2-6.涙
「たいへんなこと、聞いちゃった気がする。」
ぼそりと、ルナが、呟いた。
「えっ? なんで? アードルフ・シタラ=ヒムゥラが、昔、エセクタで 学んでいたことは、みんな知ってるし、アデノーイ・ヒンプリンっていう本名も、あまり知られては無いみたいだけれど、知ってる人は、知ってるんでしょ?」
「オリヴィア・・・ えーと、オリヴィアにとっては、お母さんだから、あまり 気にならないのかもしれないけれど、南の賢き魔女は、近代魔法の母って言われてるの。 さっきみたいな感じで、最先端の魔法や 魔術、魔道工学の話題には、どこかに 彼女の名前があると 言われてるわ。 でも、南の賢き魔女と、アードルフ・シタラ=ヒムゥラに 交流があって、しかも、その研究の一部であっても、アードルフ・シタラ=ヒムゥラが、開発にかかわったものがある って話は、たぶん、キディヒ先生みたいに 一緒に研究をしていた人しか 知らないことなんだと思う。 さっきの話も、うかつに話したりしたら、すごい騒ぎに 巻き込まれると思うわ。」
うーん。 でも、ナイチ先生だって ママの話をしてたし、アメリア先生も、なんか よく知ってそうなんだけどな。 まぁ、ルナが言うなら、ちょっと 秘密にしておいた方がいいかな?
「わかった。 じゃぁ、今の話は、みんなには、黙ってたほうが いいのね?」
「うん。 少なくとも、私は、怖くて 誰にも しゃべれないよ。」
[風と水の魔法使い] 【 2-6.三人部屋にしちゃいましょ 】
教室には戻らず、ルナと一緒に 寮へと戻る。
「ルナって、今、ひとり部屋 なんだよね?」
「うん。 アビーが、居なくなっちゃったからね。」
少し寂しそう・・・ というよりは、悲しそうな顔をして、ルナが答える。
「じゃぁさ、夕食前に、私たちの部屋に来ない? 私、ルナの魔法素材工学のノートを 見てみたい。」
「あっ、ケイシーに 見せる約束してるの 忘れてた。 じゃぁ、どっちにしろ ケイシーにも、見せなきゃ ダメだから、このまま お部屋に行くよ。」
寮の階段を上ると、私たちの部屋へ。 ケイシーは・・・ あら?どこに 行ったのかしら? 居ないっ。 まだ、ジェイコブと じゃれあってるのかな?
ちょうどいいので、先に ルナのノートを 見せてもらう。
うわっ。 なんだろう? 頭のいい人のノートって、汚い っていうのは、嘘だね。 印刷された本に近い レベルだわ。 見やすいっ。
「はいっ。 教科書にも、メモしてるから、それと 合わせた方が 分かりやすいと思う。」
ルナが、自分の教科書を 広げる。
えーと、あの授業で、こんな時間 どこにありましたか? あっ、私、寝てたから? ううん。 違う。 ノートを取りながら、こんな書き込みなんて、普通は出来ない。 ルナって、もう1本くらい 腕があるんじゃないかな?
カリカリと、ノートを写す。 あぁ、これは、キディヒ先生の授業は、必要ないわ。 ルナ・・・ あなた、先生になれるよ。
「あぁぁぁぁ。 ずっるぅぅぅぅい。」
そんな風に思って、一心不乱に ノートを写していると、ケイシーが 大声を上げながら、飛び込んできた。
「ずるい ずるい ずるいっ。 私が、先に借りる約束したのにっ。 なんで。オリヴィアが、ルナのノート 写してるのよ。」
「ごめんなさいっ。 ケイシー。」
って、謝ったのは、わたしじゃなく、ルナ。 ケイシーが、めっちゃ困ってる。 まぁそうよね。 ルナが、謝るなんて 思わないもの。
「ケイシー。 もう、わたし、半分くらいまで 写しちゃったんだ。 だから、終わってから、私のノートを写すので、良くない?」
「いやよっ。 ルナのノート見たもん。 オリヴィアの字よりキレイだし、ぜぇぇぇったい 見やすい。」
あっ、それは、否定できない。 所々にある ヘタッピなネコの絵 以外は、ルナのノートには、瑕疵が 見当たらない。
「うん。 大丈夫だよ。 私、もう 覚えてるから、今度の授業の時に、返してもらえば 十分だもの。」
ちょっと待って・・・ もう覚えてる? いや、さっきの授業を もう覚えてるって何よ。 しかも、小テストをするって、キディヒ先生は、言ってたよね? あり得ないっ。 そのための勉強しなくて 大丈夫ってこと? ルナって、目立ってなかったけれども、思ってたより、ヤバい子 だったのね。
「あっ、ごめん。 教科書は、必要だから、メモしている所を 写し終わったら、戻して もらえるかな?」
そうだね。 急いで写すよ・・・。 教科書は・・・ ってことは、ノートは、本当に、覚えてるのか。 スゴい。
「ごめんね。 教科書は、次の予習ノート 作るのに、必要なんだ。」
予習ノート? この感じだったら、Dクラスの子でも、座学で ルナに勝つのは 無理なんじゃないかな?
「じゃぁさ、夕食まで、私が 先に教科書のメモを写すから、オリヴィアは、残りのノートを 写すってことで いいかな?」
ケイシーは、すぅっと ルナの教科書を取り上げ、その隣に、もう1冊 教科書を開いた。 どうやら書きこまれているメモを そのまま 自分の教科書に 写していくみたいだ。
「うん。 区切りのいい所まで 終わったら、みんなで 食堂に行こうね。」
こうして、分からない所を ルナに質問したり、ちょっとした おしゃべりをしながら、ルナのノートを写していると、窓から差し込む光で、空が 夕日で真っ赤になっているのが 分かった。
「おなかすいたっ。 ごはん行こっ。」
私と交代して、ルナのノートを 写し始めていたケイシーが、ペンを 放り投げた。
「そうよね。 もう こんな時間だもん。 そろそろ 食堂も すいて来たころよね。」
「オリヴィア。 アードルフ・シタラ=ヒムゥラが復活してからは、人が減ってるのよ。 食堂が いっぱいになる事なんて、ないわよ。」
あ、そっか、生徒が減ってるから、混まないのか・・・。
「もし、続けるなら、私が、食堂で、何か 探して 取ってくるよ。」
ルナが、可愛らしい笑顔で 言い出したけれども、ケイシーは、もう 立ち上がっていた。
「私、おなかすいたのっ。 食堂で、みんなで食べるわっ 。っていうか、ルナ、お食事 終わったら、向こうの部屋に戻らずに、こっちで寝ましょうよ。 ベッドも運んじゃってさ。 ほら、使わない荷物を 向こうの部屋に置いたら、ベッドおけるでしょ? 3人部屋にしちゃいましょ。」
あっ、それいいかも。
「う・・・うん。 嬉しいけど、ほら・・・。
えーと、アビーが戻ってきた時、部屋に誰も居ないと 悲しいと思うの。
いや、ホント、嬉しいんだよ。
だけど、もうちょっとだけ、私は、向こうの部屋で居る。」
いつも、ごめん、ごめんって、謝って、人の意見を 優先するルナが、この時だけは、キッっとした目で、自分の意見を 押し通そうとする。
赤く照らされた部屋は、一瞬だけど、沈黙に包まれた。
「もうちょっとだけ向こうの部屋にいる」・・・ つまり、ルナも、アビーが、戻ってこないだろうってこと。それが、分かっている。現実を理解していることが、私やケイシーにも 伝わったからだ。
つつぅっと、ルナの 頬に 涙がつたう。
あぁ、何ともないふうに、振舞ってたけれども、ルナ、すごく ツラかったんだろうな。 だれも、アビーの話題に 触れないように してるから、一緒に その話をする人が いないんだもん。
私は、立ち上がり、何も言わず ルナの頭を 抱えた。 ケイシーも 何も言わず 黙ったまま動かない。
部屋には ただ、ルナの 鼻をすする音だけが、響いていた。
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