1-25.彼と、彼女の親友
「あの・・ 私が、神殿に入ったからなんです。 ヨークは、それに ついて来ただけです。」
オリヴィアは、慌てて告げた。 自分のせいで、ヨークを巻き込んでしまった・・・ その事態に、胸が 張り裂けそうだった。
「神殿?」
「アメリア先生。 ゴール地点裏のアガ・・・ 賢き南の魔女神殿です。 オリヴィアたちが、そこに入るのは、私が見ていますので、時間的に考えても、そこから、祠へ移動したと考えていいでしょう。」
ナイチ先生が、落ち着いた声で 口をはさむ。
「アガサの・・・繋がっているのですか?」
アメリア先生は、何かを考えるように 黙り込んでしまった。
「ヨークと、オリヴィアの話は、後にします。 ジェイコブ、あなたの視点での、状況を 説明してください。」
そうして、ヨークと、オリヴィアを後回しにすると、ジェイコブから、状況説明を求めた。
[風と水の魔法使い] 【 1-25.同級生 】
「という感じで、2人が神殿に、入って行くのが見えました。 ナイチ先生が来たのと、ほぼ同時です。」
「ヨークと、ジェイコブでは、神殿に 入れなかったのですね?」
「はい。 小神殿の屋根から 光が打ちがるのと、壁にあった彫刻が動いただけでした。」
ジェイコブの話を聞いたアメリア先生は、ケイシーにも、その話に間違いが無いかを確認し、2人に告げた。
「分かりました。 2人とも、この話は、他の人にしてはなりません。 話が広がると、魔法省を巻き込んで、大変な事態を引き起こします。 何かを 聞かれたときは、良く分からないうちに 事態が進んでいた・・・ で、通すように。」
アメリア先生は、机の上からベルを持ち上げ、チリンとひとつ音を鳴らした。 エセクタの職員が、再び現れる。
「2人を寮へ。 ジェイコブ、ケイシー、今日は、よく頑張りました。 帰ってよろしい。」
心配そうに、オリヴィアとヨークを見ながら、2人は、アメリア先生の部屋を 後にする。
「あぁ、アガサ・・・ 本当に・・・その娘も・・・ 困らされますね。」
突然、アメリア先生が、オリヴィアに 向かって告げた。
「まぁ、アガサ ですからね。」
ナイチ先生も、それに続く。
「あの神殿は、あなたのお母さまが、学生時代に魔法の研究室として、使っていた場所です。 ヨークやジェイコブが試した時は、入れず、オリヴィアが入ることができたのは、そのためだと 思われます。」
「でも、なんで・・・ なんで、私たちは、アードルフ・シタラ=ヒムゥラの祠に、移動したんですか?」
オリヴィアの問いには、ナイチ先生が、横から割り込んだ。
「2人は、同じ地域の出身だったからね。 幼馴染なんだよ。」
「オリヴィア、ナイチ先生は、あなたのお母さまの同級生です。 そして、アードルフ・シタラ=ヒムゥラも。」
「ナイチ先生が、ママの同級生?」
「えぇ、皆、私の教え子です。 3人とも、特に優秀な生徒でした。」
「まさか。 アガサにも、彼にも・・・ 私の力は、及びませんよ。 2人とも、天才です。」
アメリア先生も、ナイチ先生も、懐かしそうな目で、オリヴィアの顔を見ながら、その向こう側に 見える何かを 見つめるような顔をする。
「神殿と、祠を行き来できたのは、おそらく、学生時代に、神殿と祠で、2人の交流があったのでしょう。 ナイチ先生、どうなのですか?」
「彼の祠と、アガサの神殿は、空間的に繋がっています。 私も、何回か、移動したことがありますから。 いや、オリヴィア、その頃は、闇属性の魔法使いが、悪いとされていたわけではないんだよ。 あれは、闇属性の魔法使いが悪いのではなく、アードルフ・シタラ=ヒムゥラが、良くない方向へ進んだというだけだから。 彼を、そちらに 追いやってしまったというのは、本当に残念なことだったし、君の母親が、その事態に、対峙しなくてはならなかったのは、不幸で悲しいとしか言いようがない。」
「そうですね。 ただ、問題は、その部分を魔法省のランスロット・マーリン部に どう説明するかです。 あそこは、アガサであっても、闇の魔法使いと交流があったとなると、厳しい態度をとると思います。 学院長は、私が、なんとかできるのですが・・・。」
「アメリア先生、黒水晶が 砕けたということですから、彼の祠は、もはや祠としての機能が失われているでしょう。 すでに、祠で なくなっているなら、ランスロット・マーリン部では、調査のやりようが、ありません。 オリヴィアの移動は、神殿からの転移ではなく、ペーパーでの魔法制御の失敗 とするのは、どうでしょう?」
「ナイチ先生、先ほど言いましたように 1年生にペーパーを使わせるというのは、常識的にあり得ないことです。」
「ですので、宝を手に入れたご褒美として、ゴール後に、私の監督下で、宙に浮くペーパーを使ったことにするのです。 ペーパー魔術が、暴走して、祠まで、飛ばされた。 空間を移動したのではなく、空を飛んで、あの地点まで 移動したことにすれば、アガサの神殿が、大きな問題に、なることはないでしょう。」
「しかし、それでは、ナイチ先生の責任問題になります。」
「いえ、魔法省が販売したペーパーに異常があったことします。 通常、1年生の魔力では、空を浮く程度のペーパーでは、あの地点まで飛ぶことはできません。 なんらかの問題のあるペーパーが販売されていたことが原因で、エセクタの1年生が、その被害にあったということです。」
「しかし・・・ いえ・・・ そうですね。 その方法が、良いかもしれません。 魔法省の魔術符研究部と、ランスロット・マーリン部の争いにしてしまえば、問題がぼやけます。 しかし、学院のペーパー使用記録を、今から、直さなければなりません。」
「それは、大丈夫です。 先日、3年生の授業用に5枚、『浮遊の魔術符』の使用申請を出して、2枚しか使用していません。 そのうちの1枚を 使ったことにします。 宝を見つけることが出来て、1番にゴールした優秀な生徒たちに、3年生の授業を 体験させたという流れです。」
「・・・そうですね。 ヨーク、聞いた通りです。 申し訳ないですが、あなたがペーパーに魔力を通したことにして、明日の聴取で、答えてもらえますか?」
「ペーパー魔術ですか? 本で読んだことしかありませんが、大丈夫でしょうか?」
不安そうに、ヨークが アメリア先生を見る。
「大丈夫だ。 ヨークの力であれば、軽い魔力の供給と変わらない。 ペーパーを描くわけではないから、ペーパーを使うように言われても、問題はないよ。それに、聴取の場で、ペーパー魔術を使うように指示されることは、まずないはずだ。」
ナイチ先生が、椅子から立ち、ヨークの方をポンと、叩いた。
「虚偽の報告をすることは、問題が大きいですが、真実を報告することは、もっと大きな問題を生みます。 明日の朝、オリバーとルナの面会前に、もう一度、すり合わせを行いますので、ヨークは、朝一番に、この部屋に来るように。 それでは、あなたも、寮へ帰ってよろしい。」
「えっ? でも、オリヴィアは・・・。」
「大丈夫です。 ただ、オリヴィアには、確認しなくてはならないことがあります。 あなたは、ゆっくり休みなさい。」
アメリア先生が、ベルを鳴らし、エセクタの職員が現れる。 オリヴィアの顔を じっと見つめながら、ヨークは、先生の部屋を後にした。
「さて、オリヴィア。 皆、居なくなりました。 神殿について、アガサに、どう説明されていたのですか?」
「あの・・・ 私、何も聞いていません。」
「しかし、ヨークも、ジェイコブも、あなたが、魔力を通せばいいと言ったと 証言しました。 そして、神殿の方向も、あなたが知っていたと。」
「ママの文字で、森の石板に、書いてあったんです。 その指示に従ってみたら、あんなふうになりました。」
「石板の文字・・・ ルース魔法文字ですか。 オリヴィア、古代文字が よめるのですね?」
「ルース文字っていうのは、良く分からないんです。 ただ、ママの秘密文字なら 読めます。」
「アメリア先生、アガサと彼は、古代ルーシ文字で やり取りをしていた。 おそらく、その文字をオリヴィアに教えたんだろう。 私も、少しであれば、アガサに、教わったことがあるので 知っている。」
「ナイチ先生・・・ ママと 話したことがあるんですか?」
「あぁ、君と よく似た声を していたね。」
「オリヴィア、あなたが、文字を読めることを 知っているのは?」
「えーと、エセクタでは、ヨークと、ジェイコブとケイシーです。 あっ、先生と、ナイチ先生も。」
「これも、朝、口止めしなければなりませんね。 オリヴィア、少し、警戒が必要です。 あなたが知っている知識は、魔法省にとって、非常に危険・・・ いえ、興味深いと感じるものです。 幸いなことに、一部の生徒以外には、あなたの魔法能力は、低いと思われています。 猫をかぶりとおす必要があります。 そうですね。 ヨークやジェイコブと親しいのであれば、その影に隠れるように 行動するといいでしょう。 2人には、私から、あなたを助けるように 言っておきます。」
「アメリア先生、それでは、オリヴィアが、かわいそうだ。 彼女は、アガサに 負けない才能ある魔女だ。」
「良く分かっています。 しかし、自分の身を守ることが、先です。 自分の身を守る力がないうちに、知識の片鱗を周りに見せつけてしまうと、おそらく、良いことになりません。 そのことは、アードルフ・シタラ=ヒムゥラと、アガサ・・・ 彼と、彼女の親友の親友なら、良く知っているでしょう。」
2人の偉大な魔法使いの親友・・・ ナイチ先生は、何も言わず、小さくうなずいた。
ペーパー魔術で空を飛んだことがある人は、高評価を押して次の話へ⇒
☆☆☆☆☆ → ★★★★★




