06、アフガニスタンからのメール
大学4年の夏、シンイチは、中国~パキスタン方面へ旅行に出かけ、しばらく音信不通となっていた。母ミキ子と幼馴染のユキコで、外務省に赴き、所在調査を依頼した。2ケ月後、友人アキヤマには、シンイチからメールが来ていた。
大学の友人アキヤマも、シンイチから連絡がしばらくないのを不審に思っていた。1ケ月位、会わなかったり国内にいて音沙汰がないのは、なんともなかったが、これまでシンイチの旅行中は、もっと頻回に便りをよこしていた。2日に1回とか、1週間に1回とか。旅行中なら、夜の時間もあるだろうし、知り合いもいなければ、人は誰かと状況を分かち合いたくなるものなのだろう。それと、今回は最後の学園祭のステージの準備もある、講義はとうに再開されている、どういうつもりだろう、と感じていた。
アキヤマは、卒業後は、田舎に帰る予定だ。東北地方のとある街出身のアキアマは、都会になじめないというより、生まれ育った地元に貢献することを考えた。趣味のブルースギターで生計を立てていくなんてことは夢のまた夢だろう、なら、少しは堅実に...市役所にでも務めようかとも考えたが、知り合いを通して、こじんまりとした地方のイベント企画会社に就職は決まりそうだった。
10月終わりにシンイチからメールが来ていた。
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アキヤマへ
驚いたと思う。今、アフガニスタンの首都カブールにいる。インターネットカフェからの送信だ。何故、1ケ月連絡出来なかったかというとかなりの理由がある。この文面だけでは語り切れないかもしれない。
冷静に聞いて欲しい。
パキスタン・フンザで、ある日本人青年に会った。彼は、厚い羊皮のコートを着ていて野生の匂いを漂わせていた。長期の旅行をしており、ヨーロッパから大陸を横断してやってきたという。アフガニスタンでは「ブズカシ」という山羊の頭を引きずりながら奪い合うポロ競技を見て、鮮烈な感動を受けたという。
そもそもアフガニスタンに行くことは可能なのか、ヨーロッパから陸続きの旅なんて可能なのか、すごく羨ましく思った。ギルギットという街から、ジープでパミール高原の麓に行くことはできる、と言っていた。
そもそも、俺の旅行って、目的地もはっきりさせず街から街へと渡り歩く旅だったから、ちょっと軽々しい行動を取ってしまったかな、とも思っているが、まあ聞いてくれ。
チトラルという街まで、知り合ったドイツ人と一緒にジープをチャーターした。ジープの運転手は、ブロンドの巻き毛で、長身、碧眼、まるでギリシャ人のような風貌であったが、地元の言葉を普通に話していた。彼は、紀元前に中央アジアを越えてインドまでやってきたアレクサンドロス3世の末裔に違いないと直感した。すごく興味を持った。
チトラルの安ホテル前で、アフガニスタン兵数人に囲まれた。「一緒に行こう。祖国統一のために戦おうではないか。」「コーランを唱えれば、同じイスラム教徒だ。」と彼らは言った。彼らは、北部同盟という、以前マスードという英雄が指揮していた軍の残党で、悪名高きタリバンと敵対していた。彼らには、国境などない。アフガニスタンとパキスタンを自由に行き来して、戦闘と休養、武器調達を繰り返している。
文明の十字路、民族学と考古学の宝庫。中央アジアとアフガニスタンに憧れを持っていた俺は、うかつにも彼らの言うがままに、行動を共にすることとした。
その日、深い森の中を数時間歩いた。彼らの足取りは早く軽快だ。サンダルで、川石を飛び越え、木の根をもとともせず踏み歩く。休憩時間に、甘い緑茶をいれてくれた。緑茶?そう。日本と同じようにその地域の人々は緑茶に親しんでいる。砂糖入り。道端にカーペットを敷き、車座であぐらをかき手づかみでナンを兵士と一緒に食べた。「客人の歓待」という掟が遊牧民族の共通項であるように、俺はもてなされている気分だった。
歩いて幾つかの峠を越えると、辺りの光景が一変した。むき出しの岩肌と砂埃。急に荒々しく冷涼な風が吹いてきた。もうアフガニスタン領内に入っているという。
「絶対に隊列から離れるな。地雷があちこちに埋まっている。手足が吹き飛ばされる。」
もう俺は引き返すことはできない、彼らと運命を共にするしかないと覚悟した。
丘の向こうに兵舎のような建物が見えた。仲間が何か騒ぎ立て始めた。旧ソ連軍が残した兵舎であったが、今、何者かが潜んでいる可能性があるということは、誰もが察知できた。
彼らはライフルを構え、四方から兵舎を囲むようにして慎重に近づいていった。俺は、遠くで待っていることも出来ずに、仲間一人の後方から身をかがめて付いて行った。もちろん俺は武器など持ってはいない。その後、まさか想像に絶する展開となった。
近づいていくと、やはり中に人がいる気配を感じた。仲間に緊張感が走った。距離は50m程。その時、犬がワンワン吠え、いきなり銃声が聞こえた。仲間も岩に身を隠しながら数発撃っていた。相手の弾は兵舎の窓から飛んできていた。
「走れ。」
俺は、合図を受け、とにかく走り出した。岩山を無我夢中で駆けた。瞬間、太腿に強烈な衝撃を受けた。俺が覚えているのはそれまでだ。
やっぱり驚いたかな。こんなメールを出して。
とにかく、今は回復して元気でいる。
そして、ひとつだけ約束したいことがある。この事実を、俺の実家には決して伝えないで欲しい。
両親は、目玉が飛び出すほどびっくりし、その後、心配でいてもたってもいられなくなるだろうから。
捜索ということになったら、俺は強制送還される。まだ、しばらくアフガニスタンに滞在したいし、やりたいこともある。家族にも、他の誰にも言わないで欲しい。親友としての頼み事だ。
またすぐメールする。今日はここまでの連絡とする。外で待っている人がいるから。
イヌイ シンイチ
シンイチからの衝撃的な連絡に普段冷静沈着なアキヤマもさすがに驚いた。アフガニスタンのカブールにいるって。何だって。ということは不法滞在になってしまうのだろうか。組織に誘拐でもされたのだろうか。現地で何をしているのだろうか。放っておけないわけにはいかない。しかし、シンイチは家族には連絡しないで欲しいと言っている。シンイチ自身から便りを出しているのだろうか。
アキヤマは、その日の夜中通して、カブール、中央アジア、シルクロード、武装勢力、などパソコンに次々入力して検索してみた。現在もカブール市内、地方都市で、バザールで、ひいては病院で、タリバンによる自爆行動が行われているというニュースが上がってくる。外務省のホームページでは、アフガニスタン全土に渡り、渡航禁止勧告が出されている。そのような危険な国で、一日本人旅行者に命の保証など誰もしてくれまい。だが、無念にもアキヤマにできることと言えば、待つことしかなかった。