02、「西域ラーメン店」の話 その2
<前回まで>
「西域ラーメン」、そこは下町にある極ありふれたラーメン店。亭主ハナオ、妻ミキ子、近所に住みなじみの客ユキコが、長男シンイチからのメールを読んでいた。
ユキコは言う。
「忙しかったら、手伝ってあげようか。何かできることある?」
ミキ子は、
「最近は、ヒマで仕方ないよ。高校生が来なくなってから...このラーメンのスープじゃ物足りないのかね。」
「あっさりとしていて、女の子にはちょうどいい。」
ユキコは、深夜に同僚の看護師を引き連れて、たびたび「西域ラーメン」の味を楽しむ。
「そうかい。それなら...うちのだんな、頑固でしょ。先代のスープの味をかたくなに守っているんだよ。流行や時代に合わせて変えていけばいいのにね。」
ハナオが煙草に火を付け、厨房にあるテレビのスイッチを入れた。
ミキ子とユキコは「西域ラーメン」の将来を案じるかのような会話をしている。
「このスープタレの調合はね。だんなしか知らないんだよ。タレを作ることは私もやるけれども、醤油や油を混ぜたり、私は途中まで。仕上げは、だんなが行う。先代から伝えられた調合度合い通りに行う。タレのレシピはだんなの記憶の中にしかない。」
「それじゃあ、あの...誰にも引き継げないじゃない?」
「シンイチは、あの通り、外国ばかり行っている。次男坊のジロウは、高校ではかなりの不良だったからね。私の育て方が悪かった。まあ、今、会社の寮にいるようだけど。家には帰ってきやしない。」
「カズミ君は?」
「三男坊は、今、受験勉強。もう来年は大学生の予定。浪人されたら困るからね。あの子は、シンイチを慕っているから、シンイチに似るんじゃないかね。あの子も頭はいいよ。」
「このお店どうなっちゃうんだろうね。ちょっと心配。」
「ユキコちゃんみたいな娘がお嫁に来てくれれば、一番いいな。はっはっ。」
「冗談でしょ。私は、たまにお手伝いするだけとしておきます。ふっふっ。」
そんな会話を、ハナオはテレビを見ながら、傍で聞いている。
「西域ラーメン」は、時代と流行の波に呑まれながらも、細々と経営ができている、どこにでもあるようなラーメン店だった。
・・・・・・
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アキヤマへ
元気でやっているかい。今年の学園祭向けての練習をそろそろ始めないといけないね。と、言ってもいつもやっている曲でいいと思うけど。
日本を旅立ってから20日が経つ。あと、20日程度で、帰る予定。今、どこにいるかわかる?
なんと、パキスタンまで来てしまった。中国、西安から飛行機でカシュガルというイスラム教徒の街まで来た。そこで、峠を越えてパキスタンまで、バスで簡単に行けるという情報を旅行者からはっきり聞いた。予想外の展開。クンジャラブというパミール高原を越える峠を越えて、なんとフンザという村にいる。ここからの風景は、本当にみごとだ。桃源郷にふさわしい山々と淡い緑と、花に囲まれた村だ。
パキスタンの人々は、気さくでいい。中国の人々とは違って、のんびりとしてあくせくしてないね。ただ、バスの運転の荒っぽさには、驚くばかりだった。勇敢というのかな。崖っぷちをギリギリ通行するものだから、命が幾つあっても足りない気がしたよ。
これから、ギルギットという街に向かう。そのあとの予定はまだ、未定。
では、また、連絡します。 シンイチ
シンイチが家族にメールを送った日に、ほぼ同時に学友のアキヤマにも、メールを送っていた。
(いいじゃないか。シンイチは元々、どこに飛んでいくのかわからないような奴だから、冒険すればいい。無事に帰って来さえすれば...)
シンイチからのメールを読むたび、アキヤマは、うらやましいのと不安な気持ちとが混じり複雑な心境にもなる。まさか、パキスタンまで。そこから先は、テロ組織が潜伏しているような武装地域ではないのか。
アキヤマは、シンイチとH大学の同学年。学部は違うが「ギター研究会」で息統合し、シンイチの親友の一人である。アキヤマのパートは、ボーカルとギター。シンイチはギターを弾いている。時々は、授業をサボり、空き倉庫を改良し、スタジオ風に仕立てた部室で過ごすというのが日課だ。シンイチとは、ブルースやロックミュージックの話で会うたびに盛り上がる。シンイチからは、海外旅行の話、将来のビジョン、家族の話...いろいろな話を聞かされている。
......
「西域ラーメン店」次男のジロウは、兄シンイチにも、両親にも反抗的だった。兄シンイチとは、幼い頃、よくケンカをした。お菓子がどっちが多いとか、おもちゃのロボットの組み立ての部品を無くしたとか、踏んずけて壊したとか。2才違いだったから、お互いわかりあえそうな、反発しそうな微妙な距離なのだ。
必ず、けしかけていくのはジロウの方だった。兄シンイチは、1年生から空手を習っていたので、たちまち突かれて、押さえつけられて終わりだ。ジロウも幼少時に、空手道場に数回通ったが、正座もできず、あまりに落ち着きがなかったため、一旦退会し、それから行かなくなった。始めた時期が早すぎたようだ。
ジロウは、兄にいつも負けているのを悔しくは思っていたが、どうにもならなかった。おまけに兄と違って学校の成績もよくない。母のミキ子がいつも兄シンイチと比較して言うのだった。
「シンイチはあんなに勉強好きなのに。ジロウはどうしたの。こんなにケガして帰ってきて。」
ジロウは、兄に負けていたことを、級友にぶつけるかのように、学校帰り道で、必ずケンカして帰ってきた。ふざけ合って帽子の取り合いをしているうちに、だんだんとムキになって、しまいには殴りかかっているのだ。いつもケンカする相手は同じ。ズボンが破れたり、膝を擦りむいたりはする。けど、翌日には、きれいさっぱり忘れている。その繰り返し。
「ジロウはどうなるかしらね。ほら、シンイチみたいに机に向かって宿題しなさいよ。また先生に怒られるよ。」と母ミキ子。
そんな生活だったから、高校に入ると、両親への反発がむき出しになり、すっかり素直さが消えていた。