2-24.私の知らない知識
ナイチ先生の担当する授業は、多岐にわたる。
もちろん、治癒系の属性魔法を持つ生徒の実務実習や実技は、先生の専門だから、当然として、それら治癒に関係する座学、それから、治療に用いられる魔法薬学と、一般薬学 ・・・一般薬というのは、魔女や魔法使い以外の人が使う薬のことだ。 それに、魔法治療学に、一般治療学。魔法外科術に、一般応急処置法・・・。
魔法薬草学の一部分も、ナイチ先生が、代わりに指導している。
これらは、ナイチ先生の就任前は、5人の先生が分担していたらしい。 先生の スゴさというものが、良く分かる話だ。
特に、一般とつく学問については、魔法使いではない人の 知識となるため、生徒に それを教えることが出来る 人材があまりおらず、欠科目として、数年間、エセクタで、授業が無かった時代もあった。 ナイチ先生のように、魔法使いでありながら、そうではない者の知識を持つ者は、少ないのだ。
ということで、ナイチ先生は、忙しい。 そんな忙しいナイチ先生の元に、1つの 問題ごとの種が、舞い込んできだ。
その問題ごととは、アメリア先生からの依頼。
それは、生徒の作った『悲嘆する安らぎの興奮薬』の鑑定であった。 作った生徒の名前は・・・ そう、もちろん、ヨーク・ラファエル・プランタジネットと、オリヴィア・ボナム=カーターであった。
[風と水の魔法使い] 【 2-24.ナイチ先生への鑑定依頼 】
ナイチ先生の実験室は、とてもきれいに 片づけられていた。
「ヨークと、オリヴィアが、この休日に作った 魔法薬なんですが、私が、思っていた以上に、よく出来ているようです。 これなら、外に出せる水準かと思いまして、鑑定を、先生に お願いしたいと思いまして・・・。」
アメリア先生は、持ち込んだ1本の試験管を、ナイチ先生の実験室の試験管たてに置いた。 ラベルには、オリヴィアの字で、『悲嘆する安らぎの興奮薬』と書かれている。
「ほぅ。 オリヴィアとヨークが作った、魔法薬ですか。 それは、楽しみですね。」
面白いことに、この魔法薬は、アメリア先生にとっては、ヨークとオリヴィアが 作ったモノであり、ナイチ先生にとっては、オリヴィアとヨークが 作ったモノであるということだ。
アメリア先生が、実験室を後にすると、彼は、試験管を光にかざした。 ペーパー魔術符を使った魔法の光は、試験管の中の液体の 純度の高さを示した。 しかし、ナイチ先生は、じぃぃっとその試験管を眺めると 軽くソレを振って 首を傾げた。
「これは・・・ オリヴィアだな。 さて、どうしたものか・・・。」
少し考えた後、ナイチ先生は、意を決したように、試験管のコルク栓を抜いた。
通常の、魔法薬の鑑定では、ペーパー魔術符を用いて行うため、試験管の栓を抜くという行為は、行われない。 しかし、何かに気づいた彼は、その中の液体を 直接調べる必要が あると考えたのだ。
まず、彼が行ったこと。それは、試験管内の液体を小皿に少量とり・・・ペロリと、舐めることであった。
「うん。まずいっ。 こんなものを飲む事態には、陥りたくないものだ。 しかし、おそらく 人体に問題ないし、オリヴィアが、アガサから引き継いだ知識であることを考えると、むしろ、安全性は、高まっているのだろう。 問題は、それを、他の人間が 理解できるかどうか・・・か。」
彼の独り言を聞くものは、誰も居ない。 しかし、ナイチ先生は、チラリとドアの方を 確認したのちに、ポケットから、クネクネ鉱石の鍵を取り出した。 そうして、鍵をドアの鍵穴に差し込むと、魔力を通した。
ガチャリという音が、他の誰かが、ドアを開けることを 出来なくなったことを しめした。
先生は、小さくひとつ頷くと、実験台へと戻る。
そうして、1枚のペーパー魔術符を取り出すと、実験台の上に置いた。 同じものをもう1枚・・・ 2枚・・・次々に並べていくと、その前に、1枚ずつ同じように メモ用紙を並べていき、ペンを置いた。
「さて、厄介な 成分の同定だな。鬼が出るか蛇が出るか・・・。」
試験管の液体を1滴、1枚目のペーパー魔術符に滴らす。 魔術符の色が変わったら、すぐにペンを取り メモ用紙にそれを走らせる。
・・・ニトロコンスタンティン〆
同じ行為を次のペーパー魔術符に・・・ ハイドロシロリックアシッド〆
次々と、使われた成分の名前が書かれていく中で、ナイチ先生のペン先が止まった。
・・・ゼルチュルナー草〆
「ゼルチュルナー草」は、ベンジルイソノキリコン型アルカロイドの一種である ヒネモールを成分に含む魔法植物。 興奮を脳に伝える神経の活動を 抑制する。
「なるほど、反作用薬物か。 間違いなく アガサだな。教えたのは・・・。」
『悲嘆する安らぎの興奮薬』は、その名の通り、興奮薬だ。 それに、反対の作用を持つ ゼルチュルナー草の成分が、加わっているのである。
そう つぶやいて ひとつ頷いた、先生は、素早く次のペーパー魔術符に液体を滴らした。 そうして、先生が走らせたペンのえがいた文字は、・・・マジャンディ〆
「催吐薬っ? なぜだ? なんで、こんなものを混ぜる?」
催吐作用のある ケファエロリンや エッチヤネンといった 成分を含むマジャンディの根・・・。 しかし、飲んだ薬を 吐き出させるよう成分を、せっかくの魔法薬に 加える意図が 分からない。
これは、ナイチ先生の知識の中に、全く無いものであった。
ナイチ先生は、試験管のコルク栓を元に戻し、試験管たてに それを戻した。 実験室の隣は、ナイチ先生の部屋。 鍵を開けて、彼は、そちらへと移動した。 先生が、机の上の魔力銀の呼び鈴に、魔力を通すと、ぶるぶると震えた呼び鈴の横の ラッパすいせんから、声がした。
「ナイチ先生、お呼びでしょうか?」
「あぁ、すまないが、伝書鳩を 2羽、お願いしたい。」
「はいっ、ただいま 用意いたします。」
ラッパすいせんの 通信が、途切れたことを 確認すると、彼は、ひとつ つぶやいた。
「さて、同時に呼び出すか、別々に呼ぶか・・・ 悩むところだな。」
まもなく連れて来られた 2羽の伝書バトの足に、なにやら書かいたメモを入れた 紙筒をくくりつける。 そうして、窓を開けると、2羽の伝書バトは、生徒の寮と、教員室へと飛び立った。
「オリヴィア、頼むぞ。 学校で、妙なものを 作っていないでくれよ。」
飛び立った鳩の後ろからは、ナイチ先生の小さく呟く声が、聞こえたのちに、窓がパタリと閉まる音がした。
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