勘違い
梅雨になって暑かったので、邦裕と健人は入浴後、上半身裸で、リビングでくつろいでいた。よくある光景だ。ところが、朱莉が降りて来て、邦裕と健人が裸で並んで体をさすっているのを見て、
「キヤッ」と短い悲鳴をあげて部屋に逃げ込んだ。邦裕らはただ、お互いの筋トレの成果を自慢し合っていただけだったのだが。
健人が部屋に引き上げた後、邦裕がリビングに残っていると、朱莉がそっと上から覗いて、邦裕が服を着ているのを確かめると、そっと降りてきた。
邦裕が素知らぬ顔をしていると、朱莉は遠慮がちに尋ねた。
「ヒロくんて、健人くんを好きなの?」
「ああ、好きだよ」
朱莉は大きな目をさらに大きく見開く。
暫し、朱莉の目と邦裕の目が交差する。
「それって、男の人が好きってこと?」
「俺が、健人を好きって言うのは、友達として好きって言う意味だよ」
「本当?」
「今まで俺は女性を好きって何度も言っているでしょ。なんでいきなり、男を好きだと思うのか…」
「だって、さっき、体を触り合っていたでしょ、わたし、愛撫してると思って」
「愛撫?誤解や、誤解。お互いの筋肉の具合を確かめてたんやて」
「本当?それなら良かった。男同士でって思うとびっくりして。健人くんは優奈さんいるのにって思っちゃった」
「朱莉、このあいだ学校で講演会あったやろ。元は女性だったっていう講師さんは、どう見ても男性だったやん。LGBTって、性の多様性について話してたでしょ」
「世の中には色々な人がいて、色々な性の考えがあるというのはわかるけど。わたしは、男の人同士のカップルって知っている人がいないから、びっくりしたのかも」
「カップルちゃうけどね」
「男子って、裸のおつきあいに平気だったり、必要以上に距離が近かったりしない?」
「割とそういう傾向はあるかも。でも、みんなじゃなくて、そういうのが苦手な人もいるよ、俺もどっちかというと苦手」
「もし俺が男子も女子も好きになる人だったら、朱莉はどう思う?」
「もともとあなたを好きにならないから、その問いは無意味ね」
「じゃあ、朱莉が好きになって付き合った男の人がそうだったらどうする?」
「わたししか好きにならない人じゃないと無理ね」
「逆にヒロくんはどうなの?」
「異性も同性も限らず、好きになる人の振れ幅が大きい人は苦手かも。やっぱり俺だけを大事にして欲しいと思うから」
こんなやりとりがあった後、邦裕は改めて考えてみた。
健人は確かに男の邦裕から見ても、十分魅力がある。もし、俺が女子だったら、きっと付き合いたいと思うだろう。顔は言うまでもなく、スタイルも抜群にいいし、優しいし、しっかりしたところもある。悪い点は女の人に甘くて、近寄ってくる女性みんなに優しくしようとする点だ。優奈が心配して嫉妬するのもわかる。俺が恋人の立場だったら、健人を放し飼いにはできないだろうな。
もし、朱莉が俺と付き合うとしたら、俺は朱莉のことを束縛するだろうか。他の男と親しく話していたら、嫉妬に駆られるかもしれない。逆に朱莉は、俺が他の女性と仲良くしていたら、どんな気持ちになるのか。男と女、いや、好きなもの同士の気持ちって、難しい。
邦裕はそこまで考えて、頭が混乱してしまったので、考えるのをやめてしまった。