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勘違いのプロポーズ〜婚約破棄をしたのに今更何故ですか?〜 

作者: 悠木 源基

 Wヒロイン、Wヒーローの話となります。

 

 定番婚約破棄、魔女、魔物、とんでも設定なので、おおらかな気持ちで読んで下さると助かります。

 

 (クレアッティのターン・1)

 

 学園の卒業間近のある日、婚約者で王太子であるフォリス殿下が親しい友人達を集めたお茶会で、私に婚約破棄を言い渡しました。

 殿下の隣にはピンク頭に水色の瞳をした愛らしい令嬢が座っていて、殿下の腕に絡みついています。

 

「クレアッティ、君は王太子の婚約者の地位を後ろ盾にして、一学年下の子爵令嬢であるナンシー嬢を苛め、嫌がらせをしていたであろう。ナンシー嬢は君を怖いと毎日泣いているというぞ。

 そんな君は未来の王妃になるにはふさわしくない。

 それに比べて、ナンシー嬢は不器用ながら、コツコツと頑張る努力家だ。彼女こそ国母に相応しい。故に僕は君との婚約をは・・・」

 

「全くもって殿下のおっしゃる通りです。ナンシー様こそ国母に、殿下の婚約者に相応しい方です。

 ですから婚約破棄、謹んでお受けします」

 

 殿下の言葉が終わる前に、不敬ながらも私はこう言葉を挟んだ。

 もうそろいいんじゃないかしらって、正直私も思っていたので。

 予定より少し早かったけれど、こんな茶番はさっさと終わらせたかったし……

 

「「えっ?!」」

 

 しかし、私の答えが意外だったのか、二人は呆気に取られた顔をした。

 

「ですが、私がナンシー様を苛めたという件に関しては一応否定しておきますわ。見解の相違ですわね」

 

「見解の相違ですって? ぬけぬけとよくそんなことを言えますわね?

 私に授業に関係ない学問まで学ぶように命じたり、必要以上にマナーにケチをつけたり…

 私がフォリス殿下と親しくしていることにやっかんで意地悪をされていたくせに……」

 

 ナンシーのこの言葉に、殿下の側近候補達はピンときたようで、私ではなく、兄の顔を盗み見た。

 

 殿下の親しい友人達、即ち未来の国王の側近になるべき令息達の中には、私の二つ年上の兄もいるのだ。

 クライス侯爵家の嫡男であるアンソニーで、今は学園を卒業して政府の財務局に勤めている。

 未来の財務大臣候補の筆頭といわれているくらい優秀である。

 その兄が顔色一つ変えていないので、優秀な彼らはこれは既定路線なのだと理解したようだ。

 

「私がお教えしたことは、確かに学園の授業には関係ないかも知れませんが、ナンシー様には今後はとても役に立つと思いますよ。

 卒業したらすぐに学ぶお妃教育の内容ですからね」

 

「えっ?」

 

「私は三年前からお妃教育を受けていました。学園を卒業して半年後に結婚式を挙げる予定でしたので。

 

 しかしナンシー様は卒業後すぐに婚約したとして、結婚式を挙げる半年後までにお妃教育を済まさないと、式が延期になってしまいます。

 愛し合うお二人なのに、式が延期になったらお辛いでしょう?

 ですから、早いうちから学んでいた方が、後々楽になると思って指導させてもらったのです。

 

 余計なお世話だとは思ったのですが、王族関連の大きなご予定は数年後まで決まっております。

 それ故に特に王太子殿下のご結婚となりますと、変更になると大事になり、多くの人間に迷惑がかかります。

 それによって、殿下の評判が(これ以上)下がりますと、王家の威信にも傷が付きます。

 ですので、スムーズに殿下とナンシー様の結婚が行われますようにと、微力ながら元婚約者の最後のお勤めとしてやらせて頂きました」

 

「ほう、さすがはクレアッティ嬢、大したものだな。淑女の鑑!」

 

「先を見通して準備を進めるなんて、お手本にしたいな」

 

「ウェディングドレスを準備されていなかったのはそう言うことか。不要になるドレスに大金をつぎ込むなんて無駄だものな。さすがは財務大臣のお嬢様だ!」

 

 しきりに感心しまくっている側近候補の三人に、王太子は納得できない顔で睨みつけた。

 

「なんだそれは! まるで以前から僕が婚約破棄するのがわかっていたみたいじゃないか! いくらなんでも用意周到過ぎる!」

 

「えっ? とうの昔にわかっていましたわよ。

 まあ、卒業式にするのかと思っていたので、多少予定は早まりましたが。

 でも、早いことは却って婚約者変更による雑務を早く始められますから、良かったですわよね。皆様?」

 

 クレアッティが側近候補達に向かって声を掛けると、皆も嬉しそうに首肯した。

 

「殿下、ありがとうございます! 早めに婚約破棄して下さって!

 では早速準備にかからせてもらいます」

 

 殿下の側近候補達が喜び勇んで茶会を後にしたので、私も彼らに続き、王太子殿下に最高のカーテシーを披露して、優雅にその場を去ったのでした。

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

(フォリスのターン・1)

 

 親しい者達とのお茶会の場で、王太子である僕は、幼馴染みで婚約者である侯爵家令嬢のクレアッティに婚約破棄を告げた。

 すると、クレアッティは即座にそれを受け入れた。

 そして、新たな婚約者との結婚準備をしなければ、と言った側近候補の友人達と共に、さっさといなくなった。

 

 僕は唖然として、暫く椅子に座ったまま動けなかった。

 

 何故誰も反対しないんだ? 

 何故素直に受け入れるんだ? 

 何故ナンシーのことを知っていながら、クレアッティはずっと何も言わなかったんだ? 

 いや、言わないどころか、ナンシーのために自ら進んでお妃教育を施すなんて、一体どういうつもりだ!

 

 僕はこの場にただ一人残っていたクレアッティの兄、アンソニーにその疑問をぶつけた。

 するとアンソニーは淡々とこう答えた。

 

「何故反対する必要があるのです? 日頃から殿下は真に愛する女性と結婚したいとおっしゃっていたではないですか。

 態々それを皆の前でおっしゃるということは、その真に愛する女性とは妹のクレアッティではないということですよね?」

 

「いや……それは別にそう言うことじゃ……」

 

「今まで殿下は好きな人が出来たから婚約破棄すると、半年おきくらいの間隔で妹におっしゃっていましたよね。

 それで妹は思ったそうです。

 

『私が今婚約破棄を受諾してもまたその半年後には、新たに婚約者となったその浮気相手に、再び婚約破棄するに違いないわ。

 それを繰り返していたら、殿下は本当に廃嫡されてしまうわ、かつての王弟殿下のように。

 それなら殿下が本気で愛する相手を見つけるまでは、私が婚約者としてあり続けましょうと。

 そしてその真実の方が見つかった時には、王太子妃として相応しい女性になれるように協力しましょう』

 

 と。

 

 そして卒業まで半年を切った時点で、殿下はナンシー嬢と親密になられたので、今度こそ本命だろうと判断した訳です。妹も我々側近候補者達も」

 

「「エーッ!」」

 

 僕とナンシーは同時に声を上げたが、驚いたポイントは違うだろう。

 アンソニーは顔色一つ変えずにこう語ったが、最後ににっこりと笑った。

 

「我がクライス侯爵家も、無駄になる豪華なウェディングドレスや花嫁道具を準備しないで、本当に助かりました。いくらお支度金を頂いても不足分は持ち出しになりますからね。

 そうそう。お支度金は慰謝料と相殺させて頂くということでよろしいですか? 

 まあ、後ほど追加で頂くことになるとは思いますが。

 オットー子爵家にも慰謝料を請求いたしますので、お父上にもそうお伝え下さい」

 

 それを聞いたナンシー嬢が真っ青になった。

 

「何故うちが慰謝料を支払わないといけないんですか?」

 

「何故って、婚約者がいるのがわかっていて殿下と付き合っていたのだから当然でしょう?」

 

「でも、クレアッティ様は容認して、進んでお妃教育までして下さったのでしょう?」

 

「それは別に貴方のためではなく、殿下というか、国のためにしたことです。

 それに妹は進んで貴女と殿下を結びつけようとしたのではありません。浮気をされて仕方なく貴方を認めざるを得なかっただけです。

 ですから、慰謝料を頂くのは当然でしょう?」

 

「そ、そんなぁ。

 それに、わ、私、殿下がそんなに浮気症だったなんて知りませんでしたわ」

 

「まあ、貴方は一年前に編入されたばかりだし、助言してくれるご友人も作らなかったようですしね」

 

「酷いわ、そんな言い方。作らなかったじゃなくて、できなかっただけなのに……みんな私を避けて意地悪するから」

  

「馴れ馴れしく王太子殿下に近づくような女性には、常識人なら近寄ろうとはしないですよね、普通。

 それにすぐ人のせいにしたり、注意を意地悪と捉えるのは止めた方がいいですよ。

 貴方は王太子妃になるんでしょう?」

 

 アンソニーが、クールに容赦なく言葉を続ける。

 近頃彼は僕には無関心だったが、さすがに僕の今日の行いに堪忍袋の緒が切れたのか、それともこれが最後だという意思表示なのか……

 僕はついにアンソニー、いやクレアッティの地雷を踏んでしまったことを悟った。

 

 僕は絶望的な気分になった。

 

 僕がナンシー嬢の顔を見ると、彼女は真っ青な顔をして僕にこう尋ねた。

 

「殿下、私は殿下の真実の相手ですよね? もう、違う女性に目移りしたりしませんよね?

 私だけを好きでいて下さると誓ってくださいますよね?

 そうすれば、私はどんなに厳しいお妃教育でも頑張ります」

 

「・・・・・」

 

「殿下? 何故返事をして下さらないのですか? 

 私だけを愛し続けて下さいますよね?」

 

「それは無理だ……」

 

 僕が正直に答えると、ナンシーは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして僕を見た。それから顔を真っ赤にしてこう叫んだ。

 

「何故ですか? 私を好きだと言ったじゃないですか、あれは嘘だったんですか!」

 

「嘘じゃない!

 確かにそう言った。だけど、それは僕の意思じゃない。それにずっと君だけを愛し続けるのは無理だ。

 これは王家の血筋なんだ。一人の女性だけでは我慢できないんだ。

 うちの父親みたいにずっと母一筋なんて方がおかしいんだ。

 

 アンソニー、何故なんだ。

 クレアッティだってそれを理解していたじゃないか!

 それなのに何故今更婚約破棄を受け入れたんだ!」

 

「殿下、言っている意味がわかりません! 私と結婚するとおっしゃったのに、本当はクレアッティ様と婚約破棄するつもりはなかったって、どういうことですか!」

 

 ナンシーがヒステリックに叫んだ。そりゃあ怒るよな、わかる、わかるが、耳元でそんなに叫ぶなよ! 鼓膜がやぶれそうだ!

 

「どうせ、婚約破棄を告げてもクレアッティが応じないと思われたからでしょう?

 

 そしてクレアッティが拒否したら、殿下はその交換条件として、ナンシー嬢を側室、いや、即位するまでは愛人にすることを認めさせようとしたのでしょう?」

 

 アンソニーが冷ややかにそう言った。

 当たりだ。

 僕はクレアッティを愛している。だから本気で彼女と婚約破棄するつもりなんか全くなかったんだ。

 彼女も僕からは絶対に離れないと思っていた。僕がどんなによそ見をしても……

 

 馬鹿だ……

 クレアッティもアンソニーも側近候補達も、みんなもう僕を見限っていたんだ。だから近頃何も僕に忠告をしなくなっていたんだ……

 

 いや、そんなことはわかっていたさ。

 自分で言うのもなんだが、僕は本来頭は悪くはないんだ。目の前のアンソニーや他の側近候補達に引けは取らないくらいは。

 だからこんな馬鹿な計画を立てたのは僕の本意じゃない! 僕の脳内に馬鹿な魔女の言葉が響き渡ると、もう逆らえなくなるんだ!

 

 僕が心の中で憤っていると、思い切りナンシーに頬をぶたれた。

 どんなに浮気をしても、クレアッティには一度たりとぶたれたことはなかったのに!

 

「ふざけないで下さい! 私が愛人になんかなるわけないじゃないですか! 馬鹿にしないで下さい」

 

 ナンシーは僕にこう叫ぶと、今度はアンソニーの方に向かってこう言った。

 

「クライス侯爵令息様、今回のことは本当に申し訳ありませんでした。

 私が愚かだったのだとようやくわかりました。

 許して頂こうとは思いませんが、慰謝料だけは子爵家に請求しないで下さい。

 子爵家の義父は孤児になった遠縁の私を、善意で引き取ってくれたんです。ですから迷惑をかけたくありません。

 その代わり、一生侯爵様のお屋敷で住込で働かせてもらいます。最低賃金で。

 もちろん王家から不敬罪で処分されなかった場合ですが!

 どうかお願いします!」

 

 深々と頭を下げたナンシーに、さすがのアンソニーも呆気にとられた顔をした。

 しかし、すぐに笑い出した。

 

「今すぐ返事はできないが、検討してみるよ」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 幾分ホッとした顔をしているナンシーを、僕はぶたれた頬を片手で押さえながら、ほんやりと見ていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 (クレアッティのターン・2)

 

 私は城を出ると、その足で王都の外れにある森の中へ向かった。

 その森の奥深くに叔母の家があるのだ。通称『美魔女の家』だ。

 

「叔母様、こんにちは!

 ついに私も婚約破棄されました!」

 

 私は元気よくそう言いながら戸口の扉を開けたが、その瞬間に固まった。なんと家の中には客人がいたのだ。

 

「クレア、無作法ですよ!

 侯爵令嬢ともあろう者が……」

 

 叔母のエレーヌに静かなしゃがれ声で窘められた。

 

 暖炉の明かりだけで照らされたリビングの中で、叔母はロッキングチェアに座っていた。いつものモコモコの膝掛けをして。

 

 そしてその叔母の前には、跪いて叔母の手をとったままこちらを振り返った男性がいた。

 もしかして、これって、とても不味いタイミング? これって、求婚していたのよね?

 

 私はパニックって、慌てて外へ出ようとしたが、叔母はいつもの冷静な声でこう言った。

 

「ああ、貴女は出て行かなくてもいいわ。もう用が済んだから、この方はもうお帰りになるわ」

 

「用が済んだ? えっ、でも……」

 

 プロポーズしていたんじゃないの? それとも叔母様、即答したの? まさかのお断り? こんなイケオジを? 

 

 そう。叔母の前に跪いているのは、四十ちょい手前くらいのかなりの美丈夫。まるで騎士のような立派な体格だが、そっち方面ではなさそうだ。

 とにかく優雅というか気品があり、その上色気がムンムンしている。

 誰かに似ている気もするが、とにかく滅多にお目にかかれない特級品だ。

 

 もっとも見た感じ二人は、丁度母親と息子と言った風だったが。

 

 そのイケオジ紳士は、叔母のしわくちゃな手の甲に優しくキスをするとスクッと立ち上がり、眩いばかりの笑顔を見せてこう言った。

 

「エレーヌ嬢、また来ます。今日で百回目のプロポーズでしたが、お返事を伺うのは次回にします。よいお返事を期待しています」

 

 そして今度は私を見て微笑んだ。

 うっ、眩しいわ! オジサマ好きではないけれど、クラッとしてしまいそうな威力だわ。一体何者?

 そう私が思った瞬間、イケオジが私に向かってこう言った。

 

「いつもいつも私の甥がご迷惑をおかけしてすみません。

 もしかして今日あの子は婚約破棄をしたのですか?

 きつく叱っておきますから、今回だけ、ご容赦願えませんか?」

 

「エーッ! 甥? まさか、貴方様は……!!」

 

 私が悲鳴を上げると、叔母が今度は片眉を上げて、さっきよりも低い声で言った。

 

「叱るって、貴方にそんな資格あるの? 

 自分だって散々浮気をした挙げ句に、学園の卒業式に私に婚約破棄を突き付けた前科者のくせに」

 

 やっぱり!!

 

 目の前のイケオジは現国王陛下の弟君、つまり王弟で、十数年前に素行不良で王族の身分を剥奪されたアラン様だ。

 しかも叔母のエレーヌを人前で婚約破棄した元婚約者。何故ここにいるの?

 

「ですから私のようにならないように、前々から諭していたのですが、やっぱりこの血の呪いは強烈で、抗うのが難しかったようだ。

 しかし、今回のプロポーズを貴女に受け入れてもらえれば、それが呪いに打ち勝った証になります。

 そうすれば甥のフォリスにも堂々と説教ができますからね」

 

 アラン様は叔母にウィンクをし、私には片手を振って外へ出て行きました。

 

 私は暫く呆然とアラン様の後ろ姿を扉を開けたまま見つめていました。

 しかし、『寒い!』と文句を言った叔母の声に我に帰りました。そして慌てて扉を閉めてから叔母に駆け寄りました。

 

「何故アラン様がこの家にいたんですか? 

 しかも百回プロポーズしたとかおっしゃってましたが、何なんですか!

 散々浮気をして叔母様を苦しめた挙げ句、衆人環視の中で叔母様に婚約破棄して、叔母様を社交界から抹殺したくせに今更!」

 

「貴女の言う通り今更って感じなのだけれどね。もう八年も前から毎月ここに通っているのよね」

 

「八年? 婚約破棄騒動は十年前でしたよね?」

 

「ええそうね。

 ほら、婚約破棄された後、私は姿を消してここに隠れ住んでいたでしょ? 

 自分から婚約破棄したくせに、私がいなくなってから死ぬような苦しみを味わったんですって。

 どうもそれが本当の魔女の呪いだったらしいわ。

 

 それで二年間ずっと私を探していたらしいの。まあ、そのことは私も噂では知っていたけど、いくら魔女の呪いと言われても、あれだけ傷付けられて、身も心もズタズタだったからねぇ。

 知らん振りしていたわ。

 

 それに、あの人を繋ぎ止めたくて、まだ婚約していた頃に色々と薬を試していたでしょ、容姿を変えられる秘薬を……

 その副作用でご覧の通り老婆のような姿になってしまったから、どうせ彼には見つからないと思ってたわ。いえ、見つかってももうどうにもならないと思ってたわ。

 

 ところがね、別れて二年後に、突然ここに客として現れたの。薬草を買いにね。

 そして私を見た途端にプロポーズをしてきたわ。それが一回目ね。それから毎月欠かさずプロポーズをしにやって来て、今日が九十九回目。

 来月百回目のプロポーズをして、私がそれを受け入れたら、あの人の呪いが解けるんですって。

 彼は回数を一回間違ってるわね。

 

 その呪いって、愛する人ができると、却って他の女性と浮気をしたくなり、そのせいで本当に好きな女性に捨てられる。すると今度は、愛する人に会えなくなって死ぬほど苦しくなる、というものだったらしいわ。

 

 

 大昔、一生君をだけを愛すると誓って、絶世の美女の魔女と結婚した王様がいたんですって。

 それなのにその王はわずか数年で愛人を作って、王妃となった魔女に冷たくなったんだそうよ。その上子供まで作ってしまった。

 魔女はとても悲しみ、とても苦しみ、そしてとても夫を憎んだ。そして夫と愛人との間にできた父親そっくりの息子に呪いをかけたの。

 

 本当に愛する人ができても、決して結ばれなくなる呪い……

 

 愛する人を大切にしたいと思えば思うほど、違う女性達へ目が向いてしまう。

 どんなに寛大な女性でも心を病み離れて行ってしまう。

 愛する女性に見捨てられると、今度は浮気相手には興味が一切なくなってしまい、本当に愛する女性だけを求めるようになる。でも既に彼女の姿はない。

 呪いをかけられた王は、愛する女性がいなくなると気がふれたように苦しむけれど、だからといって寿命が来るまで、自ら死ぬことも許されないのですって。

 

 まるで救いのない呪いよね。

 

 そしてこの呪いにかかるのは、魔女の夫と同じ銀髪の王子のみ。

 過去にはこの呪いを避けるために、一人の女性を好きにならないように、女性との接触を避けたり、好きになった女性を閉じ込めて逃げられないようにしたりしたけれど、どれも成功しなかったらしいわ……

 

 大概の王子は運命に逆らうのをやめ、王位を別の兄弟に譲り、女遊びを繰り返す。中にはそのせいで人から恨みを買って命を落としたり、罪を犯し、投獄された者もいるというわね。

 

 しかし、その呪いを解く方法がないわけでもないんですって。

 魔女の呪いは悪魔のソレとは違い、必ずそれを解く方法があるらしいわ。そもそもそれがないと呪いはかけられないらしいの。

 

 でね、その方法というのが、自分を心底嫌いになってしまった女性に、それでも誠心誠意愛を誓うことなんだそうよ。

 そう。百回プロポーズをして、それをもし彼女に受け入れてもらえれば呪いは解ける。そして、本当に愛するその女性と結ばれるのですって。

 

 一見すると簡単そうだけど、呪いを受けた身でそのプロポーズをするということは、精神的にも肉体的にもかなりの苦痛を伴うものらしくて、かなり辛いことらしいわ。

 その証拠に、まだ一人もその呪いの解除に成功した者はいないのだから」

 

 

 

「叔母様は来月そのプロポーズをお受けになるおつもりなの?」

 

「さあ、どうかしら? 私は既にこんなおばあさんの姿だし、今更、本当にあの美丈夫の男と再び恋愛できるとは思わないわね」

 

「でもその気があったから九十九回もプロポーズを受けたのでしょう? 態々聞かなくても良かったのに」

 

 私の問に叔母は皮肉っぽい笑みを浮かべて言った。

 

「これが私の復讐だとは思わないなんて、貴女って本当に素直な良い子ね。

 百回目のプロポーズを断られたら、あの人どうするつもりかしらね? 絶望して死ぬかしら?

 あら、そういえばあの人は勝手に死ねないのよね、ウフフ。

 

 でも正直なところ、どのみち私もそろそろお迎えが来そうだし、これであの人は苦しまなくてすみそうね……私が死ねば、苦しみも少しは和らぐでしょうし。

 

 そんなことを考えるなんて、結局私は、やはり今でもあの人を好きなのかしら? それとも腐れ縁からくる同情なのかしら?」

 

「叔母様……」

 

「ねぇクレア。貴女が本当に王太子殿下を嫌いだと言うなのなら、スッキリと別れた方がいいわ。

 けれどね。もし貴女がまだ王太子殿下のことを好きなのなら、王太子殿下のことを許して辛くても側にいてあげなさい。

 私のようにずっと一人の人に囚われたくはないでしょう?

 それに呪いを解く方法があるのだから、二人で試してごらんなさい」

 

 嫌い? 

 もちろん嫌いじゃないわ。殿下のことは……

 でも、絶対に私以外の女性は好きにはならない、自分は叔父とは違うって力強く言っていた殿下が、他の女の子に夢中になった時、心臓が潰れるかと思うほど苦しくなった。

 

 金色だった殿下の髪が次第に銀色に変化していった時、もしかして呪いが発動するかもと不安になったけれど、それでも殿下に限ってそんなことはないって無理に思い込もうとした。

 もでやはり呪いは発動してしまった。

 

 それは、殿下のせいじゃない。呪いのせいだとわかってはいたけれど、殿下が自分以外の女の子と仲良くしている姿をみせられるのは、やはり苦しかったし悲しかった。

 

 王家の呪いの話は婚約者になった者とその家族しか知らない。他の人には話せない。だから私には叔母にしか相談する人がいなかった。

 

 しかもその叔母は、自分と同じ思いを何十回もしたのよ。それを思い出す度に、辛さが更に増幅してしまったわ。

 叔母はその呪いに贖おうと精一杯頑張ったのに、結局婚約破棄をされた上に寿命まで縮めてしまったのだから。

 

 私はその叔母をずっと側で見てきた。だからこそ叔母のように強くはない私は、一度目の失恋で戦うのを止めたのだ。

 

 私は殿下のことなんてなんとも思ってない。ただの幼馴染みの友達だ。だから、殿下が何人好きになっても平気! 

 

 大体殿下が色々な女の子を好きになるのは、まだ本当に好きな子がいないから、その子を探しているだけなんだわ。

 殿下は私を好きだと言った。しかし私達は物心つく前から婚約をしていたから、殿下は私を好きだと思い込んだだけなんだわ。

 そうよ。私以外の本当に好きな人を見つけてくれれば、私は開放されるんだわ。早く婚約破棄されたいわって。

 

 

 そして実際にそうなった。殿下は本当に愛する人を見つけた。

 結婚すればもうどんなに彼が浮気をしても彼女は殿下から離れられない。

 かつて婚約破棄を繰り返した過去の国王達は、皆人心が離れていって、結局退位せざるを得なくなった。しかしフォリス殿下は、そうならずに済むだろう。

 婚約破棄は一度だけ。しかも王弟殿下のように公の場で大っぴらにしたわけじゃないのだから。

 

 本当に愛している彼女さえ離れなければ、殿下は苦しい思いをしなくて済む。これで良かったんだ。

 

 最初はナンシー様に悪いかしらとも思ったけれど、何も私が彼女と殿下を意図的に結び付けた訳じゃない。

 婚約者がいるとわかっていて殿下に近寄ったのは彼女自身なのだから自業自得だ。

 身分違いや、婚約者がいてもそれを押し退けて王太子妃を望んだのだから、夫の浮気くらい平気でしょ。

 私はそう思うことにした。

 

 そして今日、私の願っていた通りになった。

 

 本当に愛する人がいなくなったら、死ぬよりも辛くなるですって? そんなこと、今初めて知ったわ。

 でも、殿下はアラン様と違うわ。彼は私を本当に愛してなんかいないもの。

 私は……私は殿下を本当は愛していたけれど……

 

 フォリス殿下はアラン様のように、十年も元婚約者に許しを請い、プロポーズを繰り返すなんてこと、私には絶対にしやしないわ。

 

 

 だからもう、殿下の呪いが解けても解けなくても、私には関係ないのよ、叔母様……

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 (フォリスのターン・2)

 

 苦しい。心臓が潰れるかと思うほど苦しい。

 そう。婚約破棄を受け入れる、そうクレアッティに言われた時から胸が苦しい。

 そして彼女の姿が見えなくなってからは、もう耐えられないほど痛くて苦しい。

 

 ああ、叔父の言っていた通りだ。本当に愛する女性に嫌われたり去られたら、死ぬより辛い思いをすると……

 何度も何度も忠告を受けていたし、自分だって叔父のようにはなりたくないって思っていた。

 

 しかし、どこかで諦めていた。これは呪いなのだから仕方ないじゃないかと。贖おうと思ってそうできるわけじゃないと。

 クレアッティだってそのことはわかってくれている。

 だから大丈夫だと彼女に甘えていた。

 

 それなのに彼女は、

 

『殿下が本気で愛する相手を見つけるまでは、私が婚約者としてあり続けましょう。

 そしてその真実の方が見つかった時には、王太子妃として相応しい女性になれるように協力しましょう』

 

 と言っていたという。

 そう。私が本気で彼女を思っているということに気付いていなかった。いいや、恐らく意識的に否定していたのだ。その方が傷付かなくて済むから。

 

 彼女は、叔父に散々尽くした挙げ句に婚約破棄され、嘆き悲しみながら姿を消した叔母を、子供の頃から目の当たりにしてきたのだ。

 己の身(心)を守ろうとするのは当たり前ではないか!

 何故その当たり前のことに気付かなかったのか!

 

 たとえ自分の行動がその真逆な態度をとっていたとしても、せめて心の内の本当の思いだけは正直に彼女に伝え続けていれば良かった。

 口だけの男と罵られようと、それでも本当に愛する君とだけ結婚したいと、そう告げていれば良かった。

 

 もし彼女にそれを受け入れてもらえなかったとしても、誤解されるより遥かにマシだった。

 

 

 僕はナンシーに心から謝罪した。呪いのせいだとはいえ、君をもて遊ぶような真似をしてすまない。

 侯爵家への君の分の慰謝料は、時間が掛かっても僕が支払うし、もちろん君の暴力を不敬罪に問うこともしない。

 今日の出来事も外へは絶対に漏れないように配慮すると。

 ただし、君への賠償をする気は僕にはない。君だって僕同様にクレアッティを傷付けて苦しめたのだから……とそう告げた。

 

 ナンシーは素直に頷いた。そしてこう言った。

 

「私が自分の立場を弁えなかったからこうなったのですから、自分が傷付いたことは自業自得です。

 クレアッティ様には本当に申し訳なく思っています。自分なりに謝罪を考えます」

 

 と。

 

 それから僕はアンソニーにも謝った。そしてそれから、とうにいなくなった他の側近候補達に、今日のことを絶対に漏らすなと伝えろと命じた。

 

「そんなことをしても今更なかったことにはできませんよ」

 

 アンソニーにそう言われた。わかってるさそれくらい。

 それから僕は護衛を連れて城を出た。

 

 目的地は王都の外れの森の中。

 その森の奥深くに叔父の家があるのだ。通称『美丈夫の家』だ。

 

 

「叔父上、助けて下さい!

 とうとう僕は婚約破棄をしてしまいました!」

 

 小さいあばら家の扉を開けると、そこにはこの家に全く不釣り合いの男が、暖炉の前のロッキングチェアに座っていた。

 淡い金髪に青い瞳、男である自分でも見惚れてしまうたくましい体躯をした男は、上品で優雅で、国王である父親よりもよっぽどザ・王族!っていうオーラを放っていた。

 

 そんな叔父を一目見て僕は固まった。何故なら暫く見ないうちに、銀髪だった叔父の髪が金色に変化していたからだ。

 

「フォリー、無作法だよ!

 王太子ともあろう者が……」

 

 僕は叔父アランのイケメンボイスで窘められた。しかしそれどころではない。

 

「叔父上、その髪はどうなさったのですか? 呪いが解けたのですか?」

 

「恐らくまだ完全ではない。しかし呪いが大分弱まっているのは確かだ。その証拠に最近女性を見ても発情しなくなった」

 

「叔父上、下品です」

 

「いや、これが事実だ。お前だってそうだろう? 心と体が別物で、どんなに嫌いな女でもものにしたくなる。その後で何度激しい後悔に苛まれようと…」

 

「僕は叔父上とは違います。動物以下のようなそんな振る舞いはしていません。

 確かに、クレアッティ以外の女性の体に、望んでもいないのに触れたりキスまではしましたが、最終的なところまでは至ってはいません。

 僕は愛するクレアッティ以外の女性と、そんなことをするつもりはありません」

 

 僕が正直にそう明らかにすると、叔父は驚愕した。そして顎に手をやって考え込んだ。

 

 そして徐にこう言った。

 

「お前は生まれた時には金髪だった。それが銀髪に変化したのは確か十三の年くらいだったな? 

 

 呪いがなくても思春期の男なら、普通は心とは関係なく体が反応してしまうものだ。

 それなのに最後まで行かずに我慢できたということは、もちろんお前の精神力もあるのだろうが、呪いの力そのものが弱いのかも知れないな。生まれながらの銀髪ではなかったから。

 とすれば、呪いを解くのも私ほどは時間がかからないかも知れないぞ」

 

「本当ですか、叔父上?」

 

 絶望の中にも、僕は微かな光明を見た気がした。

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (クレアッティのターン・3)

 

 婚約破棄された筈なのに、私はあの日以降も学園に通っている。

 何故なら、フォリス殿下と私とナンシー嬢のスキャンダルが表に出なかったからだ。大騒ぎになるかと思っていたのに、一切そんな噂は流れなかった。

 

 ナンシー嬢も普通に学園に通ってきている。しかもなんと彼女は私の家から登校をしている。

 何故そんなことになったかというと、ナンシー嬢は殿下と浮気をした謝罪のために我がクライス侯爵家でメイドとして、住み込みで働くことになったのだ。

 もちろん本人の希望で。

 仮にも子爵令嬢が侍女ではなくてメイド? 私は仰天したが、

 

「貴族としての常識も持ってもいなかったことを自覚しましたので、メイドとして一から学ばせて頂きたいと存じます」

 

 と殊勝なことを言っていた。

 これって本当に本人の希望? それとも王家の秘密を守るために彼女を見張るために兄が仕組んだの?

 本当のところはわからないが、彼女は学園に通いながらも、屋敷に戻るとせっせと下働きをしている。

 

 そして唯一学園生活で変わったといえば、フォリス殿下が休学していることだ。

 殿下が勝手にした婚約破棄が国王陛下の耳に入って謹慎になったのか、それとも本当に病気になったのかはわからないが病欠となっている。

 一応私はまだ婚約者のままのようなので見舞いに伺おうとしたが、伝染るといけないのでと断わられてしまった。

 

 そして卒業式。ついにその晴れの場にも殿下は出席されなかった。

 

 卒業式の答辞は王太子殿下の婚約者として私が代理をした。

 

 そして式の最後に来賓としてお見えになっていた陛下の口から、フォリス王太子殿下が病気療養のために、保養地へ向かったという発表があった。

 当分王太子は表には出られないが、いずれは健康を取り戻してくれるだろう、と陛下は説明なさったが、講堂の中に起こったざわめきは暫く収まらなかった。

 

 国王陛下には三人のお子様がいらっしゃる。しかし、フォリス殿下以外は王女様だ。一応王女様にも王位継承権はあるので、社交界は大分騒がしくなることだろう。

 

 それにしても、フォリス殿下はそんなに体調がお悪いのだろうか……

 本当に大丈夫なのかしら?

 そもそもどこがお悪いのかしら?

 

 卒業パーティーに殿下が欠席されることはわかっていたので、私は兄にエスコートを頼んでいた。

 そして私は兄とダンスを踊りながらも、殿下のことにばかり気が向いていた。

 そんな私は兄から、頼むから足は踏まないでおくれ、と再三苦笑いをされてしまったのだった。

 

 

 そして、学園を卒業してから一年近く経った。私は相変わらず王太子殿下とはお会いできていなかった。

 

 巷では、殿下の五つ下の王女殿下が婿をとって王位を継ぐのではないか、という声まで大っぴらに噂に上がるようになっていた。

 父のクライス侯爵はこの噂が出てから一層、王太子殿下と私の婚約解消を何度も願い出ていたが、国王陛下に保留されたままになっている。

 因みに父親は、私が婚約破棄をされたあの事件を知らない。恐らくナンシー嬢の事情も知らない筈だ。

 

 そして私は、卒業後は毎日のように森の中の叔母の家に通っている。

 正式に殿下との婚約が破棄されたら侯爵家を出て、叔母の跡を継ごうと思っているからだ。

 

 叔母から薬草の作り方を学んでいる。

 もっとも叔母は美容に関する薬が専門なので、基本的なこと以外は私のほぼ独学で学んでいる。王立病院から病理学と薬学の本を借りてきて、それを元に薬の研究をしているのだ。

 フォリス殿下の病気が何なのかはわからないが、少しでもお役に立てばいいと思って取り組んでいる。

 

 そう言えば、アランさんは九十九回のプロポーズをした以後、叔母の元に訪れていないという。

 

「まさかこの期に及んで、恐れを成したという訳ではないですよね、アラン様は……」

 

「さすがにそれは違うと思うわよ。恐らく今とても忙しくて、単にここに来る余裕がないのね」

 

 叔母は淡々とこう言った。

 腹が立たないのかしら、自分より別のことに重きを置くことに、と私は思った。

 

 実はこの一年、私も確かに王太子殿下には一度もお会いしてはいないのだが、手紙は頂いているのだ。

 数日ごとに謝罪と私への愛だけを綴ってある手紙を……

 本当はそんなことより、殿下が今どこにいてどんな様子なのかを知りたかったのだが。

 

 すると叔母が突然話題を変えてこう私に話しかけてきた。

 

「そう言えば国境近くの森の魔物が、最近とても大人しくなったという話を知っているかしら?」

 

「ええ、もちろんよ叔母様。王都じゃその話題でもちきりだもの。

 なんでも百年振りと言われる最強五人組の冒険者パーティーが、ついに大暴れしていた魔物のボスを倒したんですって!

 

 そのパーティーの若きリーダーがまるで親の敵をやっつけるみたいな、鬼気迫る戦い方をするので、大概の魔物は、その冒険者を見ただけで固まってしまうそうよ。

 まぁこういうのは大袈裟な尾ひれが付くものだから、話半分として聞いた方がいいのでしょうけど、それにしても凄いですよね。

 その冒険者パーティーが王都に凱旋したら、もう大騒ぎになるだろうってみんな言ってるわ」

 

「そうでしょうね。それにきっと王城に呼ばれて、報奨されるでしょうね。

 その時には是非貴女もお城へ行って、どんな様子だったか私にも教えてちょうだい」

 

 叔母が冒険者に興味があるだなんて意外だった。私が驚いた顔をしていると、叔母は珍しくにっこりと笑ってこう言った。

 

「昔に比べると、この森もずいぶん安全になったと思わないこと?」

 

「そう言われればそうですね。叔母様が最初にここに住むようになった頃は、危険な魔物も結構いたから心配していたわ。でも、今はおとなしめの魔物しかいないですね。どうしてかしら?」

 

 私が頭を捻ると叔母は、

 

「今話題の冒険者の中の一人が、以前この森の中に住んでいたそうよ。そしてその人がたった一人で、人間に危害を与える魔物を数年がかりでやっつけてくれたらしいわ。

 それを知ってから、私はずっとその冒険者に感謝してるのよ」

 

 と言って、まるで少女のような顔をして微笑んだ。

 

 

 近頃叔母はずっと機嫌がいい。まるで何か楽しいことを思い浮かべているかのように。

 

 私としては冒険者様よりアラン様のことの方が気になるけれど、叔母が気にしないのなら放って置いてもいいかしら。

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (フォリスのターン・3)

 

 学園の卒業の一月前、僕は両親の許可をもらって叔父アランの元に向かった。そう、魔女の呪いを解く指南を受けるためだった。

 

 その時何故か、僕の側近候補の三人も一緒に付いてきてくれた。

 

 

 自分は終わりのわからない旅に出るようなものだから、付いてくる必要はない。

 君達は皆優秀なのだから、王城に留まって国のために働いて欲しいと言ったが、彼らは、

 

「自分達はフォリス殿下の側近候補ですから、どこまでもお供します」

 

 と言って付いてきてくれた。まだ候補なんだから付いて来なくてもいいのに……と僕は泣き笑いしてしまった。

 

 

 クレアッティと会えなくなってから、僕は頭がおかしくなるほど苦しい。それを和らげるには誰でもいいから女性と関係を持つしか方法はないらしい。

 確かに女性が目に入ると、体全体が熱くなる。それは、以前浮気をしたくなっていたあの誘惑とは比べられないほどの強い欲求だった。

 

 しかし昔も今も、自分が愛しているのはクレアッティだけだ。他の女性と関係を持つだなんてとんでも無い。

 それにクレアッティだけでなく、相手の女性に対しても申し訳がない。

 

 学園時代の浮気は、相手もこちらに婚約者がいるとわかっていながら近づいてきた相手だから、まあそれほど罪の意識はない。

 それに浮気っていってもせいぜい軽いキス止まりだったしね。

 

 とにかくこの呪いによる苦しみから少しでも逃れるために、僕は叔父や側近候補三人と共に国境近くの森を目指した。

 森の中なら滅多に女性に出会わないだろう。魔物にはたくさん遭遇するだろうが……

 

 

 そして森の中でサバイバル生活をしている間に、いつしか僕達は、百年振りに誕生した史上最強五人組パーティー、と呼ばれる冒険者になっていた。

 

 しかも森の最強ボスをやっつけたと同時に、僕達は最強最悪の魔女を支配下に置いたのだった。

 そう。大昔、王家に呪いをかけたあの魔女。そしてかつてのこの国の王妃……

 

 ここ数年この国境近くの森の中では、魔物のボスが力をつけていて、元々住んでいた魔女は次第に追い詰められ、今では限られた狭い場所に封じ込められていた。

 

 魔女は森の魔物を退治しまくる僕達にすり寄ってきた。

 しかし、僕の側近候補達だけでなく、いくら呪いをかけられている僕だって、そんな怪しさムンムンの年上の美女なんて相手にする気にもならずに避けまくった。

 

 あちらも最初から若造を相手にするつもりはなかったのだろう。あっさり叔父を標的に定めた。

 魔女はこちらを味方につけようとして、ありとあらゆる手練手管を用いて叔父を誘惑しようとした。

 しかし、結局叔父を陥落させることはできなかった。

 

「何故じゃ、何故(わらわ)に惚れぬのじゃ!」

 

 そう叫んだ美魔女に、叔父は軽蔑の眼差しを向けてこう言った。

 

「お前が美魔女だって? ふざけるな! 

 私はかつて十数人の美女に化けて私を誘惑しようとした、本当の美魔女と長年戦いを繰り広げたのだぞ。

 今更お前程度の美女に陥落させられるわけがなかろう!」

 

 その本物の美魔女って、叔父上の元婚約者でクレアッティの叔母上のことだよな。

 その美魔女を振り切って浮気を繰り返した叔父って凄過ぎる。いや、呪いの力が強過ぎたということか?

 

 叔父の言葉に魔女は大きく目を見開いた。そして激しい憎悪を溢れさせた目で、自分を射殺そうとしている男を見た。

 その時初めて目の前の男が、自分が呪いをかけた王子だと気付いたようだった。

 

「お前は王弟か? 何故じゃ、お前の呪いはまだ解けていないはずじゃ!」

 

「魔物が張った結界で外界から遮断されて、お前は気付かなかったらしいな。

 残念だが、お前のかけた呪いは一年前に既に解けている。

 呪いがなくなった私が、愛するエレーヌ以外の女に目が向くはずがないだろう!」

 

 エーッ、そうなの? 

 叔父上、いつ百回目のプロポーズをしてたの?

 いつエレーヌ嬢が叔父上のプロポーズを受け入れてたの?

 

「お前が王家を恨み、呪いをかけたくなった気持ちがわからない訳じゃない。しかしお前はこんなに悠久の時を過ごしても、己の愚かさに気付かないのか?

 お前のせいで、己と同じ辛く苦しい思いをする女性を何人生み出してきたのかわかってないのか。

 いや、王子の想い人だけではない、王子の呪いのはけ口にされた無関係の女性達のことをどう思っているのだ?

 

 お前こそ全女性の敵だ! 本物の悪魔だ!」

 

 魔女はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

 

 森の魔物を大量に倒していた僕らは、それこそ多量の魔力を己の身に保有していた。それこそ魔女を殺せるくらいには。

 

 しかし叔父は魔女を殺さず、三つのことを命じた。

 一つ目は王家の呪いを完全に解くこと。

 二つ目は今後は修道院へ入って自分が不幸にした多くの女性達に対して謝罪し続けること。

 三つ目はとある魔法をかけること。

 

 そしてその後僕達は魔物のボスを五人で力を合わせて倒し、魔女を引き連れて王都へ戻ったのだった。

 


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (クレアッティのターン・4)

 

 百年振りに誕生したと言われる史上最強五人組が、国境の森の大ボスを倒して王都に凱旋した。

 彼らのパレードには、王都中の人間が集まったのではないかと思えるほどの人だかりができたらしい。

 

 しかもその英雄達を目にした女性達が、あちらこちらで悲鳴を上げて倒れたので、王都のメインストリートはパニック状態だったという。

 

「なんでもね、その五人組というのがとにかく揃いも揃って美形だったらしいの。

 しかもそれぞれ違うタイプの美形らしくて、既に一人一人にファンクラブができているんですって。

 まだ帰還して一週間しか経っていないのに」

 

「まぁ、凄いこと。

 それならきっと、その中には貴女の好みのタイプもいるといいわね。

 明日の叙勲の式典が楽しみでしょう?」


 そう。私はまだ形式的には王太子の婚約者なので、王家主催の式典には参加しなければならないのだ。

  

「でも、伯母様はどうなさるの?

 伯母様にも招待状が届いていらっしゃるでしょう?」

 

 そして、何故か叔母宛にも招待状が届いたのだ。

 

「何故今更私のところにまでこんなものを?」

 

 叔母は王家の紋章入りの立派な封筒を手にした時、深く深く刻まれた眉間のしわをより一層深くして、珍しく露骨に嫌悪感を露わにした。

 

 叔母が怒るのはもっともである。

 叔母が社交界から去ってから既に十一年も経っているというのに、何故今頃叔母を公の場に引っ張り出そうというのだ。

 しかも叔母は、かつての社交界の華だった淑女の姿ではないのに。

 

「今更不敬罪になろうと構わない。行くつもりはないわ」

 

 叔母はそう宣言した。

 しかし、それは叶わなかった。

 何故なら、森の中の叔母に家に迎えに来たのは兄のアンソニーだったのだ。そして兄は何と叔母を脅したのだ。

 

「叔母上が式典に参加して下さらないと、私とクレアッティが処分を受けます。

 ですからどうか、私達のためにご同行願います」

 

 お兄様、鬼畜だわ!

 

 

 そして叔母と私はクライス侯爵家へ連れ戻された。そこで豪華なドレスに着替えをさせられ、髪を結われ、豪華なゴールドの装飾品を身に着けられ、化粧を施された。

 

 私はともかく、叔母の姿は気の毒だった。叔母が着せられたドレスは私以上に豪華で光り輝くゴールドのドレスだったのだ。

 

「アンソニー、これでは老人虐待だわ。もっと年相応のドレスを貸して下さらない? 亡くなった母のドレスがまだ残っているでしょう?」

 

 叔母はブカブカで体に全く合っていないドレスの裾を摘み上げながら、兄をきつい目で睨み付けた。

 しかし何故か兄は珍しく笑みを浮かべ、

 

「すぐに似合うようになりますから……」

 

 と、訳のわからないことを言って、全く取り合ってはくれなかった。

 

 叔母と私は護衛の手によって再びクライス侯爵家の馬車に乗せられ、王城へと強制連行されたのだった。

 そしてそこで私達が目にしたのは、それこそ私達以上にきらびやかな五人の男性陣だった。しかもどれも見知った顔だった。

 

 宰相の次男の黒髪のマット、近衛騎士団長の三男の赤髪のローリー、聖堂教会司祭長の次男の茶髪カール、金髪のイケオジの王弟アラン様……

 

 そしてそのアラン様をそのまま若くしたような、まるで騎士のような筋骨隆々で立派な体格をした、金髪のフォリス殿下……

 

 ん? フォリス殿下? 金髪?

 

 私は絶句した・・・

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (フォリスのターン・4)

 

 王城の大広間に入ると、そこには既に大勢の貴族達が集まっていた。しかも本来なら最後に登場すべき、王族である両親や妹達が立ったまま僕らを迎えてくれた。

 

 母は王妃の立場を忘れて僕に抱き付いて、無事で良かったと泣きじゃくった。

 そして妹達はお兄様格好いいわ!と黄色い声を上げた。一年前では、汚らわしい、触らないで!と避けまくっていたくせに……

 

 父の国王は僕の顔を見てやったな!って顔をした後、自分の年の離れた弟であるアラン叔父を固く抱きしめていた。

 恐らく十一年振りの再会だろう。

 

 そして周りを見渡すと、宰相夫妻、近衛騎士団長夫妻、聖堂教会司祭長夫妻もよくやった! 無事に帰ってきて嬉しい!と息子達を抱きしめ、肩を叩いていた。

 

 

 やがてラッパの合図で賑やかだった大広間が一旦静寂に包まれ、魔物退治の功績を称え、僕達冒険者五人組に報奨するための式典が厳かに始まったのだった。

 

 僕達五人は膨大な報奨金と爵位をそれぞれ与えられた。

 

 マットとローリーとカールは嫡子ではなかったので、これで養子に入らずとも貴族でいられる。今日からは三人揃って子爵だ。

 叔父のアランは王族を除籍されて平民になっていたが、これからは侯爵だ。本来の除籍だって魔女の呪いのせいだったし、今回の手柄だって叔父の功績が一番大きかったのだから当然だろう。

 そして僕に何で爵位?と思った。妹が女王になって、臣下に下った時用かな?と一瞬思った。

 しかし話を聞いているとそうではなく、僕の将来の子供のためだという。

 つまり将来王太子になれなかった、もう一人の僕の子供のための爵位だという。

 エーッ!何人王子が生まれるかもわからないのに、そんな爵位なんかいらないよ!と、僕は心の中で突っ込んだ。

 

「元々フォリス殿下が正式の王太子であり、それは揺るがないものであった。それにもかかわらず事実に反する噂を流した者達がこの中にいる。今それを調査しているところだが、分かり次第処分する」

 

 と宰相が言った時、真っ青な顔をした貴族が数人かいた。

 その貴族達の顔を瞬時に見て取ったらしいアンソニーが、ノートに素早くメモしているのがわかった。

 目ざとい彼は、この度の報奨金と僕の結婚式の延期にかかる費用の穴埋め先を、瞬時に見つけたようだった。さすがは未来の財務大臣だ。

 

 それから国王がこう言った。

 

「この度のそなた達の働きは言葉に尽くせぬほど大きい。

 国境沿いの森の魔物は我が国だけではなく、隣国も頭を悩ませていたからな。

 これからは安心して人や物の交流ができるようになり、ますます良好な関係がきずけるだろう。

 隣国の国王からも直々の礼状がと記念品が届いておる。

 そこで私も個人的にそなた達に褒美を与えたいと思っている。私に叶えられるとに限るがな。

 取りあえず遠慮せずに申してみよ」

 

 するとマットとローリーとカールの三人が顔を合わせ、無言で頷き合ってから、マットが代表する形でこう言った。

 

「陛下。できましたら、私共三人を、フォリス王太子殿下の側近にして頂けないでしょうか。身を粉にして殿下のために働きたいのです」

 

「優秀なそなた達が自らそれを望んでくれるのなら、寧ろ私はありがたいと思うし異議はない。フォリス、お前はこの者達を側近に召し抱えるつもりはあるか?」

 

「……馬鹿だな……、お前達はもうとっくに僕の側近じゃないか! もっと違うものを願えよ…」

 

 僕は三人をまとめて抱きしめて思わず泣いてしまった。周りからもすすり泣く声が聞こえた。

 国王も感極まって涙を浮かべながら、

 

「そうだな、そなた達には後で別の褒美を渡そう。よく考えておきなさい。

 そしてアランとフォリス、お前達はどうだ。何かあるか?」

 

 と問うてくれたので、僕達は頷いた。二人の願い事は同じだ。

 まず年の功で叔父がこう願い出た。

 

「陛下。私は過去に大きな過ちを犯しました。それはここにいる者達が全員知っている通りです。

 

 愛する婚約者がいながら浮気を繰り返し、その挙げ句、衆人環視の中でその婚約者に婚約破棄を突き付けたのです。

 そのために何の罪もない婚約者は社交界に出ることもままならなくなり、森の奥深くに隠れ住むようになってしまいました。

 

 私が何故そんな愚かなことをしたのかといえば、私に、いえ、王家には大昔から魔女の呪いがかけられていたからです。

 しかし今回の魔物退治の際、偶然にも私達はその魔女に巡り会い、ようやくその呪いを解くことに成功しました。

 

 私はこの十年、婚約者に謝罪し、求婚してきました。もし彼女の許しを得られましたら、是非私達の結婚を許可して頂きたいのです」

 

「もちろん、彼女の許しが得られたならば認めよう。

 しかしいくら魔女の呪いのせいとはいえ、お前のした仕打ちのせいで被った、令嬢の心身の痛み苦しみは計り知れないほど大きい。そなたのその望みが叶う可能性は、かなり低いと私は思うがな……

 さてクライス侯爵令嬢。この者の申込みを受ける気はあるか?」

 

 大広間の中にざわめきが起こった。そして多くの人々の視線が僕の婚約者であるにクレアッティに注がれた。

 

 違う!

 クライス侯爵令嬢って言っても、叔父がプロポーズしていた令嬢はそこにいるクレアッティじゃない! 僕は心の叫びを必死に我慢した。

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (クレアッティのターン・5)

 

 国王陛下に声をかけられ、叔母はギョッとした。そしてみんなの視線を浴びた私も。

 

 正直私の頭はまだ状況をよく理解できていなかった。

 目の前にいる魔物退治をした英雄達は、私の見間違いなどではなく、本当にフォリス王太子殿下とアラン様、そして私とも仲の良い友人達のようだった。

 滅多に王宮や王城に出向かなかったので、彼らまで姿を消していたことに気付かなかった。兄も何も言わなかったし。

 

 五人ともすっかり容貌が変わってしまっている。もちろん良い方へ。なるほどこれではファンクラブができて当然だわ……

 

 特にフォリス殿下はまるで別人だわ。たった一年でぐんと背が伸び、筋骨隆々になっている。しかもそれは私好みの細マッチョ。顔付きも凛々しく男っぽくなっている。

 

 そして一番の変化は髪の毛の色だった。

 フォリス殿下の髪の毛は生まれた時は金色だったが、十三の頃徐々に銀色に変化していった。

 最初から銀髪だったら、間違っても婚約させなかったのにと父のクライス侯爵は言っていた。

 自分のかわいい妹が銀髪アラン様のせいで、散々な目に遭わされたからだ。

 

 それが、今目の前にいる殿下の髪の毛は金髪です。婚約した頃のような明るい金髪……

 つまりこれは、魔女の呪いが本当に解けたということなのだろうか?

 

 フォリス殿下は青く澄んだ瞳で、私の榛色の瞳を見つめていた。とても熱い目だった。私の体の熱が一気に急上昇した。

 しかし私は、一旦その目を外して叔母のエレーヌを見た。叔母は陛下の言葉に痩せた体を硬直させて、アラン様を凝視していた。

 

 やがてアラン様は、冒険者とはとても思えない優雅な足取りでこちらに近付いて来た。

 そしてサッと叔母の前に跪き、叔母の痩せ細った手を取ってそこに口付けた。それから静かな声でゆっくりとこうおっしゃった。

 

「エレーヌ嬢、どうか僕と結婚して下さい。これが百一回目のプロポーズになりますが、どうか私の申し出を受けて下さい」

 

 えっ? 百一回目? 百回目じゃないの? まだ勘違いしていたの?

 

 私がプロポーズの回数に驚いていると、周りではアラン様がプロポーズした相手を知って驚きざわついていた。

 叔母はその周辺の反応にムッとした表情をして、アラン様にこう言った。

 

「ご覧なさい。これが普通の反応よ。貴方は私を馬鹿にしたいの?」

 

「馬鹿にする? とんでもない。

 かつて貴女は色々な女性に容姿を変えていましたよね。

 十一年前貴女は、

『私がどんなに容姿になっても結局貴方の心を繋ぎ止められないのね』

 と言う言葉と共に私の前から姿を消しました。

 

 でもそれは違う。魔女の呪いによって体は別の女性へ向かいましたが、いつだって私の心は貴女を求め、恋い焦がれていました。

 貴女に去られて死ぬほどの苦しみを味わいながら、それでも魔女の呪いと戦い続けたのは、貴女を本当に愛していたからです。

 それに貴女が受けた苦しみ悲しみが私のそれよりも大きいことを知っていたから、私は負けるわけにはいかなかった。

 

 今までの百回のプロポーズは全て、本当に貴女への誠心誠意思いを込めてしてきたつもりです。

 

 もう一度言います。

 私は貴女がどんな姿であっても貴女だけを思い、愛しているのです。

 私を許してくれとは言えない。だがどうか貴女の側に居させて欲しい。

 私の百一回目の申し出を受け入れて欲しい。お願いします」

 

 アラン様……私はアラン様の醸し出す色気に一瞬ふらっとしかけましたが、グッと足を踏ん張りました。

 そして叔母を見ると、叔母はヘーゼルナッツ色の瞳から涙を溢れさせながら、小さいけれどしっかりと「はい」と返事をしました。

 

 その時です。突然真っ白な靄?煙のようなものが叔母の体を包み込みました。

 

「叔母様!」

 

 私は慌てて叔母にしがみつきました。すると骨ばっていた叔母の肩というか腕周りが、突然ポワンと、何か弾力性というか柔な感触に変わっていました。

 

 えっ!

 

 いつの間にか私がしがみついていた老婆姿の叔母は、若々しい絶世の美女に変化していました。

 そう、幼い頃見ていた、叔母の元々の姿……から少しお年を召した、本来の年相応の三十代前半の、気品と色気を兼ね備えた女性に。

 

 あのブカブカだったドレスが、まるであつらえたかのように叔母にピッタリと合っていた。

 そしてアラン様の髪色の金色のドレスは光り輝き、叔母の美しさを一層引き立てていた。

 

 なるほど。兄は最初からこうなることがわかっていてこのドレスを準備したのか。さすがだ。

 叔母と一緒に老人虐待だなんて思ってごめんなさい!

 

 魔女を捕まえたと言っていたから、彼女にやらせたんだなと私は納得した。

 そもそも悪いのは大昔の国王であって、叔母は完全な被害者だ。まあ、これくらいは当然よね!

  

 幸せそうに抱き合う二人を見て私はそう思った。

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 (フォリスのターン・5)

 

 幸せそうに抱き合う二人を見て僕も心底ホッとした。

 正直エレーヌ嬢が叔父のプロポーズを受け入れてくれるかどうか、僕は半信半疑だったから。

 

 だっていくら僕より強く呪いが掛かっていたとは言え、叔父は僕と違って、本当に完全に浮気をしてたんだぜ。

 しかも学園の卒業式という衆人環視の中で婚約破棄をしたんだ。

 そのせいでエレーヌ嬢は人前に出られなくなった。しかも寿命まで縮めて。

 

 そりゃ、その後叔父は自ら王族から除籍されて、他の女性との関係を断ち、且つ女性に惑わされないように森の中に入ったさ。

 しかも、エレーヌ嬢を守るためにひたすら魔物退治に励みつつ、懲りずにプロポーズを繰り返して。

 凄い根性だと思うけど、見方を変えりゃあ、ただのストーカーだぜ。十年も彼女と同じ森の中に小屋を建てて住んでいたんだからな。

 

 まあ、僕の魔女の呪いが解けたのも叔父上のおかげだから素直に感謝してるけどね。

 それに自分の呪いはとっくに解けていたのに、一年も僕に付き合ってくれたわけだしね。

 

 さあ、次は僕の番だ。

 大丈夫。叔父上を見てきたんだ。一度や二度断られたってへこたれないさ。さすがに十年は頑張れないかも知れないけど……

 

「クレアッティ、どうか僕と結婚して下さい。

 今までずっと君を傷付けてきました。本当に申し訳ないと思っています。

 これからは絶対に君を裏切らないと誓います

 どうか百回目の僕のプロポーズを受けて下さい」

 

「百回目?」

 

 クレアッティが不思議そうな顔をした。

 エーッ! 気付いていなかったのか! 僕の全身全霊を込めたプロポーズの言葉を…

 

「九十九通の手紙を送っただろう! あの中でプロポーズをしていただろう!」

 

「エーッ!」

 

 今更驚いているクレアッティの足元に跪いて、僕は彼女の手にキスをした。

 

 その時、隣に立っていた叔父がこちらを向いてこう言った。

 

「クレアッティ嬢、フォリーはね、私と違って一度も君を裏切ってはいないんだよ。

 最後のところでは君を思っていつも踏みとどまっていたんだ。呪いに抗って。それだけはわかってやって欲しい」

 

 クレアッティは大きく目を見開いた。榛色の瞳にシャンデリアの光が反射して金色に輝いた。

 

「クレアッティ、返事は?」

 

 クレアッティは今まで見たこともない幸せそうな笑顔でこう言った。

 

「もちろん、お受けしますわ。

 私達は元々婚約者同士ですもの。

 あの婚約破棄は成立していませんでしたしね」

 

 エーッ、そうだったの?

 

 僕は立ち上がり、クレアッティを思い切り抱きしめた。彼女からは薬草の匂いがしたが、それがとても愛おしかった・・・

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 (二人のターン)

 

「ねぇ、アラン様はいつ叔母様に百回目のプロポーズをしたの?」

 

「僕達のあの婚約破棄騒動の日だって」

 

「エッ? それじゃ、あの日私が見たのが記念すべき百回目のプロポーズだったのね。

 と言うことは、叔母様の方が勘違いしていたのね。何故かしら?」

 

「それは叔父がまだ子供の頃、まだ呪いが発動する前に一度プロポーズしていたらしいよ」

 

「そんな昔のものまで合算されるの?」

  

「そうみたいだね。僕同様、叔父上にとっても婚約者だったエレーヌ嬢が初恋の相手だったんだって。

 しかもそれが一目惚れで、顔合わせの場でいきなり彼女にプロポーズしたんだって。さすが叔父上、ませてるよな。

 

 でもそれは純粋な思いで告げたプロポーズだったから、それがカウントされていたんだろうな」

 

「つまり叔母もその最初のプロポーズを受けた時にすぐにOKしていたから、百回目のプロポーズの時に呪いが解けた訳ね、なるほど・・・

 

 でも、手紙のプロポーズでも呪いの解除ができるとは思わなかったわね」

 

「いや、確かに僕は手紙で君に百回プロポーズをしたよ。だけどさ、それは僕の愛と誠意を見せたくてしただけで、僕の呪いが解除できたのは、魔女を捕まえて命令したからだよ」

 

「アッ・・・」

長い文になったので、本来連載形式にした方が読みやすかったのかもしれませんが、章ごとに無理に字数合わせることになりそうだったので短編形式にしました。

 

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