やらかしてしまいまして
…ん。
私は部屋のベッドの上で目を覚ました。
〈おはようございます、マスター。頼まれたことは達成いたしました〉
うむ、やはり君は優秀だな、メティ。
私は、体を動かす権利ごとメティに丸投げして、意識を失っていたのである。
どうやら優秀すぎるメティ先生が、両親には完璧メイドっぷりを披露してくれたようだ。
助かった。
コンコン
ドアがノックされる。
「はい、どなたで」
「ロテル!!」
げ、師匠。
師匠は肩で息をしながら部屋に入ってきた。
「ど、どういうことなんです!?いきなり家事が完璧になって!!なにか憑いているいるんですか!?」
あ、うん。
家事一つもまともにできないダメダメイドが急に完璧になったら、驚くわな。
「何も憑いてませんって」
「ご両親は満足なさってますが、こんなはずはありません!」
「いえいえ、私が底力を発揮したと言うか、火事場の馬鹿力ですよ。優秀になったんですからいいじゃないですか」
師匠は、まぁ確かにそうなんでしょうが、と呟くと、私に問うのはやめてくれた。
「では、これからもこの調子で頑張ってくださいね」
「うーん、それはちょっと難しいかと」
流石に四六時中メティが表に出ているわけにもいかないし。
「…ではこれからのことは置いておいて、今から最後にご両親をお見送りします。玄関に来なさい」
「はーい」
ちぇ、さっさと帰ればいいのに。
「ちなみに、今アーリンス家の三男、カイン・アーリンス様が来ておられまして、ご当主様方と同時にお見送りしますので」
「い!?」
アーリンス家は、侯爵家の一つだ。
この世界には、昔のヨーロッパと同じような爵位がある。
王族の血縁である公爵がもっとも高いくらいで、そこから下に侯爵、伯爵、子爵、男爵となっている。
侯爵家ってことは、かなりのお偉いさんだ。
三男だから跡継ぎはせず、どこかで騎士とか何か高めの位の仕事につくんだろうが、私と比べると身分が全然違う。
あ、ちなみに騎士ってのは王国直属の戦士で、公職。
メフィリア家は、爵位ではないが特別な、例えば代々剣の名家だとか魔力が高くて王国の魔術師団の幹部をつとめているだとかの家柄におくられる「臣家」という位をもっている。
「行きますよ。カイン様には新人の挨拶の練習に付き合っていただくことになっておりますので、お見送りの言葉は練習のとおりですからね」
「聞いてませんって!」
「やあどうも、君がロテルさんだね。」
「は、はあ、どうも」
カインさんは、キレイな金髪に群青色の瞳の美形だった。
貴族の上にイケメンとか、なんだこいつ羨ましい。
絹っぽい高そうな服、白いブラウスに群青色の長ズボンを着た彼は、玄関に行った私ににこりと笑いかけてきた。
「僕は今月家を出て、冒険者になるつもりなんだ」
「え、騎士じゃないんですか?」
騎士は公職。給料はいいし、身分だって平民よりずっと高い。
だから、爵位のある家の三男以下は大体騎士になる。
てっきり騎士になるんだとばかり思ってたけど、違うらしい。
「僕は貴族のしきたりとかは嫌でさ。今日は、メフィリア家のメイドさんには僕もお世話になっていたから、今までありがとうございましたって言いに来たんだけど。実は、メイドとか使用人とか、他の人に頭を下げられるのって苦手なんだよね」
ほー。
「こらロテル、ご当主様方はもうお外で待っておられるのです。カイン様のお時間を取るんじゃありません」
師匠に睨まれる。
両親は私が玄関に来た時にはもう外に行っていた。
メティが体を動かしていた間の記憶はないから、結局、両親の顔見てないな。
「僕は全然いいんですよ。それじゃあ、失礼します」
カインさんがドアに手をかける。
師匠に小声でお見送りを、と言われ、私は慌てて礼をした。
焦るな、練習のとおり、練習のとおり!
「おかえりくださいませ、ご主人様!!」
師匠が息をのむ音が聞こえた。
顔を上げると、カインさんがぽかんとして固まっている。
え、今私、何て言ったっけ。
あ。
『おかえりくださいませ、ご主人様!!』
や、
やらかしたぁぁぁぁああぁぁぁああぁ!!