10.宿からますます出たくなくなる。
シルクの反物を入手したはいい。
さて問題はどこに売りに行くかだ。
未だ宿から一歩も出ていない俺のこと。
街の地理には疎い。
かと言って、寝かせても意味はない。
三週間以内に売って、宿代を稼ぐ必要がある。
そう、まだこの異世界に来てちょうど一週間なのである。
焦る必要はない。
まずは日課の〈新聞閲覧〉でもしよう。
トップニュースは、と。
「昨日、鉄ランク冒険者のリリカ(人間族/女/19歳)が、聖痕をその身に宿した。これは全地球人の中で最も早い成果。リリカはエマニエランゲンの街の付近にある遺跡の探索中に、聖痕を宿した魔物であるオーク・スティグマと遭遇。見事に討伐して聖痕を自身の身に宿すことに成功した」
ちょ、聖痕を入手しただと?
確か俺たち地球人の目的だったはずだが……偶然にせよもうひとつ目が見つかったのか。
そういえば聖痕について、俺は何も知らない。
ひとつ他人が持っていたら、もうコンプリートはできないのか?
……いや、それじゃあ全て集めるのは無理ってことじゃないか。そんなはずはない。
聖痕を宿した魔物を倒して入手したということは、いま現在、聖痕を宿しているリリカという奴を殺したら、聖痕を奪えるってことじゃないのか?
これはヤバい。
女神とやらは地球人に最終的に殺し合いをさせるつもりか?
……いや待てよ。
確か聖痕をすべて集めると願いが叶うという話だったはずだ。
地球に帰る手段のひとつでもある。
だが、この世界から地球に帰る必要がなければ、別に聖痕を集めなくてもいいわけだ。
……うん、別に俺、地球に未練そんなにないな。
なにせうつ病で不眠症を併発していて、日常生活は不規則だった。
いまは何故か健康だ。
その一点だけでもこの世界に来て良かったとさえ思える。
どうせ地球に帰っても、親のスネをかじるロクでなしに戻るだけだ。
ならこの世界に骨を埋めても良いのではなかろうか。
でも娯楽が少ないのがネックかなあ。
続きの気になるゲームや漫画、アニメなんかがある。
でもそれだけだ。
家族や友人、恋人などに切実に会いたいような強い動機は、俺にはない。
ふむ、聖痕集めは他の地球人たちに任せて、俺は金策に集中するか。
一面の記事では、早くもエミコが銅ランクに昇格したことが書かれている。
ヤバい奴だな、戦闘力は俺と比較にもならないのだろう。
宿からますます出たくなくなる。
それにしてもリリカという奴はエマニエランゲンという街を拠点にしているようだ。
スタート地点がガエルドルフの街ではない、ということでいいのかな。
〈個人輸入〉を起動する。
検索欄にエマニエランゲンと入力してみると、ズラっと品物が並ぶ。
見たことのない品目が多い。
どうやら割りと離れた場所にある街だと想像ができた。
経済面を見ると、タクミが石鹸をオーバン商会に持ち込んだことが書かれていた。
しばらくは品質の高い石鹸を、領主や他の街へ売り込む予定だと書かれている。
どうやら安く石鹸が入手できるようにはならないらしい。
戦闘能力ではエミコに、経済力ではタクミに遠く及ばない。
聖痕集めからも撤退することを決めた俺は、地道に堅実に生きていこうと決めた。
《名前 コウセイ 種族 人間族 性別 男 年齢 30
クラス 自宅警備員 レベル 11
スキル 〈人類共通語〉〈簡易人物鑑定〉〈聞き耳〉〈通信販売〉〈新聞閲覧〉
〈隠れ家〉〈相場〉〈個人輸入〉〈アイテムボックス〉
〈経験値5倍〉》
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