1-1.エセクタ魔法魔術学院へようこそ
川の側にあるというのに、乾燥した空気が漂う 尾根の集落から、見上げるほど高い塔が、空へと突き出す。
この塔のある 古い建造物こそ、「エセクタ」である。
それは、どこでもない場所に存在する、誰にも知られることのない 学院。
世界で 最も古い魔法魔術の学校・・・それが『エセクタ魔法魔術学院』なのだ。
もうすでに 入学から3か月も経っているが、新入生『オリヴィア・ボナム=カーター』は、クラスの皆に・・・一部の友人は除くが・・・ 魔法劣等生だと思われている。
言われてみれば、確かにその通りのように見える。 彼女の放出する魔法は、他の新入生と比べて、か細く弱い。
属性魔法の契約を済ませた他の生徒が、手の平から力強い魔法を放出するのに比べて、オリヴィアの魔法は、指先からチョロチョロとしか放出されないのだ。
ただ、劣等生のレッテルが貼られるまでは、教師たちは、彼女の能力に大きな期待を持っていた。
[風と水の魔法使い] 【 1-1.Cクラスの属性契約 】
これを聞けば、教師たちが オリヴィアに感じていた期待は、もっとものことであると、あなたも思うだろう。
彼女は、あのトーキ漁村の『アガサ・ボナム=カーター』の愛娘であり、入学前に、すでに魔法の契約を済ませていたのだ。
魔法契約は、王族や、高位の貴族の子弟でなければ、ほとんどは、エセクターに入学して 最初の授業で行うこととなる。
ところが、平民のオリヴィアが、その最初の授業で、こう答えたのだ。
「私は、母の遺言で、すでに契約を済ませています。」
アガサの遺言で、契約を済ませている娘・・・。 この言葉には、知識のとぼしい 1年生たちも、どよめいた。
「オリヴィアは、どの魔法属性と 契約されているのかしら?」
アメリア・スミス=ミラー先生は、目を輝かせて オリヴィアに尋ねた。
「えーと・・・。」
少し戸惑った表情をしたあと、オリヴィアは、小さな声で答えた。
「風と水です。」
「右? 左?」
アメリア先生が、右、左?と 尋ねたのには、わけがある。
魔法使いは、契約により、右手と 左手に1個ずつの 属性を 手にすることが出来るのだ。 これは、あの闇の魔法使いアードルフ・シタラ=ヒムゥラを除いて、例外の無い 魔法則とされている。
「右手が風魔法。 左手が水魔法。 それで、契約をしています。」
「素晴らしいわ。 まさか、このクラスに契約済みの生徒が いるなんて。」
周りの生徒も、キラキラとした目で、オリヴィアを見つめる。
「いえ、それほどの・・・。」
さらに 小さな声になった オリヴィアの顔は、真っ赤であった。
「それでは、他の皆さんは、魔法の属性契約をしていきます。 まずは、目の前に置かれた水晶の上に手を置いてください。」
生徒1人1人の机の上には、子供の頭より 一回り小さい程度の大きさの水晶玉。 透明のガラス玉は、紫色の布の上に置かれている。
アメリア先生は、パンパンパンっと、手を叩き、Cクラスの生徒全員に 水晶玉の上に 手をかざすように、うながした。
Cクラス。・・・ 平凡で 平均的な 平民の クラスである。
貴族階級の生徒を集めたAクラス。 特別な才能を持った生徒を集めた海外からの特待生なども集まるBクラス。 そして、魔力の乏しい生徒を育成するDクラス。
その年々によって異なるが、今年の1年生は、この4つのクラスで構成されている。
皆が、手の平を水晶にかざす。
赤、緑、黄色、白、様々な光が、水晶玉の中からあふれ出す・・・ さすがに闇魔法をあらわす ツヤのある黒色の光は、どこにも見当たらなかったが。
あぁ、よかった。 村で、契約していなければ、教室に黒の光が、水晶から あふれるところだったわ。
オリヴィアは、心の中で そうひとりごちた。
この水晶玉は、ペセブン山脈・・・ グリテン島の中央部に位置する低い山脈である・・・ から採掘されたもので、珪質砂岩や、石炭紀の 石灰岩の さらに下層部、見つけづらい鍾乳洞の奥にある 水晶水路と呼ばれる 回廊から 削り出だされたものである。
この丸く・・・ 完全な真球の形に削られた水晶に、天才魔術魔法使い アガサ・ボナム=カーターが、編み出した「解析」魔法を埋め込んだら、一般に「属性判別水晶」よばれる 水晶玉が完成する。
あふれ出す光・・・その色は、その人が 得意とする属性をあらわし、例えば、赤色は、火魔法。 青色は、水魔法。 白色は、治癒魔法。 そして、ツヤのある黒色は、闇魔法・・・ の才能があることを意味する。
エセクタ魔法魔術学院にも、100個しか保管されていないこの貴重な水晶玉。 しかし、オリヴィアにとっては、子供のころからの遊び道具である。 何となれば、それは、母親の作り出したものであるからだ。
そして、子供のころの オリヴィアが もてあそんだ水晶から あふれ出した光の色は・・・。
それはさておき、Cクラスの教室にあふれる光。 その色にあわせて、生徒たちは、属性魔法の 契約を結んでいくことになる。
通常は、利き手の逆・・・ほとんどの人は、左手であるが・・・ に、1番目得意な属性魔法を、そして利き手に 2番目の属性を契約する。
これは、利き手に剣を持ち、逆手で魔法を使いこなした 魔法剣士ランスロット・マーリンの時代から 今まで、世代を重ねても 変わることのない エセクタ魔法魔術学院の 慣習である。
教室では、アメリア先生が、水晶から あふれる光に合わせて、生徒ひとりひとりの 属性魔法契約を済ませていく。
「アビーは、赤と黄色が強いですね。 左手に火魔法を。右手に土魔法を契約します。 よろしいですか?」
「はいっ。 先生。」
問答無用に、得意属性で契約を済ませてしまえば いいように思ってしまうが、このように、先生が 生徒に尋ねて確認を取るのには、理由がある。
例えば、赤、白、黄色の順番に光の色が強い生徒が居たとする。 普通であれば、火の魔法と 治癒の魔法属性で 契約を結べばいいのであるが、この生徒の家業が「陶芸」であれば、話は別である。 火の魔法と 土の魔法を契約することが、陶芸の道を 進むために有利になる。 このような生徒は、あらかじめ、親より 言い含められているため、先生から 確認をされた時に、自分の将来に有利になるよう 属性を選ぶことを 申告するのだ。
こうして、クラス全員の契約が終わるころ・・・ 太陽は、空高く登り、お昼の鐘が鳴り響いていた。
食堂へと向かう生徒たち。
それは、オリヴィアへの評価が、Cクラスの期待の星から、劣等生へと 変わるまで、つかの間の休息時間であった。
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