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2-44.【閑話】観測者の笑い

澄んだ青空がきれいな春の朝。


カップラーメンのフタに割り箸を挟み、湯気の向こうに動く王国¥エーンと帝国$ダラーのチャートを見つめた。


「・・・また、やってる。」


皿の上で、見事に着地するパンケーキ。


聞こえてきたのは、「表ならロング!裏なら様子見」の声。


ふっと息を吐く。


「じゃあ、私は様子見ね♪」


私、美少女トレーダーのルナは、16歳。


そして、パンケーキを焼く彼女・・・アリーも同い年だ。


アリーは、直感と偶然の信者で、それは、私と同じ。


ただし、私は、観察と偶然と直感を信じる。


違いは、それだけ。


けれど、その「だけ」が、相場では、とてつもなく大きな意味を持つ。


チャートに視線を戻す。


短期の上昇トレンド、出来高の偏り、直近高値での反応。


彼女が、飛びつきやすい形。


だからこそ、私は、様子見をする。


「まだ、早い。」


アリーの行動は、私にとってシグナル。


彼女は、誰よりも大胆に、そして、誰よりも、早く入る。


だから、私は、彼女に少しだけ遅れて入り、彼女の熱が最高潮に達した瞬間に、逆の扉を開ける。


「ごめんね、アリー。」


謝る理由はない。


でも、つい口に出る。


彼女のことは、嫌いではない。


むしろ、大好きだ。


無茶苦茶な笑顔と、根拠のない自信。


それは、世界を軽く見下す傲慢不遜な自信だ。


ラーメンをすする。


麺は、少し硬かった。


これも、まだ早かったのかもしれない。


チャートが、わずかに跳ねる。


彼女のロングに呼応するように、上げが来る。


「ここが、買い時。」


帝国$ダラーに買いを入れた。


ロットは小さい。


様子を見ながら、重ねる。


大事なのは、一撃ではなく、位置だ。


「さあ、どうなるかなぁ?」


アリーは、全力で飛び込む。


私は、静かに待つのみだ。


 ★ ★ ★


「さあ、どうなるか・・・」


その問いの答えを、もう知っている気がした。


昼過ぎになってもレートは、上がり続けた。


アリーの口座残高は、すごい数字を示しているだろう。


彼女は、勝ちはじめると、必ず大騒ぎをする。


意味不明なダンスをはじめ、言葉の頭に「神」が、つきはじめる。


「神トレード!神プッシュ!神パンケーキ!」


その一方で、私の部屋は静かだ。


カーテンは半分閉じ、机の上にはノートとペン。


トレードごとに、必ず記録を取る。


エントリー理由、心理状態、外部環境、そして・・・


一番重要なことは、アリーが騒いでいるかどうか。


観察は、私のトレードの重要なポイントなのだ。


数字をちらりと見る。


増えている・・・ゆっくりと、確実に。


思わず口元が緩むが、すぐに戻す。


感情は、ノイズ。


とはいえ、ゼロにできるわけではない。


意識して、外に出さないようにしないと、あふれ出てきてしまう。


特別な才能が、あるわけじゃない。


ただ、同じミスを繰り返さないようにしているだけ。


そして、誰かが、同じミスを繰り返すなら、その逆を淡々と選ぶ。


それだけで、結果は、ついてくる。


  ポロロン ポロロン


大きな音を立てて、モニター画面に映ったのは、アリーからのメッセージ。


『ねえ、ルナ!やばいよぉ!めっちゃ、増えてる!神パンケーキだよぉ!!!』


うん、知ってる。


だって、見てたもん!


一瞬だけ画面を見つめ、手早く返信。


『よかったね。アリーは、神トレーダーだね♪』


それ以上は書かない。


書けない。


これで、彼女は、きっと笑う。


「まだ上がるって!!!」と。


知っている。


彼女は、頂点で止まれない。


止まる理由を持っていない。


自分のチャートに戻る時間だ。


上昇は鈍り、ヒゲが伸び始めている。


そろそろ、大切な時間がやってくる。


「勝ちを減らさない。」


それが、私のルール。


アリーのルールは、きっと「勝ちを最大にする」。


似ているようで、まるで違う。


窓の外では、犬が吠える声が聞こえた。


 ★ ★ ★


部屋の窓から差し込む陽光は、まばゆいオレンジ色。


しゃぁっと音を立ててカーテンを閉める。


空の色が変わる頃には、相場も色を変えているだろう。


勢いは、永遠ではない。


むしろ、強いほど、その終わりは急だ。


ふと、チャートに微妙な違和感を感じた。


少しずつ、帝国$ダラーを売りに入る。


無理はしない。


けれど、逃さない。


「アリーは、まだ持ってるけど・・・」


ちらりとアリーの部屋をのぞくと、不思議な踊りで疲れたのか、ソファーに寝転がり、だらしなく横たわっている。


聞こえる声は、「焼肉確定っ!」。


うん、分かりやすい。


「肉が焼ける前に、資金が焦げついちゃいそうかも・・・」


言葉は、送らない。


送る必要もない。


相場が、私の代わりに彼女に何かを教えるだろう。


「全額・・・売りね。」


残った帝国$ダラーを、すべて売り払った。


今日の取引は、終了だ。


 ★ ★ ★


夜。


部屋の明かりがやけに白く感じる。


モニター画面に残るのは、今日の結果。


数字は、十分すぎるほどのプラスを示している。


椅子にもたれ、天井を見る。


「今日も勝った。」


その事実は、確かにそこにある。


けれど・・・


「重いなぁ。」


胸の奥に、重さが残る。


理由は分かっている。


溜まっている未読のアリーからの通知だ。


私はそれを開く。


『下がってる』

『でも、大丈夫だよね』

『ねえ、ルナ、これ戻るよね?』

『ねえ      』


最後のメッセージは、途中で切れていた。


目を閉じる。


数秒だけ。


 ポロロンポロロン


そして、画面を開く。


真新しいメッセージ。


『全部なくなった』


それだけ。


絵文字も、語尾もない。


すぐには、返信しない。


言葉を選ぶ時間が必要。


『ごめんね』は、違う。


『だから言ったでしょ』も、違う。


一口だけ水を飲む。


冷たい水が喉をすぅっと通り抜けた。


「よしっ!」


短く打ちこんだ。


『生きてるなら、大丈夫!!!』


「送信っ。」


少しして、戻ってきたのは『うん』というメッセージ。


それで、十分だと思った。


アリーに依存してはいけない。


彼女がいなくても勝てるようでなければ、本物じゃない。


「でも・・・」


ふぅと息をついた。


「きっと、明日も、参考にする・・・」


矛盾している。


でも、それが現実だ。


私は、未熟で、完全ではない。


だから、使えるものは使う。


たとえそれが、友達の失敗であっても・・・


「おやすみ、アリー。」


小さく呟き、電気を消した。


暗闇の中、瞼の裏に浮かんだのは、アリーの笑顔。


彼女がいることで、どれだけ自分が強くなれていることか。


感謝の気持ちを持ちながら、今日の数字が明日も続きますようにと、神に祈りをささげ、ゆっくりと眠りにつこうとしたその時、小さな声が聞こえた。


「1年に1回しか更新されていないのに、主人公が出ないって、おかしくない?」


本当に小さな小さな声。


聞き逃すところだった。


しかし、気にする必要はない。


ただのひがみでしかないのだから。


そう心に言い聞かせて、布団を深くかぶり、瞳をぎゅぅぅぅっと閉じた。

今朝、パンケーキにメープルシロップをかけて食べた人は、高評価を押して次の話へ⇒

☆☆☆☆☆ → ★★★★★


今回のお話は、下のお話と一対になります。

【美容師の娘】【閑話】パンケーキとメープルシロップの危険な香り

https://ncode.syosetu.com/n6487gq/233

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