2-20.メラメラと燃える闇の炎
「いや、ビックリしました。 シュツアさんが、あの子を中に入れるなんて思わないですから・・・。 どこかに行ってしまって、迷子になったのかと思って 焦りましたよ。」
ナイチ先生が、笑いながら、カップを持ち上げ、口に近づける。
「こら、ナイチっ。 本のある場所には、カップを持っていくな と いつも 言っているだろう。」
シュツアさんが、ナイチ先生の方に向かって、注意する。
「あぁ、すみません。 しかし、なんでまた、ルナを?」
「いやいや、あの子が、背伸びして、魔法の鍵の魔術が かかった本を 取りたそうにしているのが目に入ったのじゃ・・・。 その姿が、ただ 面白かったのじゃよ。」
どうやら、ルナが、背伸びをして、本を 手に取ろうとしていたことは、無駄ではなかったらしい。 それを眺めていた シュツアさんが、面白がって、本を 読ませてくれることに なったのだから。
「それは、それは・・・ ありがとうございます。 今も、こちらに 気づかないくらい 集中して読んでいますから、たぶん、本当に、あの本を 読みたかったんでしょう。」
「まぁ、そうじゃの。 しかし、エセクタに 戻って来たんじゃな。」
「そうですね。 クリームアン戦争に従軍して、一段落して、戻った感じです。」
「いやいや、おぬしではない。 例の 男の子のほうじゃな。」
例の男の子・・・。 その言葉を聞いて、ナイチ先生は、顔をしかめた。 それが、アデノーイ・ヒンプリン・・・ アードルフ・シタラ=ヒムゥラのことを指していることが スグに 分かったからだ。
「シュツアさんにとっては、ボクも、彼も、まだ、男の子ですか・・・。 そうですねぇ、まだ、それと 分かる姿ではありません。 力も、昔と同じではないでしょう。 しかし、彼が、戻ってきたことは、確かです。」
「そうか。 また、ここに来て、本を探す姿が見られるかと 思ったが、それは、無理かのぉ。」
「おそらく、無理です。 この街にも、結界が張られています。 ヴェセックス魔女魔法使いギルドが 張った結界に チャレンジしようとは、いくら 彼でも 思わないでしょう。」
そう言うと、ナイチ先生は、カップに残ったお茶を 一息に飲み干した。
[風と水の魔法使い] 【 2-20.ダブルチェックと2段階申請 】
裁判官と公証人のギルドの書記官であるモヴシャ・ショウス・リナインは、この問題書類を、どう扱えば、効果的であるか について考えていた。
チウゾノラヒの息子が、古代森林公園の素材の 販売申請をし、許可を得た。
しかし、彼の息子は、まだ エセクタ魔法魔術学院の1年生。 普通に考えれば、魔女の苔に、マジャンディの根、ゼルチュルナー草。 角モグラの血に、角モグラの角。 それに加えて、この季節に 花がついたウィッチベイビーズブレス草を、見つけるなんてことが、出来るわけがない。 そんなこと、今の年齢のモヴシャでも、不可能だ。 おそらく、チウゾノラヒが、不正に手に入れた素材を、古代森林公園のものとして、息子を通して販売しているのは、間違いない。
しかし、手元にあるのは、状況証拠だけ。 直接、チウゾノラヒへとつながる物証がない。 この紙きれだけでは、あまりに 弱いっ。
そうだっ。 チウゾノラヒの計画性と、その悪質さは、書類申請の仕方にも見て取れる。 モヴシャは、ギリギリと 歯噛みした。
それは、2段階申請。
アルティマッジョーリ(大組合)である『ヴェセックス魔女魔法使いギルド』への許可申請を行っておき、仮の許可である『みなし許可』を得たうえで、それを、下位のアルティミィノォリ(小組合)である『魔法素材の製造業者と販売業のギルド』で、本申請の書類として、提出して、正式な許可を得る 不自然な許可申請の手法。
つまり、これは、審査を2重にすることで、素材の取得状況が、おかしいことを、誤魔化そうとしているのだ。
一般に、ダブルチェック・・・ 複数人が同じ内容を確認することは、ヒューマンエラーである うっかりミスを防ぎ、大きな事故につながる要素を、未然につぶす 良い方法だと思われている。
しかし、その反面、責任の所在が、不明瞭になるという欠点が存在することは、軽視されがちだ。
確認したい箇所、確認すべき箇所を、まず、自分の目で確認し、その後、他の人に、同じ確認してもらうことで、間違いがないことを確かめる。 この方法をとれば、確かにミスは減るし、『裁判官と公証人のギルド』においても、モヴシャ自身が、行っている手法である。
ただし、お互いに確認しあうことで、かえってそのチェックが、いい加減になることもあるのだ。
それは、あいつがチェックするなら、オレは、判子を押すだけでいいや・・・ っと、書類を精査しないまま承認・決裁を意味する判子を押してしまう、いわゆる『めくら判』。
上位である『魔女魔法使いギルド』は、直接の下部組織に当たる『魔法素材ギルド』に、チェック作業を 押し付ければいいやと、あまり内容を精査せずに 判子を押してしまい、『魔法素材ギルド』においては、『魔女魔法使いギルド』で、『みなし許可』を受けているなら、この書類は、問題ないだろうと、『めくら判』を押してしまう。
あぁ、そんな光景が、目に浮かぶ・・・ それは、モヴシャにとって、簡単に想像できるものであった。
あそこのギルドは、どちらも、チウゾノラヒに、手玉に取られている。 そう思うと、はらわたが煮えくり返った。 あいつは、学生時代に、モーリンク・メーテリスさんの心も、そうやって、もてあそんだのだから・・・。
モーリンク・メーテリスさんの 可憐な笑顔を思うと、モヴシャは、すぐさま、若き その学生時代に タイムスリップすることが出来る。 しかし、その笑顔が向けられていたのは、チウゾノラヒ。
そう、学生時代のモヴシャは、かぶった帽子と制服の間から見える どす黒い顔。そこからのぞく、黄色く光る丸いふたつの目で、暗い影から 彼女の姿を じっと見つめるだけであったのだ。
怒りに任せて、証拠になるかもしれない 大切な書類を 握りつぶしそうになっていたことに 気づいたモヴシャは、慌てて、そのシワを伸ばす。
「くそっ。 チウゾノラヒめ・・・。」
丁寧に伸ばした その紙を、机の上に置いた モヴシャの黄色い目には、どす黒い嫉妬心と、復讐心からくる暗い闇の炎が、メラメラと燃えていた。
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