2-3.空に舞い立つ白い柱
その日の午後、時刻は、お昼時のこと。 突然、白い光の柱が、空高く、天に向けて打ち立てられた。 エセクタ魔法魔術学院の境界付近。 東棟のさらに向こうである。 そこは、木々の生い茂り、普段は静かな場所だ。
アメリア先生も、ナイチ先生も、もちろん、ニミュエ学院長も、そして、エセクタの職員たち。みなが、ローブをひるがえして、その場所へと向かった。
駆け付けた先に居たのは、1匹の仔猫。
銀の器に顔をうずめ、音を立てて ミルクを舐めている。 そうして、その後ろには、ひとりの少女。 空を見上げているようだ。 そう、光の柱を 驚いたように じっと 眺めている。
「これは・・・ 何があったのですか? なぜ、あなたが ここに居るのですか?」
アメリア先生が、少女の肩を 揺さぶって 問い詰める。
少女は、意味を持った言葉を 何も発することが出来ない。 ただ、ビックリしたような顔で、えっ? えっ? えっ? といった、意味の無い言葉を 繰り返す。
ナイチ先生が、一歩前に出て、アメリア先生の手を 少女の肩から外させた。 先生は、ニッコリ笑う。 いつの間にか、白い光は、薄まり、その木立は、いつもの静けさを取り戻していた。 銀の器の中の、ミルクが 無くなったのか、仔猫が、その場から 走り去ってゆくのが見える。
「んー、大丈夫かい? あの光を見て、みんな、ここに駆け付けてきたんだ。 もし、分かるなら、何が起こったか 説明してくれるかな?」
少女は、ナイチ先生の方へ顔を向け、首を振る。 彼女は、何もしゃべらない。 その姿に、業を煮やしたアメリア先生は、もう一度、彼女に詰め寄った。
「オリヴィア、分かっているのですか? 何が起こったか、説明しなさいっ。」
[風と水の魔法使い] 【 2-3.ネコのウィンスチチル 】
「オリヴィア、いっしょに お昼 たべるでしょ? ルナも 来るんだって。」
「あっ、ごめん。 私、ちょっと、お昼の間に やっときたいことが あるんだ。」
ケーシーが、お昼を一緒にしようと 誘ってくれたけれど、やりたいことがあると言って、断った。
そうやって、やって来たのは、東棟のはずれにある 魔法訓練場の裏側。
腕の中には、ネコのウィンスチチル。 まだ小さな仔猫だ。 マーマレード色をした、ブリティッシュ・ショートヘアの雑種で、胸と前足の先は、白色。
本当は、もう少し 人が来ない場所を 選びたかったんだけれども、ウィンスチチルの縄張りの中でなければ、何かあった時に 疑われてしまう。
その点、東棟のはずれであれば、エセクタ魔法魔術学院の境界に近く、ウィンスチチルの縄張りだ。 ここなら、条件を満たしている。
カバンの中から、小さな銀の器と、瓶に入ったミルクを取り出す。 仔猫を抱えたまま、銀の器を地面に置き、瓶からコポコポと、ミルクを注ぐ。 それを見て、私の腕から飛び出した ウィンスチチルは、銀の器に顔を突っ込み、ペチャペチャと 音を立てた。
そっと、ウィンスチチルから距離を取り離れる。
ドキュン ドキュン という心臓の音が、聞こえる。 ちょっと胸を押さえて、気持ちを落ち着ける。 大丈夫。 ジェイコブも、人物の特定は、出来ないって言ってた。
そうして、エセクタ魔法魔術学院の境界近くへ移動。 あぁ、小さな石碑が立っている。 あそこが たぶん、境界だね。
じゃぁ ここで、いいやっ。
1度、大きく深呼吸。 手を広げる。 左手の中指を ちょっとだけ見つめて、そうして、石碑の方へ手を広げた。 よしっ、魔力の放出だ。 中指に魔力を集める。 黒い魔力・・・ そう、闇属性の魔法だ。
・・・っと、その瞬間であった。
地面から、白い光が立ち上がった。 まるで、柱みたい。 これは、ダメね。 結界の魔法って、こんなに派手なんだ。 光魔法による 探知ペーパー魔術符の威力は、ものすごいことが 分かった。
でも、このまま、魔力の放出を止めるだけじゃ、マズいかもしれない。 闇属性の魔力の残滓を 見つける方法が あるかもしれないもの。 証拠を 隠滅しなきゃ。
今度は、右手を広げる。 さっきと同じように、中指に魔力を集め、今度は、放出するんじゃなくて、自分を包み込む イメージで、外に広げる。
すぅぅっと、白い光が、私を包んだ。 ママに教えてもらった光魔法。 きっと、これで、闇属性の魔力を 中和でき・・・・7
証拠隠滅が済んだら、急いで、ウィンスチチルの所へと戻ろう。 この派手さの光であれば、誰が 駆け付けてきても おかしくない。 仔猫は、光の柱なんか気にせずに、ミルクをピチャピチャしている。 うん、世界は、とっても平和だ。
空を見上げると、白い柱は、まだ空高く、天に吸い込まれるように のびやかに立っていた。 ヨークが言っていた、侵入を 防ぐことはできないけれど、闇属性の魔法使いが、学院内のどこにいるか 分かる仕掛け っていうのは、この事だろう。
誰かが、闇属性を帯びた 魔力を放出した瞬間、その場で、光の柱が立ってしまい、消えないから、場所が特定できる っていう仕掛けだね。 きっと。
「これは・・・ 何があったのですか?」
後ろから 声が聞こえた。 振り向くと、アメリア先生・・・。
「なぜ、あなたが ここに居るのですか?」
痛いっ。 肩を掴まれて、ぶんぶんと前後に揺すられる。 うぷっ・・・気持ち悪い。 酔いそう。
後ろから駆けてきた、ナイチ先生が、止めてくれたけれども・・・、うわっ。 学院長まで来てる。 それに、エセクタの職員さんも、たくさん。 ヤバいっ。 大事に なっちゃった。
「大丈夫かい? あの光を見て、みんな、ここに駆け付けてきたんだ。 分かるなら、何が起こったか 説明してくれるかな?」
どうしよう。 一応、答えは 用意してたんだけれども、私が思っていたより、人の規模が大きすぎる。 この前、アメリア先生に 聴取された時くらいの 状況を想定してたのに・・・。
私が、小さく首を振っていると、またも、アメリア先生が、強い力で肩を掴んだ。 痛いっ。 んー。 もう、いいや。 計画通り、いっちゃえっ。
「あの・・・ 私、ウィンスチチルに ミルクをあげるって、約束してたんです。」
「ウィンスチチル?」
力を抜き、私の 肩から 手を離した アメリア先生が聞き返す。
「ネコです。 仔猫なんですけれども、ネズミを捕ってくれたんです。 なので、ご褒美にミルクをあげるって、言ったのに、この前の騒ぎで、私、忘れてて・・・ さっきの授業中に 思い出したから、ウィンスチチルを 探してミルクをあげてました。 そしたら、後ろで、いきなり光の柱が 立ったんです。」
うーん。 ちょっと苦しいけれども、頑張って考えた話を、アメリア先生に告げる。 先生は、ナイチ先生に顔を向けた後、さっきまで、ウィンスチチルが、顔を突っ込んでいた 銀の器に目をやった。
「そこで、ミルクを飲んでいたネコですね・・・ うーん・・・ ペレアスっ。 こちらへ。」
アメリア先生の呼びかけに 答えて、私の前にやって来たのは、イケメンの魔法使い。
「こんにちわ。 お嬢さん。 私は、魔法省ランスロット・マーリン部のペレアス・ダームデュレクと言います。 初めまして。」
「はじめまして。」
「まぁ、話には、聞いていると思いますが、さっきの光の柱は、闇属性の魔法や魔術・・・ あるいは、闇の魔力に反応して起こる現象です。 光魔法による探知ペーパー魔術ですね。 ですので、少なくとも、あそこに、闇属性の魔力を放出する 何者かが、居たのは、確定事項です。 分かりますか?」
「は・・はい。 えーと、アメリア先生が、午前の授業で、その話を してくれました。」
「よろしい。 それならば、話は、早い。」
ペレアスさんが、少し大きめの ペーパー魔術符を 取り出す。
「このペーパーは、闇の魔力の残り香を 検知するものです。 火薬を使った人に、硝煙が残っているように、闇魔法を使った人にも、少しの間ですが、闇の魔力の 残り香が、まとわりついるのです。 これを、今から、あなたに使います。スグに 両腕を 出しなさいっ。」
私は、素直に両腕を差し出した。 大丈夫っ。 きちんと 中和できているはず・・・。
ペレアスさんが、私の腕の上にペーパー魔術符を置き、魔力を通す。 じゅぅぅっ という音っ。 そうして、魔術符は、燃え上がり、白い煙となって 空中へと消えた。
「うん。 よろしい。 少なくとも、君は、この12時間以内に 闇属性の魔力を放出していないことが 分かりました。 探知魔術の発動には、無関係です。 アメリア先生、この生徒は、白ですよ。」
ペレアスさんが、アメリア先生の方へと向き直って、告げた。
「オリヴィア。 仔猫に ミルクを あげていただけですので、あなたに、何か 罰を与えるようなことは、ありません。 ただ、今は、本当に 危険なことが 起こりえるのです。 エセクタの境界近くに来るときは、少なくとも複数人で行動しなさい。 まぁ、近づかないのが、一番ですがね。 それでは、戻りなさい。 昼の休憩時間は、あと30分くらいですよ。」
オリヴィアは、地面に置かれた 銀の容器を拾い上げた。 そうして、先生方に、小さく会釈をすると、食堂の方角へと向かって、少し早足で、歩き出した。
その後方には、ナイチ先生。
彼は、少し疑わしそうな目で、彼女の背を じっと見つめていた。
今日、ネコにミルクをあげた人は、高評価を押して次の話へ⇒
☆☆☆☆☆ → ★★★★★
あぁ、眠いっ・・・。




