〜近場のネオン街〜
人生の節目に迷い込んだネオン街。
彼の総決算の場所なのかもしれない。
〜近場のネオン街〜
同僚との飲み会の後、何か飲み足りない気がしていた。
電車で駅まで帰ってきたが何処か飲む所は無いかと探して見ることにした。
家の近くで飲む事は今まで無く初めてかもしれない。
意外と穴場が有るかもしれないと思ったが、なかなか無いようだ。
駅うらまで探し諦め掛けて戻ろうかと思っていた時、そこにネオンが光っていたのである。
「へ〜、こんな所に飲み屋街が!」
数件の飲み屋が連なっている。
螺旋階段を登り二階にも店はあった。
何かタイムスリップした感じの飲み屋街である。
一軒の店に入って見ることにした。
ドアを開けると、昔ながらのスナックと言ってた時代の店の作りであった。
だが、明かりは点灯しているが誰もいない!
「すみません、すみません…!」
呼んでみるも誰も居無い。
ふと、この店何処かで見た気がする。
俺が幼い頃、母がやっていた店にそっくりである。
幼い俺は小学校から帰ると、いつもカウンターに座りここでご飯を食べ、宿題をやっていたのだ!
間違いない、母の店だ。
だとしたら俺は過去に紛れ込んでしまったのだろうか?
怖さはなかった、それより懐かしさが込み上げてきた。
これは、何十年も前の光景になる。
突然ドアが開き女性が入ってきた。
「いらっしゃい…!」
それは紛れも無く若い時の母であった。
「隆史やっと来たんか、50年ぶりやね!」
俺は何が起こっているのか、分からなくなってきた。
母は俺が中学生の時に亡くなった。
父がその後育ててくれた。
俺は結婚し子供も授かった、父の苦労が分かり掛けた年代になっていた。
母との思い出は余り無いが、店での記憶は鮮明に覚えている。
「あんたにも苦労かけたな!」
母は言った。
「せやけど、お父にはもっと苦労掛けたな!」
「すまんかった言うといてな」
母はタバコに火を付けて一服した。
「隆史何飲む、飲めるんやろ!」
俺はうなずき、ウイスキーのロックを頼んだ。
「隆史嫁さんおるんか?」
「ああ居てるよ、子供も二人おる」
俺は、指をブイの字にして答えた。
「そうなんや、男の子か女か?」
ウイスキーのロックをチビリとやりながら答えた。
「上が男で、下が女や」
母は嬉しそうにうなずきながら、「そうなんや」と答えた。
懐かしさと、まさかこんな時を過ごせるとは思いもしなかった。
涙が溢れ出ていた。
「泣かんでもええやんか!」
母がハンカチを差し出し涙を拭いてくれた。
時が永遠に止まって欲しいと思った。
「隆史もう時間来てしもうたわ!」
「もう、家に帰りや」
「このままおったら、帰られん様になるよって」
また、涙が溢れでるのが分かった。
「隆史はええ子や、元気で頑張りや」
そう言うとあの幼い時の様に、頭を撫でてくれた。
ふと気付くと俺は駅のベンチで寝ていたのである。
その日、同僚達との飲み会は俺の送別会であった。
定年退職をした日、そんな俺を心配し、励ましに母は出てきてくれたのかも知れない。
そして、家に帰るまで涙が溢れ出ていた。
子供達も今では家庭を築き、嫁も元気でいる。
家に着くと「お帰りなさい、お勤めご苦労様でした」
嫁からの労いの言葉であった。
俺は幸せ者である。
今回もありがとうございます。