体に害はありません」


「そうか……分かった。まったくギュベイめ、とんでもない奴を紹介してくれたものだな」


 伯爵が俺の横に座っていたギュベイを()めつける。

 ギュベイは引きつったような笑みを浮かべて、「恐縮です」と口にした。


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