1-36.アビーの憂鬱7
それは、無数の目であった。
森の奥にある小さな湖。 その開けた場所には、小さな洞窟がある。 私が、右手を上げると、黒いモヤが ふわりと浮きだした。 モヤは、洞窟の入り口に集まると、次第に、色を濃くした。 5分・・・ 10分・・・・ 黒いモヤが、じわじわと実体化する。 塊となり、結晶化したのだ。 黒水晶。 そう、ここは「アードルフ・シタラ=ヒムゥラの祠」のあった魔法の森の草地である。
黒水晶が元に戻ったことで、黒い奈落のような 洞窟の入り口は、元あった祠の入口へと変わった。 黒い水晶は、以前のように、入り口で 怪しげな光を 反射している。
そうして、私の体が、勝手に 後ろを 振りむいた。
自分の体を自由に動かすことは、できない。 もう、元のように、戻れないんだろうか?
私を取り囲むのは、無数の目っ。 サルたちだ。
かりん糖を ちょっと濃くしたような色をした毛に、ちょっと私の髪色に似た赤毛が混じっている。 そして、お腹は、栗きんとんに 似た色。
私から、数メートルほど離れた場所で、私の体より ほんの少し 小さいサルたちが、じぃぃっと、こちらを 見つめているのだ。
低い男の声が言う。 男の声ではあるが、私の口が、発したものだ。
「お前たち、よく集まった。 まぁ、あの頃の個体とは、違うだろうが、その子・・・ いや、孫や その子たち。 あいつらの子孫だろう。いいか。 ここに、再び、アードルフ・シタラ=ヒムゥラの王国を築く。 我の領域を守れっ。」
「ウキィ」っという発音で あっているかどうか・・・ サルの泣き声の発音は、難しい。 小さなサルたちは、私の口から出た言葉に 返事をするように 鳴き声を上げた後、森の木々の中へと 散っていった。
[風と水の魔法使い] 【 1-36.森のアビーは憂鬱 】
祠の中は、意外に 快適であった。
森の中・・・ つまり、自然の中で 生活しているとはいえ、住環境は、しっかりしたもので あったのだ。
祠の中は、真ん中のやや広めの通路・・・ 廊下があり、両側に、リビングっぽい部屋や、応接室のような部屋。 書籍が並んだ部屋や、研究室っぽい部屋が2つ。 それから、倉庫のような感じの、見たことも無い素材がいっぱい詰まったお部屋もあった。 もちろん 寝室も。 しかし、廊下の奥へと 続く場所へは、入ることが 出来なかった。
私の体を 操っている男が、そちらへ 行こうとしなかったわけではない。
私の体が、廊下の奥へ移動しようとしても、見えない透明な壁があるかのように、そこから先へと進むことが出来ないのだ。 それだけではない。 見えない壁に 手が触れた瞬間、それは、バチッという 音と ともに、白い光を発し、何かに 叩かれたような 鋭い痛みを、私の体に与えた。
「ちっ、光魔法か・・・。 アガサめ。 これでは、向こうの素材は、使えないな。」
すべての部屋を 確かめ、そこから祠の奥へと 進めないことも 確かめた 私の体は、やるべきことを成したようだ。 食糧・・・ をテーブルの上に置き、食事を始めた。
これ・・・ つまり、毎日の食事が、最悪であった。 住環境は、ここまで良い状態にしているのだから、食事も、同じ水準に してほしかった。 いや、贅沢は、言わない。 せめて、人が食べるものを食べたい・・・。 私は、今までの、自分の食事が、どれくらい 恵まれていたかを、思い知らされた。
予想外のことであったが、食事は、デリバリーであったのだ。
デリバリーと言っても、業者や、お店が、宅配してくれるわけではない。 もう、想像がついているであろうが、運んでくるのは、サルたちである。
サルたちが、自分たちが食べている物を、私の祠の前まで、持って来てくれるのであった。 彼らが食べる木の実や、その種。 あるいは、果実・・・フルーツだ。 それに、花や葉も、彼らの食糧である。 それらが、昼と夕方ごろに、祠の前・・・ そこにある 岩の上に 積まれている。
私が、一番好んだのは、ヤマモモの実。
あれは、甘くておいしかった。 イチイの木の花は、おいしいとは言えないが、まだ 食べることが出来た。 しかし、その葉っぱは、すごく濃い お茶のような 苦味があり、一度、食べてしまった時など、私は、胃の中のものを、すべて 吐き出したあとも、胃液を吐き続けた。
そして、最悪なのは、トカゲや、イモリ・・・ それに、森の虫たちだ。
これらの生き物も、サルたちの食糧であるのだ。 サルたちによって、祠の前に置かれた トカゲやイモリあるいは、ヘビであっても、あるいは、ひどいにおいのカメムシや、まだ生きているアリ、それに、タランチュラのようなクモであっても、私の体の借主は、躊躇なく それを 口に入れて、モグモグと 咀嚼する。
タランチュラは、まだマシで、その脚は、スナックのような食感。 胴体は、とろみのある濃厚なゼリーのような味。 アリも、味はしないが、シャリシャリ感のある 果汁の無い梨 のような 食感だから、まだ食べることが出来る感じが あった。
ただ、トカゲと、イモリ、あるいは、カメムシは、もうダメだ。 ホンットに 最悪。 あれらを前にして、匂いを嗅ぐだけで、吐き気がする。
寮で生活していたころ、ルナが食堂から持って来てくれる食事は、私にとって楽しみであった。 しかしながら、森の生活で、サルが持って来てくれる食事は、ホント恐怖でしかない。 たまに持ってくるフルーツや、ナッツなどが 無ければ、私の心は、食事のたびに 折れていただろう。
それに、シャワーが無いのも、ツラい。 時々、服を着たまま 湖の中に飛び込むので、まだ、マシなのだが、それでも、自分の体から、ひどい匂いがするのが 分かる。 着ているローブの裾は、もうボロボロだ。 伸びてきた髪も、ぼっさぼさのまま。 手櫛のように、指をいれることもできないくらい、その1本1本が 絡まって、かたく 固まって しまっている。
あぁ、エセクタに帰りたい。 シャワーを浴びたい。 一番は、人の声を聞きたい。 もう、何日も、サルの鳴き声しか 聞いていないのだ。
さみしい。 ルナ、ルナ、ルナ。 会いたいよ。
夜空は、澄み切ってキレイ。 月は、ほぼ満月。 ルナも、この月を見ているのかもしれない。 あぁ、星が瞬く。
お月様にお願いしよう。
明日の食事は、木の実でありますように・・・ いや、違う。元の生活に戻れますように・・・。
そう思って、空を見上げた瞬間、黒い雲が、月を隠した。
あぁ、もう、こんな生活ヤダ。 誰か助けてっ。
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21時に【乃木坂の事件簿】を投稿。そこから1時間ちょっとで、これを書き上げた自分を褒めてあげたい。
【乃木坂の事件簿】
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