112.手土産はチョコレートだ。
俺は〈ホットライン〉で王都にいる密偵悪魔ギュベイに連絡を取っていた。
「ギュベイ、久しぶりだな。今、いいか?」
「はい、魔王様。ご無沙汰しております。無事に王城に潜入して働いているのですが、なかなかの伏魔殿ぶりで貴族間の派閥の把握に手間取っておりまして、未だ報告のひとつもできずに申し訳なく思っております。もう少し時間を頂ければ、――」
「いや、いいんだ。時間がかかるのは分かっている。それよりもう王城には入り込んでいるんだな、良くやってくれている。それでひとつ聞きたいことがあるんだが」
「はい、私で答えられることでしたら何なりと」
「商人をひとり王城に派遣して、王族御用達の商人の地位を得させたい。手土産はチョコレートだ。なんとかならないか?」
「なります。実は王城に勤めていた宮廷料理人が忽然と行方不明となり、異国の料理やチョコレートの入手経路を失って、王族は酷く残念がっているという話を聞いています。手土産がチョコレートならば、王族は必ずや食いつくでしょう」
なるほど、多分それは料理人かなにかのクラスを持っていた地球人のことだな。
俺が地球人を地球へ帰したせいで、行方不明扱いになっているのか。
「なるほどな。だがいきなりただの商人が王城に行っても門前払いだろう? 王族にチョコレートを献上する形をどうにか取りたいのだが、どういう方法が考えられる?」
「それでは私の保証人をしてくださっているジャクロット伯爵に話をしてみましょう。伯爵にまずその商人を紹介して、王族の方々に会えるよう約束を取り付けた上で、チョコレートを伯爵にも献上してもらいます。貴族の中でチョコレートは究極の甘味として知られていますから大層、お喜びになられるでしょう」
「ギュベイは伯爵にコネがあるのか? さすがだな。よし作戦はそれで行こう。商人は今日中に王都へやる」
「はい、連絡を頂ければお迎えに上がります」
「じゃあよろしく頼む」
俺は〈ホットライン〉を切って、〈代理人〉をひとり用意した。
「今からお前が王族御用達の商人になる予定の……名前はどうするか」
「エチゴヤとかで良いのでは?」
「悪徳商人の代名詞か……まあ元ネタが分かるのはもう俺たち以外にいないから別にいいか。それじゃあエチゴヤ、顔と名前を変えて、服も商人らしいものを購入した方がいいな。旅慣れた感じのと、貴族や王族と会うための正装を用意してくれ」
「大丈夫、承知していますよ本体。さっきまでの記憶は全部もっていますから」
「それもそうだな。あまり時間がなさそうなレイドリックのためにも急ぎで王都まで向かってもらう」
「やっぱり王都に宿を取るなりした方が良かったですね。最終手段を使うのは目立つので避けたいのですが」
「そうは言ってられないからな。それに商人としての格を見せつけるのにも役立つだろう」
「前向きに言えばそうなりますか……それじゃあこんな感じでどうでしょう」
エチゴヤは〈百面相〉で柔和な顔をした、小太りの体型になった。
「まさに商人って感じだな。よしお前がそれでいいなら、それで行こう」
「それではまずは魔王城へ向かいますね」
「ああ。アイスドラゴンに乗って王都へ降り立てば目立つが、商人としては箔がつくだろう。ではよろしく頼むぞ」
「お任せあれ」
俺はエチゴヤを見送った。
さて、あとはクロエに俺の事情をうまく説明してやらなきゃな。
どんな風に伝えるのがいいか、俺がしっかり考えておくか……。