1-28.アデノーイ・ヒンプリンという男
動いているのは、アビーの唇。 しかし、そこからは、低い男の声が 響く。
「おっ、ナイチか。 まだ、エセクタに居たか。」
「まさか・・・ アデノーイ。」
倒れたガラハド部長を助け起こし、治癒の魔法をかけながら、低い声で話すアビーに ナイチ先生が、応えた。
治癒の魔法により 癒され、体を起こした ガラハド部長は、ナイチ先生に礼を言うと、アビーに向き直った。
「うっ・・・ すまぬ。 助かった。 しかし、魔力は確かに、封じたはず。 なぜだ?」
「ガラハド部長、あの姿ではありますが、中身は、おそらく、アードルフ・シタラ=ヒムゥラです。 子供は、憑かれているのでしょう。」
ナイチ先生が、耳元で そっと囁く。
「信じられん。 滅した魔法使いが、復活するなど・・・ 蘇ることが できるものなのか?」
ガラハド部長は、ぐっと 唇を噛み、絶句した。
[風と水の魔法使い] 【 1-28.邂逅 - カイコウ 】
ナイチ先生が、アデノーイ・ヒンプリンという人間に出会ったのは、エセクタ魔法魔術学院の入学式の直後の教室であった。 アガサという少女と、アデノーイが、身を寄せ合うようにして 教室の隅に 立っていたのだ。
「やぁ、初めまして。 そこに立っていると、ちょっと邪魔かな? どうだい? ふたりとも 向こうの窓際の席が 空いている。 一緒に 移動しないかい?」
ナイチは、2人に そう話しかけた。
小さくうなずいたアデノーイは、少女を守るように、窓際に移動。 そうして、そこから 3人は親友となった。
彼らが、その たもとを分かつまで。
入学から1年たった頃には、ナイチは、優秀な治癒の魔法使いとして、その名を学院内にとどろかせていた。 しかし、アデノーイと、アガサは、規格外であった。 アデノーイは、稀代の魔法使いとして。 アガサは、魔女として。 魔法世界に その名を 知られるようになったのだ。
彼らは、エセクタ魔法魔術学院から 20キロほど離れた河口の横にある 整備中の森林公園の中に、それぞれの研究室を構え、自らの研究を進めた。 ナイチは、時にアデノーイと、時にアガサと、そして普段は3人で、その研究を手伝い、また、2人から 未知の新しい知識を学ぶ 毎日であった。
卒業後も、彼らの交流は続いた。 ナイチは、 エセクタ魔法魔術学院の非常勤講師の職を得て、時に軍の上級治療兵師として 召集を受けた。
すでに、十分の名声と、十分な財を得ていたアデノーイと、アガサは、森林公園として整備された古代魔法の森の研究室を拠点に、魔法・魔術の新たな領域へ手を伸ばし、未知の領域を開拓した。 もちろん、ナイチも、そのフロンティアへの進出を小さくではあったが、手助けした。
しかし、その幸せな日々は、アデノーイが3属性目の魔法を手に入れたころに 終わりを告げた。 属性魔法の領域を広げようと、その目的のために、秘密裏にある母親の胎内の子・・・ まだ生まれても居ない 赤子を使った 実験を行ったアデノーイと、その行為に 気づいたアガサが、対立したのだ。
アガサは、魔法の森を引き払い、遠く離れたトーキ漁村へと居を移した。 そうして、アデノーイは、偉大なる闇の魔法使いアードルフ・シタラ=ヒムゥラを名乗り、歴史上にその名を刻むことになるのであった。
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「あぁ、懐かしき友に、懐かしき恩師。 なんと素晴らしい光景か。」
アビーの口から聞こえるのは、低い男の声。 アデノーイ・・・ つまり、アードルフ・シタラ=ヒムゥラであった。
ガラハド部長は、一歩前に出ると、アビーと対峙した。
「魔力を封じても、魔法を使うことが出来る。 そういうことか? アードルフ・シタラ=ヒムゥラよ。」
「ははっ、魔法省ランスロット・マーリン部のガラハド・マルジン部長だったかな? この娘の魔力は、確かに封じられたぞっ。 なるほど、これは、簡単に解けぬわけだ。 アガサも、考えたものだな。 単純な魔法を複数回重ねることで、解けぬ封印を作り出すとは。しかし、今、オレは、この魔術を解くことが出来るようになった。 おまえが、目の前で、ペーパーの術式を 見せたからな。」
アビーの両腕から、魔力を封じるためガラハド部長が、使ったのは、緋色のヒモと、魔力銀の鎖、そうして魔術符を使った3重の魔術。 南の賢き魔女アガサ・ボナム=カーターが、生み出した 魔法使い封じの魔術だ。
「まさか・・・ そう簡単に、解けるわけがない。 どんな トリックを使ったものか・・・。」
「未熟だな。 お前が、魔術符に、魔力を通し、目の前にルース魔法文字が 現れたではないか。 それこそが、この魔法の術式だ。 自分が読めぬからと言って、誰にも読めないというわけではない。」
そう言ったかと思うと、アビーの両手は、ガラハド部長に向かって、広げられた。 すると、どうだろう。 アビーの腕に巻き付いていた 魔力銀の鎖が、するりと ほどけたではないか。 鎖は、銀の蛇と姿を変え、ガラハド部長に 襲い掛かる。
「何っ? 蛇だと・・・。」
ガラハド部長は、手を広げ、銀色の蛇を防ごうとするも、その手を怖がることも、避けることなく 蛇は、クルリと その腕に巻き付いた。
次に襲い掛かって来たのは、緋色の蛇。 もちろん、アビーの腕に巻き付いていた物だ。 銀の蛇と同様に スゥッと ガラハド部長の腕に巻き付いた。
「Яхочуестьяголоднийягалодны・・・・・・・・・。」
男の声で、アビーが、何か良く分からない呪文を詠唱する。 長い詠唱を終えると、ふわりと、腕を振った。
「どうだ? さっき、自分が仕掛けたばかりの魔法だ。 ペーパーの術式を理解していれば、解けるぞっ。 そらっ。」
先程、アビーを包んだ光と同じ白い光が、今度は、ガラハド部長の周りを照らす。
「ぬぉぉぉ。」
両の腕を封じられ、ガラハド部長は、唸り声を上げた。
「ふん、取るに足らないやつだ。 さて、アメリア先生それから、ニミュエ先生、いや、今は、学院長か。 少なくとも あなたたちには、昔、教えを乞うた恩がある。 今日の所は、見逃しましょう。 それから、ナイチっ。 前のことは、忘れてやる。 今度は、どちら側につくか よく考えろ。」
そういうと、アビーの体をした男は、スタスタと ガラハド部長とナイチ先生の横を 通り抜けた。 そうして、震えるエセクタの職員を 手で払うように押しのけると、後ろを振り返ることなく、訓練場の扉をくぐる。
残された者たちは、あまりのことに 言葉も出せず、動くことが出来ない。 ただ、その後ろ姿を見つめるだけであった。
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