2-17.頑張れ!ジェイコブ、負けるな!ジェイコブ
足元で、みゃーみゃーという声が聞こえる。 ルナは、膝を曲げ、その生き物と顔を突き合わせた。 声の主は、ミセス・イグリン・セシル。 『アシリア・マーガレット・センティ=トーストの魔法植物素材園芸店』では、店主のワロス・ネックローリーを除けば、一番古株。 長命のネコである。
一般的に、ネコの寿命は、12~18年。 人間の年齢に換算すると、生後1年で約18歳、2年たったら、約24歳、その後は、猫の1歳年を取るごとに、人間の約4年分で計算すれば、良い。
魔法使いのネコであるミセス・イグリン・セシルは、生まれてから34年目。 ということは、人間の年齢に換算すると 150歳を超えている。 日本で言うと、化け猫の類に あたるだろう。
そうして、ミセス・イグリン・セシルは、カリカリと、ルナの 右ポケットの辺りを そのツメで軽くひっかいた。 そう、ネコは犬と比べても、遜色がないどころか、それに勝るレベルで、鼻が良いのだ。
「そうなのね。 これが 欲しいのね。」
ルナは、ポケットから、魚のエキスが入った コラーゲンたっぷりのビスケットを 取り出した。 そっと、ミセス・イグリン・セシルの前に置く。 ネコは、パっとビスケットをくわえると、「もうお前には、用は無い」とばかりに、サッと 店の奥へと走り去ってしまった。
「あっ・・・ 行っちゃった。」
ルナの顔が上がり、その目は ネコを追って、奥の通路へと向かう。 そうして、その瞳がとらえたものは、店主ワロス・ネックローリーが、4つの袋を抱えて、こちらに向かって 歩いて来る姿であった。
[風と水の魔法使い] 【 2-17.キャラメルマフィン 】
「お金は、4つの袋に分けてきたけれど、どうしようかね。 これをまとめる袋も 1つ必要かい?」
「できれば、袋に まとめていただければ・・・。」
ジェイコブの答えを聞き、ワロスさんは、麻袋を取り出すと、4つの袋を それに詰めた。
「これで いいかい?」
「ありがとうございます。 助かります。」
「それから、こっちのお嬢さんかい? ミセス・イグリン・セシルに ビスケットをくれたのは。」
「あっ、いえ、ちょうど、ポケットに入ってたから。」
「ありがとうね。 お礼にこれをあげよう。」
ワロスさんの手の中にあったのは、ふわふわとした 小さい可愛らしい白い花。 それは、ドライフラワーとなった ウィッチベイビーズブレス草を使った 花冠であった。
「えっ? こんなもの頂いていいんですか?」
「あぁ、薬効成分は、もうほとんど 抜けてしまっていたから、飾りとして以外は、価値がないものだけどね。 お嬢ちゃんに 良く似合うと 思うよ。」
そう言いながら、ルナの頭の上に、その可愛らしい 花飾りの冠をのせた。
「わぁ、ルナ、かわいいよ。 それに いい匂いがする。」
後ろに立っていたケイシーが、その花冠に鼻を近づける。
「ん? そうなのか?」
ジェイコブも、ルナの正面から、顔を寄せ、その冠へと鼻を近づけた。 その動きに、ルナの顔が 真っ赤に染まる。 それもそのはず。ルナの頭の上に乗った花冠に、ジェイコブが 顔を近づけたため、その厚い胸板が、ルナの目の前に・・・ あたかも、ルナは、ジェイコブに 抱きかかえられるような 格好になったのだ。
そして、ケイシーも・・・。
そう、ケイシーは、先に花冠に、自分の顔を近づけていた。 そこに、ジェイコブが 顔を近づける。 そう、2人は、鼻と鼻が くっ付くような距離で、顔を近づけていたのだ。
「ちょっ、近いっ。」
ケイシーが、慌てて、ジェイコブと 顔を離す。 ケイシーの顔は真っ赤。 ルナの顔も真っ赤。 ただ一人、ジェイコブだけは、何が起こった? といった顔で、きょとんとしている。
ワロス・ネックローリーは、その様子を眺めながら、クスリと笑う。 いつの間にか 戻って来ていた ミセス・イグリン・セシルが、その膝にぴょんと、飛び乗った。
「もぉ、行くわよっ。 私、ラヴェッロのマフィン、食べたいんだからっ。」
カフェでは、エセクタの生徒たちが、お茶をしながら待ってくれている。 そして、他の素材屋さんへ買い物や、買い取りを お願いしに行っている生徒たちが 戻るまでは、ケイシーたちにとっても、お茶の時間となるのである。
まだ、顔を真っ赤にしたままの ルナの手をひいて、ケイシーは、店の外へ。 ジェイコブは、ワロスさんに一礼すると、それを追いかけるように 店を出る。 目指すは、カフェ「ラヴェッロ」。
急げっ。 絶品の「キャラメルマフィン」が待っている。
そう、ラヴェッロの自家製キャラメルは、絶品。 そのキャラメルを マフィン生地にたっぷり入れたキャラメルマフィンは、キャラメルの甘さに加えて、埋め込まれているチョコチップの香ばしいカカオの香りが、紅茶の苦みに良く合う一品である。
ケイシーの目の前に並ぶのは、その「キャラメルマフィン」が、3個。
「おい、食べすぎだろっ。」
「これは、ここでしか 食べられないから、いいのっ。」
ケイシーは、意地でも 3個、食べるつもりのようだ。
そうして、ルナの前のお皿に ちょこんと1個だけ 乗っているのが、アサッム産のレモンを使った、季節限定のレモンマフィン。 爽やかなレモンの香りが、上から トロリとかかった クリームと調和して、大人気である。
ジェイコブは、プレーンマフィン。 ペセブン山脈のふもとの 酪農家が作った こだわりの無塩バターを 使う、さくっとして、それでいて ふんわりとした食感を楽しめる 飽きの来ない定番のメニューだ。
「あっ、ここの支払い、ジェイコブが、してくれるんだよね?」
「おいっ、3個も頼んでおいて、なんで、オレなんだよ。」
「えぇぇ。 ルナだって、楽しみにしてたんだから。 いいじゃない。」
ケイシーは、ルナをダシに、ジェイコブに 支払いを押し付けようとする。
「まぁ、素材を売ったお金も入ったし、いいよ。 払ってやるさ。」
「あっ、すみませーん。 お土産に、キャラメルマフィンと、プレーンマフィンを 1個ずつお願いしまーす。」
「ちょ、お前、バカか? 支払いを こっちに振っておいて、なんで、お土産が頼めるんだよ。」
「ほらぁ、ヨークと、オリヴィアの分は、必要でしょ? ほんと、ジェイコブって、気が利かないんだから。 ねぇ、ルナ。そう思うでしょ?」
「えっ? いや、その・・・マフィン、美味しいね。」
ルナは、真っ赤になって、小さな口に レモンのマフィンを少しずつ放り込んだ。 ジェイコブは、ぶぜんとした顔で、黙りこみ、ヤスミンとドゥダイムのお茶を ごくりと飲む。
しかし、ジェイコブは、まだ気づいていない。 この後、アリス・テーキラのオシャレ魔女洋装店で、ケイシーに さらに たかられることを。
頑張れ!ジェイコブ。 負けるな!ジェイコブ。 それでも世界は廻っているのだ。
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