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震災と悪夢

 三宅さんの話を聞き終えて、邦裕らは、ふーっとため息を漏らした。この家の持つ歴史が明らかになった。二十数年前、ここにあった三宅さんの実家は、地震により全壊し、ご両親が亡くなった。

 まずは、この家が建てられ、その十数年後、隣に今の三宅さんの家ができた。この家は東京で働く息子さんがこちらに帰ってきたら住むようにと置いていたが、息子さんは、東京で家を建てて住み、こちらには帰ってこないことになった。人に貸すのも気を使うので、NPOの知り合いに相談して、邦裕らのような、事情があって家族と同居しない学生を受け入れるところとして使うことにした。


 三宅さんは一月十七日が近づくと、震災を忘れないためにも、この家に住む学生に話をしておこうと思っていたが、なかなかその機会がなく、できなかったそうだ。

 邦裕と健人は、初めて聞く話だった。もちろん、朱莉もそうだ。三人とも神妙な顔で三宅さんの話を聞いた。この近所でも多くの家が地震で倒れ、犠牲になった人もいたそうだ。今は、全くそんな惨状を想像できないくらいに復興している。いや、何も震災をうかがえるものが残っていないと言った方がいい。邦裕らは学校で習った出来事として、阪神大震災は知っていたが、まさかこんな身近なところにその痕跡があったとはわからなかった。

 「今度大きな地震が来ても、この家は大丈夫。しっかりした耐震構造になっているからね」

三宅さんはそう言って、沈んだ表情の邦裕達を見回して、明るい顔で言った。


 その夜、十二時を過ぎて、邦裕が布団に入ってうとうとしたとき、ドアをノックする音で、跳ね起きた。

ドアの向こうから、

「もう寝てる?」と小声で朱莉の声がした。

ドアを開けて、「どうしたん?」と聞くと、

「ちょっと、変な感じやねん」と言う。

「何が?どうした?」

「寝てるとな、胸が重くなって、少し苦しくなって、目を開けたら、何か黒い影みたいなものが視界を横切るのが見えて」

「何?それ」

「動悸が激しくなって、汗が出てきて」

「物凄く怖くなって」涙目になっている。

「変な夢でもみたのと違う?」

「ううん、目覚めてたから」

「黒い影ってどんな形?」

「わからん、ぼやけてて丸いような」

「お前、霊感強い?」

「幽霊なんか見たことないよ」

「じゃあ、やっぱり寝ぼけてたんと違う?」

邦裕はちょっと冷たく言った。

「そんなことない、私、怖いねん。部屋見に来て」


 朱莉が懇願するので、邦裕は仕方なく、一緒に確かめに行くことにした。健人を起こそうかと思ったが、明日の朝は仕事で早起きだと言っていたので、やめた。念の為、スマホと懐中電灯を持って、朱莉を後ろにして階段を上がる。

 朱莉の部屋のドアを開ける。恐る恐る部屋の中に足を踏み入れる。電気は点いたままだ。部屋の壁を丁寧に見渡す。邦裕の背中に縋るように朱莉が両手をかけている。

「何も変わったことないよ」邦裕がそう言って朱莉の顔を見た瞬間、バサっという音と共に20センチはある巨大なムカデが、天井から朱莉のベッドの上に落ちて這いずりだした。

「ぎゃーっ」と悲鳴をあげて朱莉が邦裕にしがみつく。邦裕は、後ろから歯がいじめにされて動けない。

 床に落ちて走りだしたムカデの頭を狙って、手に持った懐中電灯を力づくで押しつけた。身をくねらせるムカデの腹が、生ゴム色で気味悪い。何度か頭を力一杯で押しつぶして、逃れようとするムカデを弱らせて、抑え続けていると、ようやく動かなくなった。


「新聞紙かなんか、いらない紙くれ」

朱莉に命じると、ベッドの側から雑誌を取り出し、黙って手渡す。

何枚かを破り、重ねてそれでムカデの死骸を包み、台所まで運んだ。ゴミ袋に入れて、袋を固く縛りつけた。朱莉は硬い顔つきで邦裕の所作をじっと見つめている。


「こいつが黒い影の正体かもしれんな」

「朱莉の無意識が、ムカデの出現を感じ取って夢で知らせたんと違うか」

邦裕は、思いつきを述べて朱莉を安心させたかった。

「もう心配ないよ」

朱莉は今にも泣き出しそうな顔で、

「やっぱり無理。一人で寝られへん」

「ねえヒロくん、部屋で寝させて」

朱莉の顔を見ると、真剣である。沸き起こる妄想を悟られないように振り切って、「いいよ、俺がいるから大丈夫」と笑顔で答えた。


 朱莉を連れて部屋に戻る。

「俺はここで寝るから、朱莉はベッドで寝て」そう言って、邦裕は床に毛布とクッションをセットした。男臭い匂いを気にする朱莉のために、ベッドのシーツを洗濯したものと取り替える。


「電気は消さないで」

「ごめんね、わがまま言って」

妙にしおらしい。

「震災の話を聞いて怖くなった?」

「幽霊っているのかな?」

「そんなもの見たことない」

「私ってムカデに取り憑かれてる」

「虫がつくっていうやろ、美人だからや」

「ヒロくんみたいに優しい虫ならいいのに」

「俺、虫か?」

「私に危害加えないでしょ、だからいい虫」

「ちょっと話がおかしくない?」

「突然脱皮して変態するかも」

「変なこと言わんといて。もう寝る」

 ものの五分もしないうちに寝息を立てて寝入ってしまった。意外と神経図太いなと感心しながら、自分は床が固くて寝られそうにない。しばらく、天井を見つめていると、朱莉が寝返りを打って顔をこちらに向けた。寝顔が可愛い。こんなにじっくりと朱莉の顔を見たことがない。

 鼓動が速くなる。閉じた唇が綺麗なピンク色で、見つめていると吸い込まれそうになる。

「あかん、ここでなんかしたら、人生終わりや」

 邦裕はすっかり目が覚めてしまった。甘い匂いが漂ってくる。朱莉の体から発せられたその香りは、邦裕の鼻腔を直撃する。

 安心し切って眠る朱莉の様子を見ると、とても体に触れることなどできない。自分の煩悩の強いことを恨みたくなる。寝返りを打つ朱莉。大丈夫、起きない。

  邦裕は、そっと立ち上がり、部屋を出た。リビングのソファに腰を下ろしてほっと一息つく。朝まで、気づかずに寝ていてくれるだろうか。それにしても、朱莉が見たという黒い影はなんだったのだろうか。震災で亡くなった三宅さんのご両親の霊なのか。でも、それは違うと思う。

 朱莉を脅かす理由がない。むしろ、ムカデの出現を知らせるようなもの、朱莉の予知能力のようなものではないだろうか。風呂場で出現したムカデと今回、朱莉の部屋にでたムカデと、とにかく大きなムカデがよく出る家である。三宅さんにお願いして、防虫対策をしてもらおう、そんなことを考えているうちに邦裕は眠ってしまった。

 明け方、人の気配を感じた。そっと邦裕のほおを柔らかいものが触れる感覚がした。

目が覚めたのは早起きの健人に「風邪ひくぞ」と言って揺すぶられたときだった。


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