健人が発見する
「ヒロ君、これ見て」
健人がスマホの画像を邦裕に見せた。
朱莉が家の前で立っている写真が、投稿サイトにあげられていた。軽音部の後輩女子の高橋が、うちに来たときに撮ったとしか考えられない。いつ撮ったのか、邦裕は全く気づかなかった。
「やばいぞ、朱莉のことがばれる」健人が言った。
「すぐ削除させる」邦裕はそう言って、軽音部の連絡網で高橋にメールを送った。
「本人の同意なしであげるのは犯罪って言ったら、削除した」健人に報告すると、
「広まってなかったらいいんだがな」と健人は言った。
朱莉には言わないことにして、何もなく一週間が過ぎた日、邦裕が早く帰宅して一人でいると、中年の男が朱莉を訪ねてやって来た。
玄関モニターに映ったその男は、こに住んでいる朱莉を尋ねてきたと告げた。邦裕はとっさに知らない、そんな人は住んでいないと答えてすぐにモニターを切った。カーテンに隠れて外を見ると、男はしばらく家を眺めて佇んでいた。やがて駅の方に立ち去った。
帰宅した朱莉にそのことを告げると、表情が険しくなった。
詳しく教えてと言うので、男の様子や話した内容を説明した。朱莉はソファで頷きながら聞いた。「きっと父ね」と一言言った。
「お父さん?」
「私、父から逃げてるの」
朱莉はそう言うと、邦裕から目をそらした。
「学校に来るのも時間の問題と思ってたけど、ここを見つけ出したのね」
「あの写真がまずかったのかもしれない」邦裕がそう言うと、朱莉は、頷いた。
「でも、早くなっただけで、どっちにしろ、現れると思ってたから」そう言うと、三宅さんと相談すると言って朱莉は出て行った。
朱莉は一時間ほどして帰ってきた。邦裕は部屋に行こうとする朱莉を呼び止めて、どうしたらいいのか教えてほしいと言った。朱莉は立ち止まって、振り返って邦裕のそばまで来るとソファに座った。
「三宅さんと相談して、しばらくここを離れることになった」朱莉が言った。
「しばらくは別のところに移った方がいいって」
三宅さんは朱莉を安全なところに移し、その間に弁護士と相談して問題を解決するそうだ。警察にも相談済みだと言う。
朱莉がこの家に来た理由は、父親のDVから逃れるためだった。
朱莉の父は会社を経営し、経済的に何不自由のない生活を送っていた。ところが、この数年、父が家族に暴力を振るうようになり、朱莉の母は、それに耐えきれずに妹を連れて実家に帰った。そして人を頼って三宅さんに朱莉を預けた。
父はその実家にも押しかけて、朱莉の祖父母にもひどい暴力をした。警察を呼ぶ事態になった。
邦裕は朱莉からこれだけの話を聞いて、なんともいえない嫌な気持ちになった。語る朱莉の口調から、その深刻さが伝わってきた。そんなひどいことをする父親がこの世にいるのかと信じられない気持ちがある一方で、朱莉が耐えてきた実際の苦痛を想像すると、激しい憤りが邦裕の全身を震わせた。
三宅さんの予想だと、一週間から十日ほどで朱莉の避難生活は終わるだろうとのことだ。その間、朱莉は学校も塾も休むことになる。
邦裕は心配だと言うのが精一杯だった。朱莉は笑って、心配いらない、わたしがいない方がかえってのんびりできるでしょと言った。
朱莉がいなくなって初めての週末、健人と昼ご飯を食べていると、インターホンが鳴った。
邦裕はいやな予感がしたので、応答に出ようとする健人に、朱莉の父かもと言った。モニターを見ると、先日やって来た男だった。邦裕がそう言うと、健人は、頷いて、任せとけと言った。
玄関には健人が出て、男と話し、その間に邦裕はリビングから警察に通報した。DVで相談した人物が来て困っているので、すぐに来てほしいと言った。様子を詳しく伝えるようにいわれたので、大声で恫喝して暴れ出したというと、すぐに向かうと言った。その間、健人は、うまく話を繕って男を引き留めていた。パトカーが来たとき、気づいた男は急いで立ち去ろうとした。健人が男の左腕をつかみ、引き留めた。邦裕は駆けつけて、健人に加勢した。三人がもみ合いになったところに警官が駆けつけて、男を引き離した。男と警官二人は押し問答をしている。「事情は署で聞こう」そう言って、パトカーに乗せて男を連れて行った。
邦裕は全身の力が抜けて、玄関でへたり込んでしまった。
健人は男ともみ合ったとき、腕に擦り傷ができていた。邦裕が言うと、たいしたことないと言って、気にもとめなかった。
朱莉は翌週の木曜日に戻ってきた。三宅さんと一緒だ。硬い表情でリビングに入ってきて、健人と邦裕の顔を見た途端、涙ぐんだ。邦裕は動揺してしまい、何も言えなかった。健人が「お帰り、待ってたよ」と言った。
「迷惑かけてごめんね。大変だったんでしょう?」
「ほら、これで拭いて」健人がティッシュ箱を手渡すと、朱莉は目を拭った。
三宅さんは、朱莉の父は今後、起訴されておそらく有罪になるだろう、朱莉は安心して生活できると言った。
「よかったね、また三人で暮らせる」邦裕が言うと、
「さびしかったでしょ」と朱莉は笑顔で邦裕に言った。
「ああ、ずっと」邦裕は本心からそう言った。
「君ら、本当の恋人同士みたいやな」健人が茶化した。