嗚呼素晴らしきクソスキル
「ルカさん、お待たせしました!」
私は、皿にのせたたまごやきをルカさんの前に置いた。
すると、ルカさんが表情を引きつらせた。
「ろ、ろ、ロテル?こ…これは、何ですか?食べ物ですか?」
「何って、たまごやきです。食べ物じゃないですか」
私は、皿の上の黒い物体を指で指し示した。
え、黒いのはおかしい?
何言ってるんだ、これこそがたまごやきだよ?
たまごを焼いたんだから、たまごやきじゃないわけないじゃないか。
「ルカさん、さあ召し上がれ」
「ロテル、あなたはこれを食べろと言うの?」
「はい、もちろん。食べるものだから食べ物という名前なんですから」
ルカさんが、フォークでたまごやきを怖々とつつく。
「私、ちゃんと味見しましたから。美味しかったですよ」
「お、美味しかった⁉︎」
え、そんなに驚かないでよ。
「…ヒュー!」
「はい、ただいま」
ヒューはルカの後輩。
まさか、ヒューに食べさせるつもり?
「ヒュー、このたまごや」
「あ、あら?わ、わ、私は何も、知りませんよ?」
ルカが何か言う前から、絵に描いたような狼狽っぷり。
一体、何をした?
「あの、調理室にビンがあったんですが…」
「あ、あなた、入れたの⁉」
「え、あ、はい。」
「何ですって⁉」
ヒューが目を見開く。
「そ、そんな、怪しいものを入れないなんてメイドの基本中の基本ですのに…い、入れましたの⁉」
怪しいっていったって、おいしかったよ?
基本中の基本ってったって、私は今日メイドをはじめましたので。
「ちょっと待ちなさい、ヒュー。あなた、何を知ってるの?」
「あ、あうう…。」
ルカさんが怖い顔をして、ヒューを睨む。
ヒューは、ひっと声をあげて、全て暴露した。
あの小瓶は、ヒューが調理室に置いたものだということ。
怪しいものは入れないということをしっかり覚えさせるためのものだったこと。
といっても、常識的に考えて入れないだろうから、後で危険なものだと分かり、私は意識を引き締める…という予定だったこと。
で、私はヒューの言う常識を無私して入れたこと。
そして、何より肝心なのが。
あの瓶の中身は、勇者になることができるという「キュメス」という薬だったこと。
きゅめす?
メティ!ヘルプ!
〈応。キュメスとは、飲むと勇者になれるという薬で、いろいろな薬を調合することで作ることができます。キュメスには特殊な成分があって、それによって不可視のエネルギーが魂に反応することで勇者の称号を獲得することができます。が、その成分は強烈に不味く、精神力では耐えられず、魂や身体が直接大ダメージを受けるため、大半は死に至ります。その不味さに、精神力と人間離れした体力などで勝つことができれば、勇者の称号が獲得できます。人間が勝利した記録は、過去に2度。また、成功確率は0.000001%です。〉
そーかそーか、
じゃねえよ‼
私、思いっきり食べたぞ⁉
あと、勇者のスキル絶対これのせいじゃねえか!
〈応。マスターのスキル「美食家」により、キュメスの味によるダメ―ジを無効化しています〉
マジかよ‼
散々いらねーとか言ってマジですいませんでした‼
ぶっちゃけクソスキル以外の何者でもないと思っていた「美食家」さんに命を助けてもらった。
ありがとうございます!
「ろ、ロテル…あ、あなた、大丈夫なの?きゅ、キュメスを…」
ルカさんが顔を蒼く、いやそれをとおりこして真っ白にして私に聞く。
「え、私ですか!全然大丈夫です」
「ふぅ…。偶然、キュメスがないところを食べたんですね…良かった」
すいませーん、バッチリキュメスかかってました!
真っ黒でしたー!
「…で?ヒュー、あなたはこれをどこから持ってきたの?」
「あ、はいッ!こ、これはですね、そのぅ、お向かいの薬師、サイデス婆さんから、お、お借りしたもので…」
サイデス婆さんは、70歳のおばあさんで薬師をやっている。
薬師とは、まじないの仕事や薬の調合んなんかをやる仕事。お医者さんと占い師の仕事を混ぜたようなかんじかな?
サイデス婆さんはとても優しいけど、弟子をとるときは厳しいという。
「すぐに、返しに行くのです!」
「ひゃいっ!」
ヒューは調理室に駆けていき、瓶をつかむと、そのまま玄関の方へ走って行った。
「いい?ロテルは、怪しいものは決して入れてはいけません!分かりましたね?」
「は、はい」
「あと、申し訳ないけれど、この…たまごやき、は、処分します」
「え、そんな!私が食べま」
「いけません!」
そ、そんなぁ…。
こうして、私の初めてのまかない飯づくりは終わった。