2-35.響き渡る笑い声
「暑苦しいので、離れてくださいますか? エトガンさん。」
ナイチ先生の お部屋を出て、廊下を歩く。
私は、しつこく手を握ってこようとする ケイシー・リィデング・エトガンさんに、2メートル以内に入らないよう 忠告した。
「オリヴィア。 ちょっとした、冗談じゃないのっ。 もぉ、怒んないでよっ。 ほら、ルナも、何とか言って。」
ケイシーの言葉を受けて、私の横を歩くルナが言う。
「あの・・・ オリヴィア・・・ エトガンさんも、こう言っていらっしゃることだし、少しくらい考慮して差し上げたら・・・。」
「ちょっと、ルナまでっ。 なんてこと言うのよ。 もぉ、待ってよぉ。」
あら? ルナまで 悪ノリしてきた。 思っていた以上に、ノリが いいのね。 もしかしたら、アビーが居た頃は、ルナって、こんな風だったのかも しれないわ。
「でも、オリヴィア、本当に、気を付けて生活したほうが、いいかもね。」
「え? 何が?」
ケイシーが、急に真面目な顔で、話し始める。
「だから、お金のことよ。 みんな、論文のことを知っているから、オリヴィアに、お金が集まることが、バレている状態なんでしょ? それなら、悪い人が、狙ってくる可能性って あるはずよ。」
「でも、私、お金なんて、使うつもりないから、お金目当ての変な人が近寄ってきても、相手にしないって。エセクタに居る分には、問題なんて 起こりようがないじゃないの。」
「甘い!って・・・ オリヴィア、そういう人が一番、騙されやすいの。気を付けたほうがいいって。」
「じゃぁ、どうしろって 言うのよ?」
「身近にいる、信頼できる人に 預けるのが一番っ!」
「ふぅん・・・ そうなんだ。 じゃぁ、ルナ。 もし、そんな事態になったら、お金を預かってもらえるかな?」
「えっ? 私? そんな、大金怖いよ。 でも、オリヴィアが、そこまで 言うなら・・・。」
「ちょっ。 ちがうぅぅぅ。 ほら、私でしょ? 身近で、信頼できる人って!」
こうして、私と、ルナは、迷惑にも 廊下で騒ぎ立てる エトガンさんを置いて、スタスタと、寮へと向かうのであった。
「ちょっと、待ってよー。 オリヴィアぁぁ。ルナぁっ。」
[風と水の魔法使い] 【 2-35.見つかった不正の痕跡 】
「査察の責任者?」
「あぁ、君に 任せようと思う。」
フローラン・トライスラーの前に立たった、『裁判官と公証人のギルド』の書記官モヴシャ・ショウス・リナインは、思わず聞き返した。普段、このような言動をすることのない彼も、査察の責任者に、選ばれるという想像もできない 大役を告げられ、頭が パニックに陥ってしまったのだ。
先日、大組合である『魔女魔法使いギルド』への査察が、フローラン・トライスラーによって行われた。そうなると、次にターゲットなるのは、『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』である。
「もともと、君が見つけた書類が、きっかけだ。 手柄は、君が立てるべきだよ。 私は、そう思う。」
フローラン・トライスラーは、そう言うと、モヴシャに向かって笑いかける。
「はぁ、しかし、書記官が 責任者となるという前例は、いままで・・・。」
「君が、前例になればいい。 もちろん、ルールを守ることは必要だ。 しかし、杓子定規に行動する必要はないだろう。 能力があると分かっている人材を 使わないという手はないのだよ。 そんな余裕は、このギルドにない。 自信を持ちたまえ。 君にとっても、大きなチャンスだよ。」
そう言うと、椅子から立ち上がったフローラン・トライスラーは、モヴシャの肩をポンっと叩いた。 こうして『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』への査察は、書記官である モヴシャが行うという 異例の事態となったのであった。
「はい? なんで、書記官が査察の責任者?」
「そういう話は、今は、いいから。 はい、これが、査察の司法省の令状。」
ギルドの監督省庁となる 魔法司法省が発行した、査察令状を示し、彼は、緊張に満ちた面持ちで、告げた。
そう、その朝、予告の無い突然の『魔女魔法使いギルド』の下部ギルドにあたる『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』は、大きな混乱に陥った。 業務は完全に止まり、舞い上がる書類に素材ギルドの職員も、そして、査察に入った『裁判官と公証人のギルド』のメンバーまでも。部屋の中では、重要書類が舞い、その空には、異常事態を知らせる 伝書鳩が飛びかった。
そうして、時刻は、お昼どき・・・ 大量の書類を積んだ馬車は、ガタゴトと、『裁判官と公証人のギルド』へと向かう。 しかし、ここからが大変なのだ。 なにせ、この書類の山から不正の証拠を見つけねばならぬのだから。
「ふん。 まぁ、これだけ書類があれば、1個や2個の不備は、見つかる。 そこから、素材をたどって行けば、何やら 見つかるだろう。」
モヴシャは、そうひとりごちると、書類の入った木箱をコツンと叩いた。 夕日が、馬車とその道を照らす。 しかし、彼の仕事は、終わらない。
『裁判官と公証人のギルド』での 押収書類の仕分けは、深夜まで及んだ。 そうして、他の職員たちが帰宅した後も、モヴシャは、1枚1枚、仕分けられた書類を精査していく。 空が白み、朝日が オクタグラムと呼ばれる ギルドのシンボルマークを照らす頃、モヴシャが 調べていた1枚の書類に、とある不審な点が 見つかった。
「ハハハハハ。 やはりな。 どうだっ! 見つかったぞ。」
よほどうれしかったのだろう。 片足立ちになって、ぴょんぴょんと跳ねながら くるくる回るモヴシャ。 右手には、1枚の紙きれ。 その血走った目の下には、クマが出来、痩せてくぼみが出来ている。 しかし、その目は、らんらんと光ったまま、書類のある部分を、ジィっと注視していた。
「どうだ、チウゾノラヒ。 お前の命運も尽きたぞ。 ここに不正が行われた 確かな痕跡があるっ! この私の手の中になっ。」
彼の右手の中にある書類。
そこには、チウゾノラヒの息子であるジェイコブ・ペプシコカ・フェニックスの署名があり、その上部には、『ヴェセックス魔女魔法使いギルド』と『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』の印鑑が、ドンっと乱暴に押されているのが見える。 彼は、確かにその痕跡を見つけたのだ。
ドアも、窓も閉じられ 空気の濁った 書記官用の小さな個室。 一面に書類が舞い散ったその部屋の中には、外から かすかに聞こえてくる チュンチュンという鳥たちの鳴き声に加わって、モヴシャの笑い声が、響き渡るのであった。
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これだけの文章に、8時間ほどかかりました。遅筆で、ごめんなさい。