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03、次男ジロウ

 下町にある昔ながらのラーメン店「西域ラーメン」。先代ハルゾウの趣味で、店内には、シルクロード・西域に関連した写真やポスターがあちこちに貼られている。まずは、その家族の話。

 「よお、ユキコちゃん。相変わらず、お綺麗だね。母さんも少し痩せた?」

 次男のジロウが店に顔を見せた。スポーツ刈りだが、頭の先端の部分だけ立てて伸ばしている。

 「なんだい。たまに会えばこれかい。ちっとも痩せちゃいないよ。」

 と母ミキ子。

 「お客さん、たくさんでいいねえ。父さん、堅焼きそば、大盛りいっちょ。」

 ジロウは、実家に帰るなり、父親ハナオに好物を注文した。

 ハナオは、少し怪訝そうな表情を見せたが、黙って、野菜を炒め始めた。


 「ジロウにももっと、家に帰ってきて欲しいよ。シンイチは、大学やら海外旅行。カズミは、受験勉強で予備校遅くまで行ってる。しゃべる相手がいないよ。」

 ハナオは、無口で黙々と仕事をするタイプなのだ。大皿いっぱいの堅焼きのソバに野菜。あんかけもたっぷりの品をジロウの前に出す。

 「やっぱり、これだよ。これじゃなくちゃ。父さんの自慢のメニューだ。これなら俺たちは飛びつくよ。」

 「それが、近くに”博多豚骨ラーメン”が出来たから、すっかり客が減ってるんだんよ。学校帰りの高校生なんか、もううちの店には来ないね。」

 「俺のダチにも紹介しておくよ。この味。この店。こんなに美味しいラーメン屋は都内にはないって。でも大型トレーラーは、この通りには入れないから無理か。」

 ジロウは、工業高校卒業後、中古自動車の搬送の会社に就職した。就職といっても、契約社員であり、小さな事故でも起こせば、いつ解雇されるかもわからない。いわゆる”陸送”という業界で、会社はキャリアカーと、トレーラーが何台か敷地に置かれているだけの小さなものだ。

 車好きのジロウにとっては、ぴったりの仕事。そもそもジロウは、兄シンイチや両親への反抗で、高校から、すっかり愚れて、無免許でバイクを乗り回す始末。暴走族組織グループの正式メンバーではなかったが、メンバー数人と、よなよな出かけるような生活を送った。

 そのうち、メンバー2人がバイク事故で死んだ。カーブを曲がり切れず、ガードレールに突っ込んだ。ジロウに連絡があった時には、もう2人はこの世にいなかった。

 高卒前には、車の免許を取って、今度はメンバーの車を乗り回していた。で、卒業後は自動車の搬送の仕事。朝も早く、渋滞があれば帰宅も遅くなる。でも、中古車なら、高級車だって、外国車だって運転できたから、ジロウにはおあつらえの仕事だった。今年から、大型トレーラーの運転をさせてもらえるようになった。運転試験場に数回通い、”けん引”免許を取った。トレーラーの運転になると、給料が特別アップするのだ。今は、会社が借り上げているアパートで一人暮らし。

 そして、去年のことだ。ジロウが月給を貯め、ローンで買った車を、兄シンイチが半日でいいから貸してほしいと言い出した。初めて買った愛車。帰ってきた車は、左側のドアとシャーシがブロック石でも投げつけられたかのようにへこんでいる始末。交差点での不注意で、縁石に乗り上げてしまったとのこと。

 以来、シンイチとは全く口を利かなくなっていた。


 「ごちそうさま。父さん、このさらさらっとしたスープがいいねえ。それにこの店内、全く変わらずで雰囲気あるねえ。」

 ジロウは、じゃべりながら麺をツルツルと口に入れ、スープをゴクゴクと一滴残らず飲み込み、たちまち醤油ラーメンを平らげた。

 店内を見渡すと、先代ハルゾウがどこから手に入れたのか、写真が無造作に貼られている。砂漠とたたずむ遺跡、ラクダの隊商が進む丘、青いタイルのイスラム風の建物、そして、崖に掘られた大きな穴に立ちすくんでいる巨大な仏像。

 ジロウは、この環境で育ったが、店内の写真にはほとんど関心を持たないでいた。改めて写真をよく見てみる。

 「ふ~ん。この大きな仏像は何だい?顔がないよ。」

 「それは、バーミヤンの遺跡。」

 母ミキ子が答える。

 「バーミヤン?ラーメンのチェーン店じゃあるまいし。顔に桃のマークでも貼ってあげれば。」

 「バカ言うんじゃないよ。今はもう顔どころか、全身が消えてるみたいだよ。」

 「全身ない?どうして?」

 「何年も前に、爆破されたんだよ。」

 それは、アフガニスタンのバーミヤンの遺跡の写真だった。2001年に当時、勢力を持っていたタリバンという組織が爆破を予告し、世界中からの非難を受けたのにかかわわらず、爆破を実行したのであった。

 「ひどいわ。大仏さま。本当に気の毒。」

 とユキコ。

 「ハルゾウさんは、博学だったね。写真を見て、嫁に来たばかりの私にはいろいろ説明してくれた。それにしちゃ、だんなは無関心。」

 ハナオは、黙々と次に使う野菜を取り出し、調理台に並べている。

 「今は、復旧中。と言っても、何十年も、それ以上かかるかもね。どうして紛争が止まらないんだろう、世界中で。」

 とユキコ。

 「ずいぶん気の長い話だね。俺が爺さんになった頃には、大仏さん拝めるか。...そう言えば、シンイチ兄さんは?」

 「さっきメールがあって、今パキスタンにいるんだって。」

 「パキスタン?こりゃまた、遠い国だ。全く兄貴はいい身分だ。俺とは違って何でも達者だから。もう帰って来ないかもな。この立派なラーメン屋の跡を継ぐのは、ひっくり返ってもイヤだろうな。」

 ジロウは、シンイチ兄には、いつも嫉妬と皮肉をこめて物を言っていた。

 「じゃあ、俺、夜、予定があるから。2階で寝てるよ。」

 「また悪仲間と麻雀かい?いいかげんにしときな。出来こそないっていうのはジロウのことだよ..。」

 と母ミキ子。

 ジロウは、ミキ子の言葉には耳を貸さずに、階段を上がっていった。

 (シンイチは本当に元気でやっているだろうか。無事帰ってくるだろうか。)

 ミキ子の心配が膨らんでいた。

 (あの子も、小さい頃から自転車でどこかに行っては、日が暮れるまで帰って来ない子だったから。それと、店の写真や古い地図を見ては、あれは何?ここはどこ?っていつも興味を持って聞いてきたっけ。国旗の絵を見ては、国の名前を間違うことなく言えてた。中学と高校でも英語と歴史と地理だけは、一番の成績だった。それでとうとう外国へ。まあ、仕方ない。これも子育ての顛末かな。)

 ミキ子は、自分を納得させ、エプロンの裾をシャンと伸ばし、厨房に入った。

 

 「じゃあ、私も。ごちそうさま。夕方から夜勤だから家で仮眠してくる。」

 とユキコも店から出ていった。

 

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