おかえりなさいませ!
午後の修行スタート。
「まずは、ご主人様にする挨拶から始めます。私の真似をしてください。まず、45度から60度の角度で礼をし、手はへその前で重ねてください。それから挨拶です。」
師匠の真似をして礼をする。
「もっと背筋をのばして、丁寧に!優雅でかつ無駄のない動きを意識してください」
んぬぅ、難しい。
丁寧に、優雅に…。
「遅すぎます。素早く、かつ細かく!」
は、はい!
さっ、と礼。
「早い。適当に見えます」
うがー!
どうすりゃいいのさ⁉︎
しかし、師匠の礼を見ると、確かに丁寧で素早く優雅だ。
難しい!
数十分の間ぺこぺこし続けた。
やっと「まあいいでしょう」と言われた。
腰と背中が痛いが、これからがやっと本命の挨拶の練習だ。
「まずは、おかえりなさいませ、ご主人様、から」
ぬおぅ⁉︎
そ、そんなメイドカフェまんまのセリフを言わなきゃならんのかい⁉︎
美味しくなぁれ、萌え萌えキュンキュン!とか絶対やらんぞ⁉︎
絶対‼︎
オムライス出されてさあやってみなさいって言われたら「秋葉原行って来い」って書くからな私!
「言ってみなさい」
「お、おかえりなさいま」
「笑顔で!」
「お、おか…」
「もっと堂々と!」
「おかえりなさいませ、ごしゅ」
「もっと誠意を!」
ンなもんあるか!
誰かに仕えるなんざごめんだよ!
とはいえ逃れようもなく。
「お、おかえりなさ」
「もっとはっきり!」
「おかえりなさいませ、ご」
「もっとやわらかく!」
「おかえりなさいませっ、ご主人さ」
「もっとゆっくり!」
「おかえりなさいま」
「もっと抑揚をつけて!」
「お、おか…ガァッデェム‼︎」
「真剣に!」
数十分後。
「はい、それでおかえりなさいませ、ご主人様は合格です。」
や、やっと合格だぜ…。
「では最後に、私が玄関から入ってきますので、私をご主人様だと思って挨拶をやってみてください。」
はい!
師匠はご主人様、師匠はご主人様…。
ガチャ
ドアを開けて入ってきたご主人様に向かって、私は今日一番の笑顔を浮かべ、礼をして言った。
「おかえりくださいませ、ご主人様‼︎」
私はすっと頭を上げ、ご主人様の目の前の開けかけたドアを閉めて差し上げる。
ガチャ
「お、追い返してどうするんです!」
ドアを開け、ご主人様ー否、師匠が入ってきた。
「すみません、ご主人様だと思ったら苛立ちがつのってしまって。いかがでしたか私の修行の成果は」
「…礼が綺麗でしたよ」
師匠は額に手をあててはぁ、とため息をついてそう言った。