〜新しい生活の姿無き隣人〜
世の中が変わりつつ現在。
人の心も変わっていく、感情・感覚・感性のあらゆるものが変貌している。
そんな感覚の物語。
〜新しい生活の姿無き隣人〜
私は引っ越した。
ある年齢になり、生まれ故郷に戻る事にしたのだ。
新しい生活は、ゼロいやマイナスからの出発となる。
地位も無ければ収入も無い!
生まれ育った町に新しく12畳の広さのハイツを借りたのである。
周りの環境は昔に比べればかなり都会になっている。
道路は整備され、住宅地も広がっている。
部屋数は1階5部屋、2階が6部屋の計11部屋のこじんまりとしたハイツである。
その生活から1か月が過ぎ、引越しの手続きも落ち着いた頃ふと気が付いたことがあった。
人の気配はするが一度も隣人に出会っていないのだ。
たまたまだとは思うのだが、姿を見ていないのだ。
しかし、生活音は聞こえてくる為住んでいるのは確かである。
駐車場にはいつも数台の車も止まっている。
それから数日が経った。
仕事を探すため、ハローワークに向かおうと玄関を開け車に乗ろうとした時に2階のドアが開いた。
初めての隣人と会う瞬間が訪れたのである。
その隣人は若い大学生の青年であった。
すかさず、挨拶をした。
「おはようございます、始めまして1か月まえに越してきた、大野といいます」
青年はビックリはしていたものの、直ぐに返答してきた。
「こちらこそ、初めまして矢野と言います、近くの大学に通ってまして4回生なので、後一年しかここにいませんが宜しくお願いします」
感じの良い青年でほっとし、隣人に出会えたという安堵もあった。
だが、しばらくすると青年は少し戸惑た様子を見せた。
そして少し声のトーンを落とし、周りに聞こえない様私の耳元で囁いた。
「あのー、なんか変わった事ないですか?」
「……?」
私は少し戸惑った!
「変わった…こと?」
青年は、周りをもう一度伺う様子で話し始めた。
「大野さんは1階ですよね、わたしは2階の奥なのですが何かいつも物音がしませんか?」
この青年は何を言おうとしてるのか、理解が出来ずにいた。
確かに壁が薄いので会話や物音が聞こえるのは確かであるが、気にする程ではなかった。
むしろ生活音がする方が私にとっては安心する気がした。
だが、青年は続けて話し始めた。
「大野さんは他の住人に出会った事がありますか?」
「いえ、矢野さんあなたが初めて…です!」
「やはりそうですか」
「わたくしは4年前にこのハイツに来たのですが初めてなのです、住んでる人に会ったのが!」
私は少しだけ背筋が寒くなる感じを覚えた。
青年は、さらに話し始めた。
「やはり、住んでますよね?」
「他の部屋にも…」
「たぶん!」
わたしも曖昧な返答となっていた。
「ですよね…!」
青年は少し苦笑いをしていた。
青年は納得した様な感じで大学に行くために去って行った。
4年間隣人に誰とも出会わない、そんな事って人間が希薄になってしまっている証なのだろうか!
それとも無関心…だろうか?
矢野という青年は1年後このハイツから越して行た。
数年後、私もあの青年以来隣人には出会っていない。
久しぶりにありがとうございます。