ーprologueー 『MWO』への誘い
「千夜〜っ!」
焦げ茶色のふわふわした髪の毛を揺らしながら制服を着た少女が駆けてくる。
「ん、どうした?」
千夜と呼ばれた少年は足を止め、振り返った。
「もー!先に帰らないでって言ったじゃん!」
少女は桜色の頬を不満そうに膨らませ、少年のことをポカポカ叩く。
そんな少女を見て少年はフッと黒曜石のような瞳を細めて微笑ましそうに少女を見下ろした。
「千夜?聞いてるの?」
「…聞いてるよ。華蓮が遅いって話だろ?」
「違うよ⁉…まぁ、確かにちょっと委員会が長引いたけど…」
軽口を叩きながらも二人は並んで道路を歩き出す。
「もう明日が終われば夏休みでしょ!だからさ、ちょっと前から発売してるゲームを一緒にやらない?」
「おー、いいぞ。どうせ暇だしな。」
「本当っ?やったぁ〜。私も始めたんだよ!」
「ふーん。で、なんてゲームなんだ?」
「『ミスクウォーズ・オンライン』だよ!CMくらい見た事あるでしょ?」
「あんまりテレビは見ないからな――」
と一陣の風が吹いた。
「わぁっ⁉」
半開きになっていた少女の鞄からプリントが三枚飛び出す。
少年は咄嗟にそのうちの二つをキャッチするが抵抗も虚しく一つは少し遠くへ飛んでいってしまう。
「あぁ〜!」
「はぁー。まったく、鞄を半開きにしとくからだ。」
それを少女がパタパタと小走りで取りに行く。
少女がプリントを無事取れたのを確認し、戻って来るのを待っている間に少年はふとプリントに視線を落とす。
「………おい、華蓮。」
プリントは数学の小テストだったのだが、些か点数が悪すぎた。
思わず今しがた戻ってきた少女に呆れた声をかける。
「んー?どうしt……ぁ。」
「……そういえば一時期お前、やけに宿題忘れてきてた時期があったような…。」
「ギクッ」
「…なるほど。…ゲームばっかりしてないで夏休みの宿題はちゃんとやれよ?」
「……はーい。」
少年は風で乱れた黒髪をかきあげると持っていたプリントを少女に渡し、鞄を閉めるように促す。
「ほら、ちゃんと鞄閉めろって。さっさと帰るぞ。」
「はいはい。分かりましたよ〜。」
少女はそんな言葉とは裏腹に可愛らしい顔をほころばせ少年の隣に並んだ。
ふと、少年が空を見上げ、少し目を細めた。
薄く雲が覆った藍鼠の空は唯、刻々と夜に向かう。