2-7.ルナを連れ出そう
「失敗しちゃったね。」
食堂で、楽しく夕食を食べた後、寮の部屋に戻る。着替えもせず、ベッドに腰掛けたケイシーは、ボソリと呟いた。
部屋で涙を見せたルナとは違い、食堂でのルナは、明るくくて、良くしゃべった。
美髪になる髪の洗い方の話。アイドル魔女グループの話。ダイエットの話。自分がモテると信じこんでいる残念なDクラスの男子の話・・・。
痛々しい。
心の中をえぐる深いキズを隠そうとしているのが、まざまざと感じられる。だけど、真っ赤な鮮血が流れているのが、私たちに、見えているような状態。
「ルナを見てたら、こっちの部屋に移った方が、いいと思ったんだけどねぇ。」
「うん。ケイシーがルナを誘ったのは、悪くないと思うよ。ただ、まだちょっと早かったのよ。」
ルナは、あまりに張り詰め過ぎだと思う。
「オリヴィアが、光の柱?あそこに居た時、私、ルナと2人で話してたんだ。あの子のノート・・・あれ、アビーが戻って来た時のために、いままでより、しっかり整理してるんだって。」
「そっかぁ。どおりで、授業を受けなくても、どうにかなる。って感じのノートになってたのね。」
おそらくは、帰ってこないであろうアビーのために、授業ノートを残す・・・ルナの心の傷、そして、アビーへの想いは、私が思っていたより、もっと深いのかもしれない。
[風と水の魔法使い] 【 2-7.緊急事態体制の解除 】
長かった緊急事態体制が、ようやく解除される。そう聞いたのは、光の柱が立ってから1か月後のことであった。
「まぁ、それでも、重点警戒措置が取られているから、自由は少ないんだけどね。」
ごめんね。本当は、もうちょっと早く解けるはずだったらしいんだけど、私が東棟のはずれで、実験しちゃったから、緊急事態体制の解除まで、時間がかかっちゃったみたいなんだよね。
「じゃ、今度の休みは、ジェイコブと素材を売りに行くのね?」
「一応、その予定。でも、アリス・テーキラのオシャレ魔女洋装店は、どうなるか分からないわ。街に出かける生徒には、エセクタの職員が、同行して、その上、集団で動くことになるらしいから。」
そう、アードルフ・シタラ=ヒムゥラの復活で、私たちの行動は、大幅に制限された。学院内では、できるだけ複数人で行動しなくてはならないし、エセクタからの外出は、特別な許可がある人だけ。
休日に、ショッピングに行くなんて、ぜんぜん許されなかったのだ。
私たちが、フィールド教練で、古代森林公園の魔法の森から採取してきた素材のうち、時間の経過で素材に痛みが出るもの・・・例えば、新鮮な角モグラの血がそう。それらは、ヨークが、アメリア先生に頼んでエセクタ魔法魔術学院の魔導倉庫に保管してもらっていた。魔導倉庫は、ペーパ魔術符により、保管のための魔法がかけられていて、状態の悪化を防ぐことが出来るのだ。
「じゃ、売るやつは、ヨークに頼んで、魔導倉庫から取り出してもらわないとダメなのね。」
「ううん。明日の朝、ジェイコブがアメリア先生と一緒に倉庫まで行くらしいから。大丈夫よ。ギリギリまで、あっちで保管してる方が、売る時に値段がいいんだって。」
ふーん。ジェイコブって、研究家になるって言ってたけれども、商売人になっても成功しちゃうんじゃないかな?
「じゃぁ、素材を売るのは、任せるね。」
「うんうん。まぁ交渉するのは、ジェイコブだけどね。」
「そっちは、使用許可は出たんでしょ?」
「角モグラの血」は、半分を『悲嘆する安らぎの興奮薬』作りに使って、半分は、ジェイコブと、ケイシーで売りに行く。私と、ヨークは、『悲嘆する安らぎの興奮薬』を作るため、休日に、エセクタ魔法魔術学院の魔法薬実験室を使わせてもらわなければ、ならないのだ。
「ヨークと一緒に、申請書を出しに行ったら、アメリア先生なんて、内容もほとんど見ないで判子押しちゃったもん。ほんと、数秒で、許可が出たわ。」
「まぁ、ヨークだもんね。オリヴィアと、私が申請書を出すんだったら、めっちゃ吟味されそう。」
「たぁしかにっ。でさ、ルナのことなんだけど、どうせ、集団で素材屋さんとか回るんでしょ?ケイシーとジェイコブは、2人きりって、わけじゃなんだよね?」
「うん。それが、ルナと関係あるの?」
「一緒に連れまわしてくれない?ほら、オリバーも誘ってあげるの。たぶん、ルナって、オリバーのこと好きだと思うから。」
「あっ、無理っ。オリバーは、イヴリンの実家に行くらしいから。お墓参りだって言ってた。」
「じゃぁ、余計、ルナを連れ出さないと。あのね、あの部屋に引きこもらせてたら、いつまでたっても、アビーっアビーって、言ってることになると思う。」
「あぁぁ、そだねぇ。それだったら、魔法薬を一緒に作ったらいいんじゃないの?ルナは、役に立つと思うよ。」
「それは、ダメです。こっちは、2人きりで、集団行動じゃないのでっ。」
せっかく、ヨークと2人っきりで、魔法薬作りが出来るんだから、それはそれ、これはこれ。ルナのことは、ケイシーにお任せしたい。
「オリヴィア、それ、ズルぅい。自分は、ヨークと2人で、ラブラブする気じゃないの。密室で、若い2人が一緒に居るなんて、お母さん許しませんよ。」
「気のせいです。ケイシーママは、気にし過ぎなのですっ。」
そう、ただの魔法薬作りです。私は、ヨークと、お薬を作るだけなのですっ!
「もぉ、オリヴィアっ。勝手なんだから。じゃぁ、ルナを誘いに行って、直接本人に聞こうよ。ルナが、外出じゃなくて、魔法薬作りをしたいって言うんだったら、そっちに行ってもらうよ。」
「ちょっ、ケイシーったら。あのね、真面目に話すと、エセクタの外に連れ出さないと、いけないわ。エセクタの中は、アビーのことを思い出させると思う。気分転換をさせてあげないとダメ。」
「はいはいっ。オリヴィアは、どうしても、ヨークと2人きりになりたいのね。分かったわ。じゃ、お買い物のルートに、ヨハネ・ゲンフライ・グーテンの活版書店も入れてもらった方がいいかも。私、ナイチ先生に相談してみる。」
ケイシーは、ルナのために、専門書店をお買い物ルートに入れようと、ナイチ先生の所に走って行ってしまった。まだ、ルナの返事を聞いてないのにね。口では、私にああ言いながらも、きっとケイシーも、ルナを外に連れ出す方がいいと思っているに違いない。
うん。こんどの休日、とっても楽しみだ。
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ルナを同室にして、3人部屋にしようと思っていたのに、書いていると、突然、ルナが泣き出してしまいました。まぁ、私が書いてるんですけどね・・・。そのせいで、話が思っていた物じゃない、全然違うものになってきて困っています。次の話を考えずに、行き当たりばったりで書くのは、楽だけど大変です。