1-19.小神殿の奥には
「くそっ、アビー・・・ おいっ、イヴリン・・・ イヴリンっ」
足首に絡みついていた 闇の拘束が、解けると同時に、オリバーは、イヴリンの体へと 駆け寄った。 アビーは、岩の上に腰掛けて、それを眺めるだけ。 もはや、彼を 制止しようともしないし、その視線を向けてはいるものの、オリバーを警戒している様子は、欠片もない。 だが、その目は、鋭く冷たいものだったし、その声は、普段の彼女からは、想像できないほど 冷たいものであった。
「ねぇ、オリバー。 分かってるわよね。 ひとりで逃げたり、助けを呼ぼうとするなら、イヴリンの体は、獣のエサにするわよ。」
「お前・・・ 何を考えてるんだ? こんなことが、許されると 思ってるのか?」
冷たい緑色の雑草の上に横たわる イヴリンの体を、抱きかかえるようにして、オリバーは、キッと アビーを 睨-ニラ んだ。
「言わなかったかしら? このほこらは、アードルフ・シタラ=ヒムゥラ様のもの。 ただ、彼には、必要な魔力が 足りないのよ。 私だけでは、それを 補充できないから、贄-ニエ の魔力を 捧げる必要があるの。 最初に、みんなに 魔力を注いでもらったでしょ? ホント良かったわ。 あなたたちには、光属性の素養は 無いみたいだから、問題ないみたいだもの。」
闇の魔法使いにとって、相性が悪いのは、光の属性魔法である。 その素質を持った人間の魔力を取り込めば、力を捧げるばかりか、逆に、阻害することにも なりかねない。 アビーが、最初に、3人に黒い水晶に 魔力を通させ、何かを 確認しようとしたのは、それを防ぐため だったようだ。
「えっ・・・ 何が、起こってるの?」
座っていた アビーが、突然、岩から立ち上がり、黒水晶の祠-ホコラ の方へと 視線を移した。
祠の入り口から外へ・・・ 直線的に 数本の白い光が射すように放たれる。
赤・・・白・・・黄色・・・緑・・・青・・・
黒水晶が、おかしな点滅を始める。
「オリバー・・・何をしたの? いえ、ルナだわ。 あの子・・・中で、一体・・・。えっ?何・・この煙っ。」
なおも、光の点滅を続ける 黒水晶・・・。
っ・・その瞬間、黒い水晶は砕け、そこから噴き出したのは、まがまがしい気配をもった黒いもや。 ふわりと宙を浮いた 黒い煙のような もやの塊は、そのまま アビーの体へ近づき、シュゥゥと、吸い込まれていった。
その力の源である、黒水晶が、砕けてしまった 祠の入り口は、一瞬、その形を洞窟入り口のような姿・・・ 森にある自然の洞窟のような・・・ その本来の姿を 見せた後、その先は、何も見ることが出来ない 奈落のような穴へと 変化を遂げた。
[風と水の魔法使い] 【 1-19.奥へと続く廊下の罠 】
「オリヴィアっ。 オリヴィア・・・。」
「う・・・。 ヨーク、ここは?」
「分からない。 壁の中に 吸い込まれたような感じだった。 大丈夫かい?」
「うん。 ちょっと、魔力が 減った感覚は あるけれど、たぶん、問題ないと思う。 あっ・・・ ヨーク・・・ごめんなさい。」
オリヴィアは、急いで立ち上がろうとして、自分の背に回された ヨークの手に気付いた。 オリヴィアの体が、ヨークの体の上に 覆いかぶさるように、乗っかっており、下になったヨークは、まるでクッション・・・ オリヴィアを守るように、その小さな体を 抱きかかえていたのだ。
「ちょっと、得した気分だね。 堂々と、オリヴィアを 抱きしめることが 出来たんだからっ。」
ヨークは、そう言って、白い歯を見せた。
「もぉ、ヨークったら・・・。」
ヨークが、背に回した手を、名残惜しそうに離すと、オリヴィアは、その体を 横にずらす。 サッと 立ち上がった彼は、彼女の手を取り、オリヴィアが、立ち上がるのを 優しく助けた。
「まぁ、これは、緊急信号を出しても いい事態だね。あっ・・・。」
腕章に魔力を通そうと、手を腕に当てて、ヨークが気づく。 小神殿に吸い込まれた際に、それが、腕から 抜け落ちてしまっていることに。
「うそっ。 なんで? そう簡単に取れる物じゃないでしょ?」
「いや、取れても仕方ないかもしれない。 腕章は、魔法のかかった術具だから。 恐らく、神殿の石板も、術具だったんだろう。 2つの術具がぶつかった時、相性が悪ければ、どちらかが 弾かれることは、アメリア先生が、授業で 言ってた。 うーん・・・ 腕章に魔力を通して、向こうから信号が戻ってくるかどうかを 試しておきたかったんだけどね。」
ヨークは、冷静に分析しながら、辺りを 警戒するように 見渡した。
「ジェイコブと、ケイシーは、先生を 呼んでくれるかしら?」
「壁に吸い込まれる瞬間、2人の横に、ナイチ先生が居るのが見えた。 この事態には、気づいていると思う。 おそらく、外から救出を試みてもらえるはずだ。 だから、オリヴィアっ、魔力が 枯渇しないように、気を付けておいて。 助けてもらうまでに 何が起こっても、2人で対応しなきゃダメだからね。」
「うん。 分かった。」
ヨークは、オリヴィアの手を ぎゅっと握り、周りを警戒する。 石造りの白い床は、今朝、掃除されたがごとく 美しく、周りの壁も、汚れている気配はない。 天井は、高く、丸いドーム状。 そして、ヨークとオリヴィアの目の前には、奥へと続く 廊下が続いていた。
「ねぇ、ヨーク。 あそこに、誰か 倒れてない?」
「うん。 ボクも、気になってた。 ただ、何かの罠かもしれない。 近寄って いいものかどうか・・・」
奥へと続く小神殿の廊下の床・・・ そこに、オリヴィアの体ほどではないが、小さい人の体のようなものが、横たわっていたのだ。
「行ってみましょ。 ケガしてるなら、助けなきゃ。」
オリヴィアが、手に力を入れて、ヨークの手を ギュっと握る。
「うん。 だけど、ボクが、先だ。 オリヴィアは、後ろから来て。」
ヨークが、奥へ続く廊下へと、1歩、足を踏み入れた瞬間、倒れていた 小さな体が 浮き上がる。
「くっ・・・。足を踏み入れたら 発動か・・・ やっぱり罠だ。」
「髪が長いわっ。 女の人? 女の子みたいっ。」
その体は、宙に浮いたまま、廊下の奥へと 吸い込まれていき、そうして、ふっと 消えるように 見えなくなった。
「ヨーク? 何が起こったか、分かる?」
「いや、良く分からないけれども、足を廊下に踏み入れた瞬間、今の現象が 起こったから、そういうタイプの 魔法の罠だった可能性が 高いと思う。」
「あのね、ヨーク。 私、今の女の子が気になるの。 雰囲気が、ちょっと ママに 似てた気がするし・・・ 奥に見に行っちゃ ダメかな?」
「女の子?」
「ほら、髪が長かったし、ローブも、女の子用のものに見えたわ。 もし、ケガをして倒れてるとかだったら、治癒してあげる必要があるでしょ?」
「オリヴィア。そんな風に見える罠だったかもしれないんだよ。 今のは、ケガをした、女の子かもしれないし、そうじゃないかもしれない。 そして、あり得ないような消え方をした。 奥へ行っても、誰もいないっ・・・ しかも、ボクたちも 引き返せないってこともあり得る。 気持ちは分かるけれども、ボクたちは、ここで、待機して、ナイチ先生を 待つべきだと思う。」
「う・・・うん。」
ヨークの言うことは、もっともだ。 治癒は、ナイチ先生の専門である。 先生が、この小神殿に助けに来てから、奥へと向かうという方が、合理的であろう。 しかし、オリヴィアは、今の女の子・・・ ではないかもしれないが・・・彼女が、気になって仕方なかった。 あきらめきれず、廊下の奥を じぃぃっと 見つめる。
その時、オリヴィアの見つめる先・・・ 廊下の奥に、黒い穴が、ボっという音とともに 開いた。
「オリヴィアっ。 下がって。やっぱり、罠だ。」
「きゃっ」
ヨークは、オリヴィアをかばいながら、後ろへと下がる。ドォン。 穴の奥・・・そこから、何かが・・・黒い物体が、2人を攻撃するように、飛び込んできたのだっ。
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