2-37.ズルいヨークは、優柔不断っ!
「別に、何か見返りを求めての行動ではないが・・・。 そういわれると何か、考えねばならぬか・・・。」
わざとらしく 何やら頭をひねる フローラン・トライスラーにとって、突き刺さるニミュエ学院長の冷たい視線は、何ということも 無いもので あるらしい。
そうして、ニミュエ学院長が、コホンと 咳ばらいをするまで、焦らすように 黙り続けたフローラン・トライスラーは、そうだな・・・と、小さく呟いた。
「そうだな・・・ 私も、若い魔法使いを 導く仕事をやってみたいと 思っていたところだ。 どうだろう? ニミュエ学院長の推薦で、エセクタに それなりの地位で 迎え入れてもらうことは できないだろうか?」
目の前に座るこの初老の男が、魔法使いを教え導くなどということが 出来るのならば、サルにでも 教師が出来る。 そんな言葉を出さなかった ニミュエ学院長の自制心を 褒めるべきだろうか。 心の中で、グツグツと 何かを沸騰させながらも、学院長の口から出てきたのは、いつもの冷静な声であった。
「それは、裁判官と公証人のギルドをお辞めになられ、エセクタで講師として 働くことを、求めて いらっしゃるのでしょうか?」
「いやいや、流石に私にも、体面がある。 講師というわけにはいくまい。 どうだろう? 今、空席になっている 副学院長の椅子を 用意してもらうわけには いかないだろうか?」
臆面もなく、副学院長というポストを要求してきた フローラン・トライスラーの いやらしげな視線から、自分の表情を隠すように 窓へと視線をやったニミュエ学院長は、小さくため息をつきながら、やっとのことで 言葉を吐き出した。
「なるほど、分かりました。 ただ、わたし一人で 決められることではございませんし、ご回答は、後日に させていただきますわ。」
[風と水の魔法使い] 【 2-37.叩けよ!さらば開かれん! 】
ヨークと一緒に、ナイチ先生の部屋を 再び訪れると、先生は、もう 白衣を脱いでいた。
「ん? オリヴィア、それに、ヨークもっ。 どうしたんだい?」
ノックの後に、さっき 帰ったばかりの私が、ドアを開けたため、少し驚いたように、先生が たずねてきた。
「あっ、この書類に サインを頂きたくて・・・。」
ヨークが、自分の申し込みの用紙と、私のものを ナイチ先生に差し出す。
「あぁ、ギルドへの継続寄付か。 エセクタの学生は、学院と、ギルドに 半分ずつ寄付することになるんだったかな? なるほど、学生の間は、ギルド名誉構成員の審査が緩いから、いい方法だね。 うまく考えたものだな。 ヨークのアイデアかい?」
ナイチ先生が、ヨークをべた褒めっ。 うん。 私のことじゃないけれども、ちょっと うれしいね。
簡単に書類の内容を確認すると、ナイチ先生は、さらさらっと、2枚の書類にサインを書き入れてくれた。
それにしても、ナイチ先生の署名は、面白い。 フローレン・ナイチという名前を 知っていれば、読めなくもないのだが、知らない人が見たら、まるで、クモの巣が はっているみたい。
「先生の署名って、面白い形してますね。 クモの巣みたい。」
思わず 口に出してしまい、ナイチ先生に 苦笑されてしまった。
「うん。 クリームアン戦争に従軍していたころは、このサインをするたびに『コウモリ羽のナイチ』と呼ばれていたのだが、なるほど、クモの巣か。 コウモリより、よっぽど上品だ。 オリヴィアは、センスがいいね。」
うーん。 なんで、褒められたんだろう。 コウモリの羽が下品で、クモの巣が上品? 先生が言っていることが、全く分からない。 あっ、私に、気を使ってくれてるだけかな。 変なこと言っちゃったから。
先生の部屋を出ると、ヨークと一緒に、コウモリの羽と、クモの巣について話をしながら、廊下を歩く。
「さっきの『コウモリの羽』が下品で、『クモの巣』が上品って、おかしくない?」
「『クモの巣』は、上品だよ。 あれ? オリヴィア、分かってなくて言ってたの?」
え? 分かってなくて??
ヨークによると、まだら模様のクモが作る巣・・・ つまり、ある種のクモの糸は、緋色のヒモの原料のひとつにもなる 魔法の力を帯びた素材であるらしい。 コウモリの羽が、呪術や、毒薬の原料につかわれるような素材であるのに対して、聖なる魔法の糸として、重宝されているのだ。 うん。 知らなかった。
「きっと、そのことを考えて、オリヴィアは、センスがあるって 言ってくれてたんだよ。 まさか、知らずにクモの巣って 言っちゃうなんて。 アハハハ。」
むぅぅ。 ヨークに笑われた。 違うっ! きっと、私は、無意識下で そういうことを、考えていんだよ。 えーと・・・ くもの巣は上品。 覚えておこっと。
そんなことを話しながら、たどり着いたのは、アメリア先生のお部屋の前。 ナイチ先生の時は、私だったけど、今度は、ヨークがお部屋のドアをノックする。 こういうのも、適材適所だ。
「あれ? 居られないのかな?」
「マフィンを持って来た時には、居たのにね。 あの後、出かけたのかしら?」
ノックの後、しばらく待っても返事は無いし、ドアノブを がちゃがちゃしても、回るような素振りは 感じられない。
「うん。 不在なら、先に、学院長先生でもいいかな? ちょっと順番が おかしいって言われるかもしれないけどね。」
そうね。 学院長のサインをもらった後、アメリア先生のサインって、順番的に逆だね。 まぁ、小さいことを気にしていたら、何事も進まない。 ここは、ヨークに従って、学院長室に向かうのが正解だろう。
ふと見ると、ヨークが、アメリア先生のお部屋のドアノブを 自分のローブの裾で、拭いている。
「いや、ほら・・・ 不法侵入とか 疑われると イヤだろ?」
うーん。 指紋ですか。 さっき、ドアノブをガチャガチャしたからね。 ヨークって、こういう所、ちょっとズルいなぁ。 まぁ、昔、先生のお部屋に テスト問題を盗みに入った生徒も いるらしいから、疑われないようにすることは、悪いことではないかも。
こうして、ちょっと ズルいヨークの一面を 見せてもらった後、ニミュエ学院長先生のお部屋へと向かう。 論文の時に、何回かお邪魔したけれども、あそこのお部屋は、緊張するのよね。
そんなことを思いながら、学院長室近づいたとき、お部屋のドアから、ひとりのお客様が、出てくるのが見えた。 前頭部がハゲあがった 厳しい目をした おじいちゃん。
「来客だったのかな? 学院長室に うかがっても 大丈夫だと思う?」
「あの お客様も、帰っていくみたいだし、お話は、終わったんじゃないの? とりあえず、ノックだけしてみない?」
そんなことを話しながら、学院長室のドアの前まで来る。 ふたりで、ノックするかどうか、ちょっと 話したけれども、うーん、ヨーク、優柔不断っ。
気にしないっ。 ノックしちゃえ。『叩けよ! さらば開かれん!』
私は、学院長室の 立派なドアに手を伸ばすと、トントンっと、その扉を 叩いた。
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