1-30.アビーの憂鬱1
アードルフ・シタラ=ヒムゥラに憑りつかれたアビーの物語。
場面は、アビーが、訓練場で倒れたところから始まります。
(急に、アビーの話が書きたくなりました。)
ここからの場面転換 → 1-4.緋色のヒモ
https://ncode.syosetu.com/n9635hm/4/
私が、目を覚ました時、そこは、訓練場であった。 私は、訓練場の土の床に 突っ伏して 気を失っていたのだ。
「えっ 夢?」
両腕には、緋色のヒモ。 アメリア先生に魔力を封じられたのだ。 意識を失っていた間に、両腕のヒモが、蛇に変化して、土の中に潜り込む不思議な夢を見た気がする。
そうだっ。 なんで、私だけ 怒られなきゃダメなのよ・・・。
不意に、怒りが 込み上げてきた。 アメリア先生は、ヨークに甘いっ。 そして、ヨークは、私ではなく、全く才能の無い あのオリヴィアを 気にしている様子。 見ていると、それが、ありありと 感じられる。 南の賢き魔女の娘ってだけの子なのに・・・。
手なんか 繋いじゃって・・・。
ゴム風船のように 大きくなっていく「どうして、私じゃないのよ。」という心の声は、口には、出せない。 たとえ一人きりであっても。
ぎゅっと、訓練場の地面・・・ 土の地面を踏みしめた。 顔を上げる。 そうして、歩き始めたアビーは、後ろを振り返ることなく、訓練場の扉をくぐる。 後ろに伸びる影は、不思議なことに、なぜか、ゆらゆらと伸び縮みしていた。
[風と水の魔法使い] 【 1-30.魔法生薬学と恋多き乙女 】
私の名前は、アビゲイル・ボーヘス。 みんなには、アビーと呼ばれている。 今は、授業のノートを一生懸命書いているところ。
寮で同室の、ルナ・セレーネ=ヘンドリクスは、優等生。 座学の予習復習は、完璧。 ただし、実習や訓練は、ちょっと苦手みたいだ。 私とは、まったく逆よね。
午前の授業を終え、寮に戻る。 机の上に放り出されていた ルナのノートを パラパラとめくり、覗き込む。 今日の授業の要点をまとめた内容は、たぶん、Cクラスの生徒にとって、お金を出してでも 欲しいと思わせる・・・ そんな内容だ。
「ルナ。 ノート借りてるよ。」
部屋に戻って来た ルナに 声をかける。
「あっ、うん。 でも、ちょっと字が汚いかも。 アメリア先生の話って、速いんだもの。」
そう言って、ルナは、ちょっぴり 恥ずかしそうに笑った。
不思議なものだ・・・ と思う。 昨日までは、座学の勉強のことなど 考えもしなかった。 それなのに 今は、ルナのノートを 必死で 書き写している。
そういえば、ルナが、言っていた。
「勉強ってさ、将来、必要だから やるのもあるけれども、興味がある何かを 知るために するんでしょ?」
ホント。 この子は、真面目だネ。
私なんて「フィールド教練のグループ分けが、座学の成績順に選ばれる。」という噂を聞いて、慌てて勉強を始めたんだから・・・ うん、ぜんぜん違う。
フィールド教練は、4人組のグループって聞いた。 授業中の小テストの結果を見れば、1位は、きっとルナ。 恐らく、その次が、ヨーク。 ジェイコブと オリバーが、それに続くのだろう。 私は、そこに割り込む必要が あるのだ。
ルナは、食堂に お昼のご飯を食べに行ったけれども、ノートを写しづづける。ノートだけではない。 ルナの教科書に書き込まれていたメモも、そっくり そのまま写し取る。 横に描かれた へったくそな ネコの落書きなんかは、真似しないけれども・・・。 アメリア先生の話のスピードが、速いから、書いた字が汚いなんて、嘘だよ。 こんな絵を描いているんだもの。 余裕たっぷり。 たぶん、私が、座学で ルナに勝つのは、一生無理だろう。 それは、魔法実習で、ルナが、私に勝つことが出来ないのと たぶん 一緒だけれども。
ノートを写し終えたころには、すでに昼の休憩時間は、終わりの時刻が近づいていた。 午後の授業は、苦手な「魔法生薬学」。 調合の実習になったら、また、ちょっと違うだろうけれども、今はまだ、薬草の名前や効能を覚える段階。 午後の授業が終わった後も、ルナのノートを 写すことになるのだろう。
そんなことを思いながら、授業の準備をしていると、お昼を終えたルナが 戻って来た。
「はい、アビーっ。 サンドイッチを貰って来たよ。 1個だけでも食べてから、午後の授業に行こっ。 また、お昼を 抜いたんでしょ?」
手には、私の大好きな、たまごと厚切りオークのカツサンド。 ホント気が利く子。 いいお嫁さんになりそう。
そして、私とルナは、教室でも、お隣に座る。 ヨークの席は、私たちから少し遠い。 28人しかいないクラスなのに、背中すら見えない。 そして、私たちの すぐ前の席には、オリバー・ロフル・カーンエルスと、イヴリン・ネスビアン・シャリモンゴメリのカップルが座る。
オリバーは、木と土の魔法使い。 クラスでも、かなり上位にくる優秀な生徒だ。 そして、イヴリンは、治癒と水の魔女。 男の子でなくても、守ってあげたいと思わせるような可愛らしい子だね。 うん、大嫌いだわ。
席に座り、隣に座るルナを観察。 彼女が、チラチラと見つめている視線の先は、オリバー。 目の前でイチャイチャされるのって、見ているのが ツラくないのかな? とは思うけれども、オリバーの横顔が見えるたびに、ルナの顔が ゆるんでいるから、見てるだけで 幸せっ とでも思っているのだろう。
アメリア先生が、黒板にカリカリと チョークを走らせる。 ルナが、ちゃんと書いてくれてるから、私は、書かなくても大丈夫だろう。 私は、手元の教科書に目を走らせる。 そこに印刷されているのは、植物絵。 「魔法の植物学の父」ウロターミ・マノキットと その弟子チウゾノラヒ・ペプシコカ・フェニックスの共著。 有名な『魔法植物図鑑』から 忠実に写されたものだ
「これを書いたのが、ジェイコブのお父さんだよね?」
アビーが、小さな声で囁いた。 ジェイコブ・ペプシコカ・フェニックスの父、チウゾノラヒは、有名な植物研究家。 研究だけでなく、登山道の整備や、湿原の保護など グリテン島の 自然・環境保護運動の象徴ともなっている人物でる。
「教科書に書いてある『雑草という名の植物は無い』ってセリフ・・・ カッコ良くない? ジェイコブのお父さん。 あっ、ジェイコブも、かっこいいか。」
あなた、どれだけ、気が多いのよ。 オリバーにジェイコブ。 ちょっと チャラくて、悪っぽい所・・・ うん、似てるか。 そうか、ルナは、ちょい悪な男が好きなのかぁ。 これは、将来、ダメ男に引っかかりそうだ。 あなたの選ぶ男の子は、ちょっと 注意しながら 私が、チェックしてあげよう。
まぁ、そんなこんな言いながらも、ルナの手元・・・ そのノートは、完璧に書かれていく。 チョロチョロとメモ書きだけの私のノートとは、全く違う。 完璧だわ。 いったい、どんな頭してるんだろう。 頭の中を開けてみたい。 あぁ、今だと、ジェイコブと、植物が、なにやら いらやし気に絡み合ってそうだ。 うん。
寮に戻って『魔法生薬学』のノートを書き写したころには、西の空が 真っ赤になっていた。
食堂から、ルナが 運んできてくれたのは、牛乳をベースとした白いクリームスープ。 野菜の自然な甘みと、魚介の旨味がおいしい クラムチャウダースープだ。 しかも、温かい。 私のために、ルナが、別に用意して もらって くれたんだろう。
私たちは、こうやって 学院で毎日を過ごしていくんだ。 この時、私は、本当に そう思っていた。
前書きを書かなければ、話の内容が繋がらない物語が嫌いな人は、高評価を押して次の話へ⇒
☆☆☆☆☆ → ★★★★★
危ないっ。美容師の娘の方に予約投稿していて、大変なことになりそうでした。