1-27.アビーの お目覚め
蹴り飛ばされた 小さな黒い塊が、訓練場の土の上を転がっていく。 そうして、聖水が、少女を取り囲むように ぐるりと撒かれた。
「これで 抑え込むことが出来る程度の 力であればよいが・・・。」
聖水器から、まき散らされた水は、光魔法により 穢れが祓われた 聖水。 これは、闇属性の魔法を減弱する力を持つ。 もちろん、ガラハド・マルジン部長も、ランスロット・マーリン部に所属する以上、闇属性の魔法使いを抑え込む力を持つ 優秀な光の魔法使いである。 しかし、闇属性の魔法は、その他の属性魔法と違い、研究成果が あまり公開されていない。 使われた魔術の本質が何なのかを 読めない場合が多いため、思わぬ方法での、攻撃を受ける可能性が否定できない。 このため、闇属性の魔法使いと対峙することが分かっている場合は、あらかじめ、聖水による魔法効力の減弱を図ることが有効となる。
闇属性魔法の使い手を 捕縛や無力化する上での、安全を確保する手はずを終えた ガラハド部長は、アメリア先生にたずねた。
「アメリア君、どのくらいの時間、彼女を閉じ込めておいたのかね?」
「7・・いえ、8時間程度です。」
「飲まず、食わずで?」
「闇魔法を使った以上、ランスロット・マーリン部の方が居ない場所で、拘束を解くわけにはまいりません。 忘れていらっしゃいませんよね? 生徒ひとりの命が、失われているのです。」
そう、イヴリンの体は、茜色の布に包まれたまま、氷の棺に入れられ、エセクタ魔法魔術学院の地下に安置されている。
「しかし、これでは、聴取もままならぬ。 ナイチ君、治癒を。」
そう言って、ガラハド部長は、ナイチ先生の方へと振り返った。
[風と水の魔法使い] 【 1-27.魔力銀の鎖 】
ナイチ先生は、胸のポケットから、小さなクリスタルの瓶を取り出し、パシャパシャと、自分の体に振りかける。
「聖水か。 どこで手に入れた?」
「いくら治療部隊とはいえ、戦場に出ておりました。 闇属性の魔法への対処方法くらいは、持っています。」
「高かっただろうに。 それとも、軍の支給品を 持ち出したかね?」
「光属性を持つ友人が、居ましてね。 ちょっとした解毒薬と交換で、何本かは、確保しております。 さすがに、軍の支給品に 手を出すほど 愚かではないですよ。」
そう言って、ガラハド部長の横を通り過ぎると、ナイチ先生は、アビーの前にしゃがみ込んだ。 ナイチ先生の手が、彼女の首筋に当てられる。ルナやイヴリンに した時のように。
「魔力の流れに異常はありません。 しかし、治療を行っても、脱水症状があると思います。 薄い食塩水を 用意してください。」
その指示に、学院長の後ろに控えていたエセクタの職員が、走る。 そうして、ナイチ先生は、左手で、スゥッと魔力を放った。 治癒の魔法である。 ゆっくりと、白くなっていたアビーの顔に血色が戻っていく。
「まもなく、目を覚ますでしょう。 あぁ、そのカップを、こちらに くれたまえ。」
エセクタの職員の持つ 食塩水入りの大きなカップを受け取ると、アビーの横・・・ 土で固められた地面の上に置く。 そうして、ナイチ先生は、彼女の方に体を向けたまま、後ずさるように、その場所から 離れた。
「ほう、光魔法に適性があれば、ランスロット・マーリン部に入っても良いくらいの手際だな。 治療後に、その子から離れる時に、目を離さないのも 素晴らしい。 さぁて、エセクタ職員は、訓練場の入り口まで、下がりたまえ。 この子が目を覚ました後は、我々は、自分の守りのことしか、考えんぞ。」
ガラハド部長の言葉に、エセクタの職員たちが、慌てて入口へと走る。
「う・・・ うぅ。」
3分・・・ いや5分は、たっただろうか? アビーの口から、うめき声のようなものが 聞こえた。
「アビー、気が付きましたか?」
アメリア先生が、声をかける。 しかし、その場から動くことはなく、アビーとの距離は保ったままだ。
「うぅ・・先生、 みずっ・・・。」
「そこに、カップがあります。ゆっくりお飲みなさい。」
アビーは、大きめのカップを手に取ると、一気に ゴクゴクゴクと飲み干して、そうして、はじめて辺りを見渡した。
「訓練場?」
「そうです。 訓練場です。 あなたは、今日、自分が 何をしたか 覚えていますか?」
「フィールド教練で、森の前に 並んでいたと思います。」
「それから?」
「それから・・・ 気づいたら、ここに居ます。 先生が、私を 運んだんですか?」
「出発してからの話を聞いています。 あなたは・・・」
「いや、待ちたまえ。」
アメリア先生が、アビーへの質問を続けようとするのを、ガラハド部長が、文字通り、手を出して制した。 その手には、魔力銀の鎖が、吊り下げられている。
「はじめまして、私は、ランスロット・マーリン部の ガラハド・マルジンだ。」
「は・・・ はじめまして。」
震える声で、答えるアビーに、ガラハド部長が続ける。
「君の、名前は?」
「アビゲイル・ボーヘスです。」
「普段、君は周りの人に、どう呼ばれている?」
「アビーと 呼ばれています。」
「君は、今日、森の中に 入ったか?」
「森の入り口までは、行きました。」
「森に入ったか、入っていないかを 答えなさい。 君は、森の中に入ったか?」
「入り口で、整列したのを覚えています。 入ったかもしれません。」
「入った、入っていないで 答えるように。」
「たぶん、入ったんだと 思います。」
アビーに目を向けたまま、魔力銀の鎖の鎖を手に巻き付けると、ガラハド部長は、小さくため息をついた。
「ふむ・・・ これは、難しい。」
「少なくとも、嘘はついていない。 そういうことですよね? ガラハド部長。」
アメリア先生が、確認する。
「あぁ、しかし、答え方が、誠実ではない。 意図的に行っているのであれば、かなり狡猾だ。」
ガラハド部長の魔力銀の鎖は、相手が自覚して嘘をつくと、くるくると回るように揺れる。 しかし、今の質問の最中、鎖は垂れ下がったまま、ピクリとも 動くことは 無かった。
「封じるか・・・。」
緋色のヒモを2本と、2本の魔力銀の鎖、そして、2枚の魔術符を取り出した ガラハド部長は、アビーに向き直った。
「アビゲイル君。 今の君の回答は、私を満足させるものでは無かった。 よって、今から 君の魔力を封じることとなる。 両腕を 前に出しなさい。」
アビーは、素直に両腕を差し出した。 左、右・・・ガラハド部長が、彼女の腕に 緋色のヒモを垂らすと、ヒモは、まるで生き物のように クルクルと腕に巻き付いた。 次は、魔力銀の鎖。 同じように、クルクル来ると、アビーの腕に 巻き付いていく。
そうして、鎖が完全に巻き付くと、2枚の魔術符が、その上に置かれる。 両手を その魔術符の上に乗せたガラハド部長が、魔力を通した瞬間、空中にルース魔法文字が、浮かび上がり、白い光が、周りを照らした。
「ふぅ・・・。 これで、安全だろう。 ニミュエ学院長、この子を どこか監視できる部屋に 移動させてくれ。」
そういって、ガラハド部長が、学院長の方を振り返った瞬間、その背に、魔法が打ち込まれた。
「がっ・・・ 何っ。」
ドサリという音を立てて、ガラハドが倒れる。 そこには、先ほどまでの 不安げな表情と違い、ニヤリと笑う アビーの姿があった。
朝目覚めた時に、喉が渇いていた人は、高評価を押して次の話へ⇒
☆☆☆☆☆ → ★★★★★