2-26.他言無用っ!
パリーンっ!
その時、ナイチ先生の実験室の床に、ガラスの割れる音が、響いた。
試験管たてには、『悲嘆する安らぎの興奮薬』の液体が入った試験管が1本だけポツンと、たっている。
そうして、その前に立つのは、ナイチ先生。 手には、2枚のメモ用紙を 指でつまむようにして持っている。 走り書きで書かれた文字。 そこには、成分同定の結果から、この魔法薬に含まれるとナイチ先生が考える2個の素材の名前が、書かれていた。
・・・ゼルチュルナー草〆
・・・マジャンディ〆
「ナイチ先生、ゼルチュルナー草と、マジャンディの根は、素材の元となる薬草ではありませんか。 鑑定では、成分を予測することは出来ても、元となる薬草を 同定することは、できませんのでは?」
アメリア先生は、思わず口をはさんでしまった。
まさにその通りで、通常の鑑定で 同定できるのは、その魔法薬に含まれる成分が、どのような内容か? というものなのだ。
例えていうならば、仮に、その魔法薬に「ゼルチュルナー草」の成分が入っていれば、『「ベンジルイソノキリコン型アルカロイド」の「ヒネモール」あるいは、それに似た物質が含まれている』という内容が、鑑定結果として 提出されるのである。
「アメリア先生、私の鑑定用のペーパーには、アルゴリトミ と呼ばれる手法が 組み込まれています。 これによって、さかのぼって 元となる薬草や、動物生薬、魔獣生薬についても、推定することが 出来るようになっているのです。」
「な・・・ナイチ先生、それは・・・。」
ナイチ先生の回答は、アメリア先生を絶句させるには、十分なものであった。
[風と水の魔法使い] 【 2-26.魔法薬物依存症? 】
ヨークと、私の作った『悲嘆する安らぎの興奮薬』を鑑定してくれていただけのはずなのに、なぜか、ナイチ先生と、アメリア先生が、口論を始めた。
いや、ケンカをしているわけじゃなくて、本物の 口論っ。 意見を述べあって、議論しているような感じよね。 でもね、その途中で、アメリア先生と、ナイチ先生が、とんでもない言葉を発したから、私は びっくりして、思わず、実験台の上に 置いてあったビーカーを 床に落としちゃったの。
「しかし、そのアルゴリトミ・デ・ヌーメロ・インドルムという手法を 開発したのは、アードルフ・シタラ=ヒムゥラでは ありませんか。 学院内で、彼の考えたペーパー魔術符を使うなんて・・・。 ここは、あなた個人の 研究室というわけでは ないのですよっ?」
パリーンっ!
「すまない。 オリヴィア、触らなくていいよ。 ビーカーを置きっぱなしにしていた私が悪い。 ケガは、無いかい? うん、よかった。 それから、アメリア先生っ、根本理論を考えたのは、ハクタートのアル=フワフワリスミーですし、開発したのは、アガサです。 アードルフ・シタラ=ヒムゥラがやったことは、ペーパーの描き方を改良し、動物にも 使えるようにしたくらいです。」
割れたビーカーの破片を拾い、私の方を心配しながらも、アメリア先生に反論する ナイチ先生。 そうして、アメリア先生も。
「考えたのが、チエスタのロマートでも、ハースのアテラートでも 関係ありません。 それでなくとも、闇の魔法使い復活の 現場となったことで、エセクタは、魔法司法省から 厳しい目で見られています。 そんなときに、彼が作ったと 世間に思われている技術を 使うのは、危険だ と言っているのです。」
ナイチ先生、アメリア先生・・・ さっきから、ママと、アードルフ・シタラ=ヒムゥラ。 それに 私の知らない人たちが、お話の中に、ご登場なさっているん ですけれども・・・ 私、ここに居て大丈夫?
なぁんて思っている 私の心配そうな目つきに 気づいたのだろう。 アメリア先生が、ため息をついてこちらを見る。 そして、ナイチ先生も。
「ふぅ・・・ オリヴィア、心配しないでいいですよ。 あなたが、何かしたわけでは ありませんから。」
いや、それは分かってます って・・・。
「まぁ、アメリア先生、この話は、後にしましょう。」
「そうですね。 オリヴィア、ここで聞いた話は、他言無用です。 下手をしたら、エセクタの存続に 関わってきますから。」
「は・・・はいっ。」
ちょ、ナイチ先生、エセクタの存続って、何てこと してるのよ。
「アメリア先生と、ちょっとだけ 意見の食い違いはあるけれど、君のお母さんが 開発した手法を使って、ゼルチュルナー草と、マジャンディの根から取った成分が、その魔法薬に含まれているという 鑑定結果が出た。 それは、間違いないかな?」
私は、ナイチ先生の質問に 自信をもって 答えた。
「あっ、はい。 だって、『悲嘆する安らぎの興奮薬』ですからっ。」
そう、『悲嘆する安らぎの興奮薬』に使われる天然魔法素材には、自信がある。 だって、ママと 一緒に作ったことがあるから。
自信が無かったのは、ニトロコンスタンティンのような 名称を通知すべき有害物に指定されている魔法化学物質の扱いと、それを使った作業手順ね。 そこら辺は、ママが 私には 触らせてくれなかった分野だもの。 でも、今回、そっちの作業は、ヨークが、ちゃんと してくれてたから 問題ないわ。
「うん。 作り方は、アガサに 教わったのかな?」
「はい。 魔法薬を作る時に お手伝いもしました。」
「なるほど。 ところが、教科書的な作り方では、この魔法薬に、ゼルチュルナー草と、マジャンディの根を 加えることは しない。 まぁ、ゼルチュルナー草の成分については、反作用物質を少量くわえることで、その効力を大幅に増強する『南の賢き魔女のオシニカイス法則』で 説明できるけれども、マジャンディの根のエキスを 加えることは、せっかくの魔法薬を 吐き出させる効果しか、考えられない。 それについて、何か知っていることはあるかな?」
え? 教科書的じゃないの? ママの作り方って、ちゃんとしてなかったのかな?
「えーと・・・ ゼルチュルナー草のエキスは、興奮を脳に伝える神経の活動を抑制するので、『悲嘆する安らぎの興奮薬』に数滴、加えることで 効果を増強するのは、たぶん、ナイチ先生が おっしゃったとおりです。」
「うんうん。 そうだね。これは、魔法薬調合専門の魔法使いでも、知らない人の多い知識だ。 オリヴィア、君の魔法薬の座学と実習には、加点をしておこう。 それで、マジャンディの根のエキスは?」
「あのぉ・・・ 先生、ゼルチュルナー草のエキスを加えるのは、反作用物質という以上の 意味があります。」
「ほうっ。 それは、私でも 知らない知識だ。 どんな理由かな?」
「『悲嘆する安らぎの興奮薬』は、依存性もあり、過量服薬で、死に至ることもある コントロールマジックドラッグに 分類されていますよね?」
「あぁ、第二類覚醒魔法薬に 指定されているね。」
そうなのだ。 『悲嘆する安らぎの興奮薬』は、使い方を誤ると、社会的に、大問題を引き起こしかねない魔法薬である。
そのため、魔法覚醒剤取締法という、濫用による危害を防止するため、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して、必要な取締りを行うことを 目的とした法律により、コントロールマジックドラッグに分類され、取り締まりの 対象となっている。
この覚醒作用を 快楽のために発揮させるためには、通常の治療用量の50倍程度の濃度の『悲嘆する安らぎの興奮薬』を必要とするが、材料さえそろえば、簡単に作りだすことが 出来るということで、魔法使いや、魔女の中には、これを快楽のために使い続け、魔法薬物依存症に 陥る者も 多く存在する。
そう、私は、ママは、言っていたことを、よく覚えている。
『依存症の魔女や魔法使いが、意思が弱い人、ろくでなしな人・・・ ということではないのよ。 彼らの多くは、治療が必要な 病人なの。』
こう言いならがら、この魔法薬に添加する 成分の意味を 教えてくれたのだから。
『南の賢き魔女のオシニカイス法則』を説明できる人は、高評価を押して次の話へ⇒
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