102.じゃあ帰してくれ。
次の瞬間、俺は黄金に輝く部屋にいた。
床も壁も天井も、黄金でできているかのような部屋で、薄っすら模様が走っている。
俺以外に四人の人間がいた。
リリカ、レナ、アカリ、ユウト。
いずれも新聞で見た顔だ。
聖痕を保有した俺以外の四人である。
いずれも困惑した様子で、周囲を見渡している。
《ようこそ、聖痕を身に宿した者たちよ。すべての聖痕がこれほど早く集まるとは思いもよりませんでした》
声が天から降ってくる。
創世の女神だろう。
《あなたたちにはこれから、聖痕をひとりに集めてもらいます。方法はふたつ。対象を決めて譲渡するか、殺して奪うか、です》
《すべての聖痕を宿した者の願いを叶えましょう》
愕然としているのは、俺以外の四人。
そして素早く警戒態勢に移る。
五人の距離が等間隔になるように、俺以外の四人が素早く動いた。
特に三人は武装からして戦士系だ。
かなりの素早さだった。
緊迫した空気の中、俺は敢えて明るい声で四人に話しかけた。
「四人とも聞いて欲しい。俺は殺し合いを望んでいない」
「「「「…………」」」」
「聖痕を俺に譲渡して欲しい。俺の願いは、『俺以外の地球人全員を地球へ帰還させること』だ」
困惑が伝わってくる。
ユウトが不審さを隠さずに「自分だけが帰還する方便じゃないのか?」と問うてきた。
「俺は既にこの世界で結婚している。俺は絶対に地球に帰りたくない。俺以外の誰かが『全員を地球に帰還させて欲しい』などと女神に願い出ないか、そちらの方が不安だ」
「そもそも、その願いは叶うのか?!」
「それもそうだな。――どうなんだ、創世の女神。俺の願いは、聖痕をすべて集めた場合、叶えられるか?」
《叶えましょう》
俺の問いに、創世の女神は淀みなく答えた。
俺は努めて笑顔を作り、四人に向けた。
「……だそうだ。譲渡する気になってくれたか?」
「駄目だ!! お前がその願いを叶えるという確証がない!!」
「そんな証拠は出せないな。だがそうすると……もうひとつの手段で聖痕を集めることになるが?」
「……くそッ!! 最初からヤル気じゃねえか!!」
ユウトに続くようにレナが「まったく……結局、殺し合いになるわけ?」と腰の剣を抜いた。
リリカは背負っていた身の丈ほどもある戦斧を手にして、ユウトも腰の短剣を抜く。
ひとりアカリだけがオロオロと杖を握りしめて震えていた。
俺は「そうだな、ひとりくらいは見せしめに殺す必要があるかな、とは思っていたよ」と告げながら、ボーンガーディアンを四体召喚する。
その威容に四人は息を呑んだ。
アカリは泣き出しそうな顔で、「わ、私は戦いません!!」と叫ぶ。
「コウセイさんに聖痕を譲渡します!! あんな魔力……勝てるわけない!!」
アカリの左腕から聖痕がふわり、と剥離して俺の元へと飛来する。
そのまま俺の左腕に聖痕がひとつ加わった。
どうやらアカリは〈魔力眼〉でも持っていたのだろう。
俺の魔力が見えていたらしい。
魔力に特化した成長をする上、レベルは恐らく彼らの倍以上あるのだ。
魔力の差で実力差を想像してしまったとしてもおかしくはないだろう。
リリカが信じられない、というような表情でアカリを見て「馬ッ鹿じゃないの!?」と吐き捨てた。
「私は戦って、全員殺してでも聖痕を奪い取る!!」
レナとユウトも決意を秘めた顔で、俺のボーンガーディアンを睨みつけた。
「どうやら、ヤル気らしい。アカリは戦線離脱だな。三体はそれぞれ、――戦え」
俺はボーンガーディアンをけしかけた。
ガキィン!!
リリカの巨大な戦斧をボーンガーディアンの大盾が受け止める。
リリカは見た目に似合わぬ怪力を発揮して戦斧を身体全体を使って振り回していた。
レナは正統派の剣士らしい。
幾度も剣を振り、突き、しかしボーンガーディアンの大盾で薙ぎ払われて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
ユウトは素早さを活かした戦術を好むのか、短剣を巧みに操りボーンガーディアンの大盾と大剣をかいくぐり甲冑に突き立てる。
しかし乾いた音がするだけで、甲冑を貫くことはできない。
大剣を持った右手の裏拳で殴られ、ユウトは床を転がる。
……相手にならないな。
俺は傍らに控えさせたボーンガーディアンを見ながら、改めてこの手駒の強さを認識する。
ドラゴンにこそ太刀打ちできなかったが、このボーンガーディアンはかなり強いのだと。
「どうした、そんなものか? 早く聖痕を譲渡しろ。死ぬ前にな」
「くそ、たかが召喚スキルで呼び出した魔物に……」
ユウトが立ち上がる。
やっぱり、ひとりは見せしめに殺すしかない、か。
ああいや、説得材料がもうひとつあったか。
「見ろ。俺の左腕を」
俺は左袖をまくり上げた。
そこにはビッシリと刻印されたさきほど二十二個になった聖痕があった。
初め、四人はそれを見てなんのことか理解できなかったようだ。
当然、この場に呼ばれたから左腕に聖痕が刻まれているはずだというのに。
だが仕方がないだろう、多分、全員がひとつずつ聖痕を保有していると思いこんでいるはずだからな。
「俺の聖痕は二十二個ある」
「…………は?」
リリカが呆けたような声を出して俺の左腕を食い入るように見て、目を剥いた。
レナは「そんなの有り得ない!! 匿名掲示板にそんな情報なかった!!」と叫ぶ。
目の前の事実を否定したいかのように、信じたくないかのように。
「当然だろ。誰が自分が聖痕を入手したなんて書き込むかよ」
「あ、あなたが? ニュース速報に聖痕を入手した人が出る度に書き込んでいたのは……」
「そうだ」
レナはわなわなと震えだした。
ユウトは「二十二個? はン、なんだよそれ……」と呟き、唐突に俺に向けて走り出した。
速い。
ボーンガーディアンの横をすり抜け、俺に肉薄しようとする。
だが俺の傍らにはもう一体、ボーンガーディアンが控えている。
横薙ぎに大剣を振るうボーンガーディアン。
「――世界を仕切る壁。拒絶、隔絶。空間障壁ッ」
俺は〈空間:防御〉を全面展開する。
ユウトはボーンガーディアンが振るった大剣を飛び越えて俺に短剣を突きたててきた。
しかし俺は既に障壁を展開し終えている。
キィン、と空間障壁に短剣が弾かれ、空中で姿勢を崩す。
「殺せ、ボーンガーディアン」
俺が言葉で命令を発する前に、ボーンガーディアンは大盾を捨てて空中に放り出されたユウトを掴んだ。
そして地面に叩きつけ、大剣をその胴体に突き立てる。
床は硬く、ガチリという音がした。
「……ゴフっ」
ユウトの左腕の聖痕が剥がれ落ち、俺の左腕に宿る。
「ひ、人殺し……!!」
レナが叫んだ。
リリカは数歩、後退りながら戦斧で身を守るように構える。
俺はふたりに向けて、告げた。
「最後通牒だ。聖痕を俺に譲渡しろ」
リリカとレナはしばし血に濡れたユウトを見つめ、諦めたように項垂れながら、「聖痕をコウセイに譲渡する」と宣言した。
ふたりの左腕の聖痕が剥離して、俺に宿る。
しめて二十五個。
すべての聖痕が俺に宿った。
《おめでとう、コウセイ。すべての聖痕を集めし者よ。さあ願いを叶えましょう》
「俺以外のすべての地球人を、地球へ帰還させろ」
《よろしい、願いを叶えます。》
リリカ、レナ、アカリが姿を消す。
ユウトの死体はそのままだった。
どうやら死者は帰還できないらしい。
「ちなみに聞いておくが、それぞれいつどこへ帰還させられたんだ?」
《召喚された時点の時と場所へそれぞれ帰還させました。記憶は残りますが、日常生活に支障はないでしょう。ただしこの世界で死亡した者たちだけは、行方不明になることでしょうけど》
「そうか……」
俺の左腕の聖痕が全て剥離し、光の粒となって天井へと浮き上がる。
そしてそのまま、すべての聖痕は吸い込まれるようにして消えた。
《ありがとう、コウセイ。あなたは本当によくやってくれました。まさか二ヶ月足らずですべての聖痕を集めきるとは思いもよらなかった。数年、数十年は覚悟をしていたのですよ》
「そうか」
《ではあなたは元いた場所に戻しましょう。安心してください、外の時間は一秒たりとも動いていません。ここは私の懐の内。外とは隔絶された空間ですので》
「そうか、じゃあ帰してくれ」
《ありがとう、本当にありがとう。さようならコウセイ。もう二度と会うことはないでしょう――》
俺の視界が再び、白く塗りつぶされた。
面白い、続きが読みたい、そういった読者様は評価とブックマークで応援してください。
評価とブックマークは作者のモチベーションに関わるため、是非ともお願いします。