2-38.古の魔術 ~ イニシエ ノ マジュツ
「どうぞ。 おはいりなさいっ。」
ニミュエ学院長の声が、聞こえた。 私は、そっとドアノブをひく。 ガチャリと開いた ドアの向こう・・・ そこには、なんと、アメリア先生が腰かけていた。
「あら、オリヴィア。 そして、ヨークまでっ。 どうしました?」
アメリア先生が立ち上がって、声をかけてきた。 どうしよう? ニミュエ学院長にサインを貰おうと思ってたのに、アメリア先生まで居るなんて・・・ 2人が揃っているのは、想定外だ。 なんて言えばいいのかな?
困ってしまった私は、ヨークの顔を見る。 私の様子に 気づいたのだろう。 ヨークは、私に向かって ウインクをすると、サッと、私の前に出た。
「あぁ、やっぱり、こちらにいらしたんですね。 アメリア先生。」
ヨークは、アメリア先生、そして、ニミュエ学院長に向かって 話し始めた。
「実は、申請書にサインを頂きたくて、アメリア先生の お部屋に向かったのですが、ご不在でした。 それで・・・ もしかすると、こちらにいらっしゃるかもと思い、参りました。 この書類に、先生と、学院長先生のサインが 必要なんです。」
う・・嘘をつけっ。
と、後ろから突っ込みたくなるような 流ちょうな言い訳・・・。 ヨークは、自分の申請書と、私のそれの2枚を アメリア先生の前へ 差し出した。
「あら? これは、ギルドとエセクタへの継続寄付の申込書ですね。 なるほど。 ヨーク、いい考えです。 よろしいでしょう。」
そう言って、アメリア先生も、ニミュエ学院長も、さらさらっと 署名を書き入れてくれたんだけれども、おかしなことに、応接テーブルの上にあった ペンやインク壺は使わなかった。 なぜか、それらを片づけた後、新しいペンとインク壺を取り出して来て、サインを 書いてくれたのだ。
え? 何っ? 偽造防止?
寄付の申込書って、特別なインクを使わないと、申請が通らない?
[風と水の魔法使い] 【 2-38.アメリア副学院長?! 】
椅子から立ち上がった フローラン・トライスラーを見送り、ドアが閉まるのを確認する。
「終わりましたよ。」
そうして、その気配が、ドアの向こう側から消えたことを確認したニミュエ学院長は、学院長室の奥にある部屋に向かって、声をかけた。
部屋の奥のドアが開く。 現れた女性は、眼鏡のふちを キラリーンと光らせながら言う。
「やっと、帰りましたね。 本当に、噂にたがわぬ 人格者・・・。」
・・・人格者。 なんとも皮肉のこもった表現であるが、ニミュエ学院長は、何も言わずに 軽く手を振って その女性に椅子へ座るよううながした。
「話は、聞いていましたね。」
ニミュエ学院長は、向かい合って 応接ソファーに腰かけながら 彼女に話しかける。
「えぇ、盗聴の魔術符の使用を 許可していただきましたから、はっきりと。」
「それでは、アメリア・スミス=ミラー。 只今より、あなたをエセクタ魔法魔術学院の 副学院長に任命します。」
ニミュエ学院長の視線が、アメリア先生のそれとぶつかる。 そうして、差し出されたのは、1枚の魔術紙と、ペン。 そして、魔力銀の混ざったインクが入った小さな壺であった。
アメリア先生は、ペンを取り上げると、魔力銀のインクを含ませ、ニミュエ学院長に たずねる。
「こちらに、署名をすれば よいのですね。」
学院長は、その魔術紙に、アメリアが その署名を追えるのを見届けると、小さく頷いた。
「アメリア。あの男を、学院の中に 入れるわけには まいりません。 私は、大陸での魔女狩りを 知っております。」
「おっしゃる通りです。 私も、あの危険な人間を 生徒に近づけたくありません。」
「今、なにやら きな臭い査察が行われていますが、そこで、エセクタに対して 何らかの責任が発生した場合、私は、職を辞することになります。 その際の対応は、分かっていますね。」
「副学院長が、その責務を受け継ぐ・・・ですね。」
署名を終えた魔術紙・・・ アメリア・スミス=ミラーと書かれた銀色のサインが、キラキラと輝いている。 そうして、その上に、黒い墨のようなインクで書かれた文字が並んでいた。
不慮の事態により、学院長がその職務を継続することが出来ぬようになった場合、学院長の職務を受け継ぐ
そこには、短い宣誓文が、書き込まれていた。
「魔術による契約です。 ご存じのように、私が、この用紙を手放さなくてはならない場合には、あなたに 力の委譲が 行われます。 エセクタ魔法魔術学院に秘められた、不思議な力・・・ 今は失われた 古の魔術。 何の知らせがあるわけでもありませんが、その時が来たならば、力が委譲されたことを、あなたは、感じることになるでしょう。」
「学院長の力は、こうやって 受け継がれてきたのですね。」
「えぇ、この力を受け継げば、すでに何十年も前に亡くなられている 昔の先生方の魔力も、そして私の魔力の一部も、あなたが、使うことが出来るようになるでしょう。 まぁ、そんな事態に陥らないことが、一番ですがね。」
こういうと、ニミュエ学院長は、初めて 顔に笑みを浮かべた。
「しかし、学院長、『ヴェセックス魔女魔法使いギルド』と『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』の査察で、エセクタの人間が 関わる不正ですか? どのような疑惑なのでしょう。」
「さぁ? 思い当たる事柄は、ありません・・・ が、例えば、フローレン・ナイチと、アードルフ・シタラ=ヒムゥラの関係などは、魔法司法省にとって、喉から手が出るほどに 知りたい情報でしょう。 不正うんぬんは、横に置いても、探られたくない話というものは、どんな場所にでも転がっているものです。 今は、あの アガサの娘も在籍していますし・・・。」
「そうですね。 さすがに、アガサの知恵に手を出して、それを失わせるほどの 愚か者は、いないと思いたいですが、警戒するに 越したことはないですか・・・」
アメリア先生は、ふぅと、ひとつ息をつくと、自分の眼鏡の位置をそっと直す。 その時であった。
トントンっ! ドアを叩く音。
「まさかっ、あの男。 まだ、何か、あったのでしょうか?」
「落ち着きましょう。 アメリア副学院長。」
ニミュエ学院長が、くすくすと 忍び笑うような かわいらしい笑顔をを見せながら、アメリア先生を からかう。
「しかし・・・。」
「違います。 あの男が戻ってきたのならば、エセクタの職員が、ノッカーを使って 扉を叩きますよ。 おそらくは、それに 手が届かぬ生徒でしょう。」
そう、今のドアの音は、ドアノッカーを使った音ではなく、明らかに、人の拳で叩いた音であった。 ニミュエ学院長は、そのことから、ノックをしたのが、ドアに取り付けられている叩き金に手が届かぬ、背の低い者・・・ つまりは、生徒であると 看過したのである。
「あぁ、なるほど。 それで、どういたします?」
「構わないでしょう。 どうぞ。 おはいりなさいっ。」
ニミュエ学院長は、いつものような声で、ドアに向かって、声をかけた。
すぅっと、ドアが開かれる。 そこのは、たった今、先生方が噂をしていた、アガサの娘・・・ オリヴィアの姿。そうして、何かの申請書のような書類を持ったヨークが、並ぶように立っていた。
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