1-21.ゴールへ・・・
「アメリア先生っ。」
森の木々の間から現れた先生に一番に気づいたのは、オリヴィアであった。 いつもの静かな口調、いつもの静かなたたずまい。 しかし、アメリア先生の髪は、少し乱れていた。
「ヨーク、何が 起こったのですか?」
「すみません。 魔力切れで、まだ、立てないのです。 オリヴィアと、湖の横にあった神殿に入ったら、ここに飛ばされてきました。 なので、こっちで 何が起こっていたかは、分かりません。 あの土のドームの中に、アビーが居ます。 おそらく、アビーが、何かをしたんだ と思います。」
アメリア先生は、さっと、ドームに目をやると、小さなひもを、ドームめがけて投げつけた。 緋色をしたそのヒモは、ドームに巻き付くと、スルスルと伸びてドームを覆いつくす。
「オリバー、離れなさい。」
アメリア先生の声・・・ しかし、オリバーは、イヴリンを抱きかかえて、離さない。 代わりに、オリヴィアが、立ち上がり、先生と向き合う。
「先生、私の力では、治癒できませんでした。 魔力が通らないんです。」
「そちらで 横になっているルナは?」
「ルナは、大丈夫だと思います。 小さな かすり傷はありましたが、それは、治しました。」
「そうですか・・・ ジェイコブと、ケイシーは、どこですか?」
「2人は、まだ、神殿の近くにいると思います。 ボクと、オリヴィアが 神殿の中に入った時に、ナイチ先生と 一緒に居るのが見えました。」
ふらふらと、立ち上がったヨークが、オリヴィアと並んで アメリア先生の前に立つ。
「ナイチ先生と・・・ですか。 そうですね。 それならば、良いでしょう。」
アメリア先生は、手を伸ばし、そっとイヴリンの頬を撫で、首元に手を当てる。 しばらく そのままの姿勢で 何かを調べた後、目を閉じ、小さなため息をついた。
「オリバー。 どうやら、イヴリンは、魔力を完全に失ったようです。 何が起こったのか、説明できますか?」
[風と水の魔法使い] 【 1-21.流れぬ魔力 】
「アビーが、この場所に・・おれ・・ 僕たちを連れてきました。 あの黒い洞窟・・・ あの中に、イヴリンと、ルナが、放り込まれて・・・ 先生、アビーが、闇魔法を使ったんです。 火と土の魔女の はずなのにっ。」
「闇魔法・・・ 3属性目の魔法を使ったというのですか・・・ オリバー、ヨーク、オリヴィア。 このことは、他言無用です。 絶対に 話してはなりません。」
そういうと、先生は、そっと イヴリンの体に手を当てた。 彼女の体が、オリバーの手を すり抜け、ふわりと浮き上がる。
「先生っ。」
「オリバー。 彼女が大切なのは、分かります。 しかし、魔力を完全に失った時、人がどうなるかは、ご存じでしょう。 エセクタに、連れて帰って あげましょう。」
そういうと、ふわふわと浮いたイヴリンを連れ、ルナの元へと近づく。 イヴリンにしたのと同じように、首元に手を当てて・・・ しばらくして、ほほ笑んだ。
「ルナは、大丈夫みたいですね。 なるほど、オリヴィア。 ナイチ先生が、褒めるわけです。 良い見立てです。 先生は、あなたの水魔法は、治癒属性の魔法使いの水準だと おっしゃっていました。」
そう言って、オリヴィアをほめると、イヴリンの横に、ルナを浮かべた。
「3人は、歩けますね?」
「はいっ。」
「ヨーク、大丈夫なの?」
「うん、オリヴィアの 癒しの魔法のおかげだよ。」
「オリバー、立ちなさい。 ここから歩いて、ゴール地点に向かいますよ。 私は、この2人と、あの土のドームを 連れて帰る必要があります。 あれは、ヨークの作ったドームですね?」
「はいっ。 あれを作るのに、魔力を、ほぼ すべて 使ってしまいました。 オリバーが、木魔法で アビーを拘束してくれていたから、使うことが出来た 魔法です。」
「そうですね、素晴らしい魔法です。 オリバーも、良く頑張りました。 2人とも、1年生とは、思えぬ出来です。 しかし、今の状態では、魔力が、心もとないでしょう。 帰り道、私は、周りに注意を、避くことができません。 拘束してあるとはいえ、アビーが、闇魔法を使ったのならば、それを押さえねばなりませんから。 魔獣などは、自分たちで 対応してもらわねば なりません。 オリヴィアっ、あなたもですよ。 自分で周りを警戒しながら、後ろを ついてきなさい。」
ふわふわと浮く、イヴリンとルナ。 そして、拘束されたアビーの入ったドーム。 それを監視しながら、アメリア先生が、先頭を行く。 ヨーク、オリヴィアは、その後ろに続いた。 ヨークより魔力が残っており、魔獣などへの対応力が、オリヴィアより優れているオリバーが、しんがりだ。
「さっきの イバラの道より、険しいわ。」
「そうだね。 さっきは、イバラが生い茂っていたとはいえ、下は、道だったから。 さすがに、こんな岩は、無かったね。 オリバー、よくこんな道を 進んだな。」
「いや、来た道は、こっちじゃない。 ただ、道の悪さは、同じくらいだと思う。」
時々、後ろを確認はしてくれるが、邪魔な木々を魔法で払いながら、アメリア先生は、もくもくと 進んでいく。 そうして、森を抜けた場所、そこには、ケイシーとジェイコブ・・・ そして、ナイチ先生の姿が見えた。
「オリヴィアぁ。 無事だったのね。」
大きな声・・・ ケイシーだっ。 2人は、ぎゅっと 抱き合った。
ルナと、イヴリンは、寝かされ、アビーのドームは、なにやら 小難しい魔法陣の上に 置かれた。
「ナイチ先生、イヴリンを 見ていただけますか?」
地面に敷かれた茜色の布の上に、横たえられたイヴリン。 アメリア先生がしたように、ナイチ先生は、首元に手を当て、何かを探る。 そうして、先生は、イヴリンの喉元に手を伸ばすと、ローブの胸の部分を開き、手の平を 直接、その肌に当てた。
「ダメですね。 魔力が、通らない。」
「そうなんです。 先生、ルナには、魔力が通るのに、イヴリンには 通らなかったんです。」
オリヴィアは、ナイチ先生に、その異常を 訴える。
「うん。 そうだね。 魔力を阻害されている時、その魔力が反発したり、通らなかったりすることがある。 しかし、イヴリンは・・・。」
そう言うと、ナイチ先生は、言葉を切って、イヴリンのローブを整えた。 茜色の布で、イヴリンの体を包み、アメリア先生に 目で合図する。
「ルナの方も、見てあげなくてはね。 オリヴィア、こっちに来て、手伝ってくれるかい?」
こちらは、イヴリンと違い、草の上に横たえられている。 その首元に手を当てると、同じように 何かを確認する。
「これはね、頸動脈の横を流れる 魔力を確認しているんだ。 あと、脈もね。 うん、正常に流れている。 オリヴィア、ここに、手を 当てて見なさい。」
ナイチ先生の手が、ルナの首筋から離れ、そこに、オリヴィアの手が・・・ 指先が 当てられる。
「動脈が、脈打っているのが、感じられるだろう。 そこに、ちょっと魔力を・・・ ほんの少しだよ。 1滴、2滴と注ぐように、注入して みてごらん。」
指先から、ほんの少し魔力を放出すると、ぐっと 反発する 魔力が感じられた。
「魔力の反発を、感じると思う。 その反発する魔力を逆に、吸い取るようなイメージで、流してみるんだ。 どうだい?」
「あっ、なんか、ルナの魔力と 一体化したような感じになりました。 魔力の流れが 分かります。」
「そうだね。 首元は、魔力が一番、無防備になりやすい場所だ。 なので、首筋を調べることで、魔痺毒などで、魔力異常が起こった時なんかは、治癒の魔法をかける前に、その状態を確かめる。 ルナは、今、ただ眠っているだけの状態ってことが、分かるんだ。 オリヴィアが、これから、治癒の・・・ まぁ、水魔法だが、それを使って魔女として生きていくなら、これが出来ないとダメだね。」
そう言って、ナイチ先生は、優しくオリヴィアの頭を撫でた。
「ヨーク、ジェイコブ。 水晶の確認は終わりです。 片づけていいですよ。 それでは、ヨーク班のゴールを認めます。 アビー班は、リタイヤ・・・ これは、仕方ありませんね。」
「あっ、羽根は、どうしたらいいですか?」
ケイシーが、カバンを 軽く叩いた。
「それは、私が確認しよう。 4人が 1枚ずつ 持っているんだったね?」
4人は、それぞれのカバンから、1個ずつ 採取瓶を取り出す。 中に入っているのは、もちろん 不死鳥の羽根だ。
「えっ? 不死鳥の羽根じゃないか。 もしかして、それが、教練の宝なのか? なぁ、イヴリンに、使えないか? それを使えば、イヴリンは、目を 覚ますんじゃないのか?」
取り出された 不死鳥の羽根を見て、オリバーが、飛びついた。
「・・・オリバー。 つらいだろうが、イヴリンが、目を覚ますことは・・・ ない。 完全なる魔力欠乏症・・・ おそらく、生命力まで、魔力に 変換されてしまったはずだ。」
「えっ? イヴリンは・・ そんなっ。」
ケイシーが、声を上げた。 オリヴィアは、びっくりして、ナイチ先生の顔を 見つめる。
「残念だが、イヴリンの命は、失われている。 ヨークは、分かっていたみたいだね。」
「いえ、オリヴィアの魔力が通らず、そして、魔力を完全に失ったと、アメリア先生が、おっしゃったので、もしかしたら・・・と。」
「不死鳥の羽根は、命を失った魔法使いを、蘇らせるんだろ? 先生っ。」
「オリバー、不死鳥の羽根は、魔力を回復させるものだ。 そして、治癒の魔法使いは、その魔力を 生命力に変換することで、瀕死の者を蘇らせる。 しかし、魔力と生命力を 完全に失ったものに対しては・・・ 残念だが、今の魔法治癒学では、それに 対応することは できない。」
「そんな・・・ ナイチ先生は、クリームアン戦争に従軍したんだろ? 死んだ魔法兵を何人も、生き返らせたって、アメリア先生が 言ってたじゃないか。 イヴリン1人くらい・・・ なぁ、出来るだろ? 先生っ。」
アメリア先生が、オリバーの肩を抱く。
「ナイチ先生でも、完全に亡くなった方を 生き返らせることはできません。 オリバー、ごめんなさいね。 これは、ナイチ先生の責任では無くて、私の責任です。 私は、いまから、イヴリンを エセクタに連れて帰ります。 いっしょに来ますか?」
「はい・・・。」
打ちひしがれたオリバーを連れ、布に包まれたイヴリン、そして、緋色の紐に巻かれた 土のドームを浮かせ、アメリア先生は、馬車でエセクタへと向かう。 いまだ、森を歩く Cクラスの生徒たちを、そして、オリヴィアたちを ナイチ先生に任せて・・・。
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