2-18.趣味の女装
一般に、『裁判官と公証人のギルド』は、嫌われている。 それは、このギルドが、他のギルドに対して、査察を行う権利を 有しているからだ。
良く晴れたその日、問題の書類を 眺めていたのは、フローラン・トライスラーであった。
「ヴェセックス魔女魔法使いギルドの書類に、不正な申請が、紛れ込んでいる?」
フローラン・トライスラーは、『魔女魔法使い人民法廷』という 特別法廷の長官を務めたこともある 偉大な 元 裁判官。
彼は、ロイセン王国のレッツェで、モールヒネ王立建築学校で教官を務める技術者の 父ユリウス・トライスラーと、母シャルロー・トライスラーの長男として生まれた。 ウェーイ大学で法学の勉強を始めたが、キナコ公国で始まった コイリーの乱に伴う戦争で、軍に志願。 この時は、帝政ロスマ軍の捕虜となってアリベシの捕虜収容所に送られたりもしている。
しかし、フローランは、ただものでは無かった。 収容所内で、うまく立ち回り、帝政ロスマで起こった革命の混乱に乗じて、ロスマを脱出。 その後、ウェーイ大学に復学し、法学博士号を取得した。 司法官試補の修習を終えると、弟のケネディ・トライスラーとともに、法律事務所を開設。 フローランは、瞬く間に 刑事事件専門の 一流弁護士として 名を馳せたのであった。
その後の紆余曲折の後に、『魔女魔法使い人民法廷』という特別法廷の長官を務めた彼は、大陸での 悪魔崇拝をした魔女の裁判において、多大な功績を上げたと言われている。 ただし、フローランが、怒号するように罪状をあげつらう中、被告となった魔女たちは、ほとんど弁護すらさせてもらえず、わずかな反論も、許されなかった という証言や、その裁判の弁護人は、形式的に存在するだけであった・・・ という報告書も 存在していることから、ロイセン王国での彼の功績については、疑問を呈する者も、居ないわけではないが・・・。
まぁ、彼の経歴や、功績はともかくとして、速記術士のマルクス・トゥリ・ティティが見つけた1枚の許可証の控え。 この書類が、このフローラン・トライスラーの手元に届いたこと。 その手元で揺れている紙が、何を意味するかは 分からないが、確かなことは、彼が、この書類に 興味を持ったということであった。
[風と水の魔法使い] 【 2-18.接待は、合格? 】
「そうだわ。 ルナ、一緒に、アリス・テーキラのオシャレ魔女洋装店で、お揃いのローブを 買わない?」
「あっ、ゴメン。 私、ヨハネ・ゲンフライ・グーテンの活版書店に 行くことになってる。」
ルナにとって、ケイシーと、お揃いの服を買うというお誘いは、ヨハネ・ゲンフライ・グーテンの活版書店の魅力には、敵わなかったようだ。 そもそも、この休日の活版書店行きを、ルナのために設定したのは、ケイシーであったのだが、こんな誘い方をするのだから、どうやら、彼女は、それを 忘れていたのだろう。
3個あったキャラメルマフィンは、すでに、ひとくち 程度の量が、お皿の上に残るだけになっている。 それに、そろそろ 他の素材店に向かった生徒たちも、戻ってくる時間であろう。
「はいっ。 エセクタの生徒の皆さんは、今から、エセクタへと戻る人と、他の目的地に向かう人たちに 分かれてもらいます。 えーと・・・」
ジェイコブが、お土産の箱入りマフィンを、カフェの店員さんから 受け取っていると、エセクタの職員の制服を着た男性が、他の お客さんの邪魔にならない程度の大きさの声で、この後の説明を始めた。 見ると、いつの間にかカフェに来ていた、ナイチ先生も、その後ろに 並んでいる。
「嘘っ。 私、まだ、食べ終わってないのにっ。 もったいないっ。」
ケイシーは、マフィンの 最後の ひとくちを 口に放り込むと、少し冷めたミルクティで、ゴクンと飲み込んだ。
「うぐっ、のどに詰まるかと 思ったわ。」
ルナが、その光景を見て、ケラケラと笑う。
「じゃぁ、私、ナイチ先生の所に 行くね。」
そう言って、ケイシーと、ジェイコブに 手を振ると、ルナは、職員の後ろに並ぶ ナイチ先生の元へと走って行った。
「うーん。 どう? ちょっとは、気分転換になったかしら? 私から見た感じでは、楽しそうにしてるみたいには、見えたけど・・・。」
「どうだろうな? 出発したばかりの、馬車の中では、無理に笑ってた感じが なくはなかったけど、ワロスさんの花飾りの冠を被せてもらった時とか、このカフェのマフィンを食べてる時は、たぶん、楽しんでくれてたと思うぜ。 まぁ、良かったんじゃないか? ケイシーが、あの子を誘ってやったのは。」
そう、ケイシーも、ジェイコブも、自分が楽しもうという気持ちが、まったく 無かったわけではないが、しかし、素材の販売を除けば、この休日の最大の目的は、ルナのご接待であった。 アードルフ・シタラ=ヒムゥラの事件からここまで、アビーのことで、沈んでいたルナを、ちょっとでも 元気づけてあげようと、気を使って行動していたのだ。
「そうね。 ジェイコブが、もうちょっと、高いものをおごってあげれば、よかったかも しれないわね。」
「おいっ、そうだ。 結局、お前が、一番 お金を使ってるって、おかしくねぇか? ルナのためにとか言って、自分バッカ 楽しんでるじゃねぇのか。」
そう言いながらも、2人の目は、ルナの背中、そして、頭に乗っている白い花の冠に 向いている。 しばらく、無言で、ルナの様子を眺めた後、フッと 目をそこから、ケイシーが 言う。
「じゃ、次は、アリス・テーキラのオシャレ魔女洋装店よ。 バッチシ、気合を入れていくわよっ。」
「お前、アリス・テーキラに行くのに、男のオレが、どう気合入れるんだよっ。 意味わかんねぇわ。」
「えっ? ほら、趣味の女装とか・・・。 あっ、ヨークが、ジェイコブの方がかわいい! って、オリヴィアから乗り換えて、迫ってくるかもしれないじゃない? まぁ、どうでもいいや。 行こっか。」
「どうでもいいって、なんだよ・・・。それに、女装の趣味なんか、ねぇわ。」
ボソボソっという、ジェイコブの言葉は、あっさり無視された。 ケイシーは、パンっと両手を打って、オシャレ魔女洋装店に向かう生徒たちの集団へと移動をはじめ、そうして、ジェイコブは、首を振り、苦笑いをしながら、その後ろに、したがうのであった。
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