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14、シンイチとハヤサキの生活の始まり

 行方不明とされているシンイチは実は、アフガニスタン・カブールにいた。パキスタン・チトラルという街で、ある組織に勧誘され興味本位で入国しただけであったが、国境を越えて、その仲間たちと岩山を登り、兵舎のような建物に近ずくと、後ろから撃たれた。左大腿部貫通。意識を失い、地方の診療所に運ばれてきた。

 ひと月程度の入院。その間、助手アブドゥルと共に、一度首都カブールを訪ずれ、日本にメールを送った。家族ではなく、友人のアキヤマ宛であった。家族には連絡せず、結果としてアキヤマが、シンイチ家族に無事でいることを電話連絡する形となった。

 シンイチは、カブールでAAA医療財団のハヤサキという青年と出会う。シンイチは数日後退院し、再びハヤサキを訪ずれる。

 カブール市内は、道路幅も広く、アスファルト舗装も施され、快適に車を進められる。窓から見る景色では、建築物の老朽化は甚だしいがメインストリート外れには、清潔そうなマンション風の住宅群も建てられている。足場が組まれているビルも数知れず、着々と工事が進められ、街が復興中であることが伺える。

 車の通りとは無関係に、ターバンを巻いた男たちが縦横無尽に行き来する。信号などはない。どこへ向かうのか、仕事があるのかないのかわからないが、人々の往来は多い。ブルカを被った女性も家族に連れられ不気味に車窓の横を通り過ぎる。


 AAA事業財団、事務所前に着いた。アブドゥルとは、ここでお別れだ。俺はアブドゥルにメモを渡した。メールアドレスと東京の実家の住所を書き込んでいた。

 「たぶん日本に帰るまで連絡つかないかもしれないけど。」

 「ここに来れば、またシンイチと会うことはできますね。」

 「出来ると思う。また会おう。」

 中から、ハヤサキが出て来た。

 「元気でしたか?」

 「ああ、なんとか。杖も外れて歩ける。ちょっとまだ片足ひきずるけど。」

 ハヤサキとアブドゥルは、ペルシャ語で会話している。内容はわからなかったが、そのジェスチャーからハヤサキと連絡を取って後日アブドゥルは、この事務所に来ることになるらしい。

 俺はアブドゥルに「モタシェケラム。ホーダハフィス。」と覚えたペルシャ語で言った。さようなら、ありがとう、という意味だ。

 異国で入院し、俺は幸運にも犬死することもなく救われたのだ。この出会いと経験を忘れてはならない。

 いつかまた、あの診療所に。そしてアブドゥルとの再会を願って、別れた。


 「ちょうど今日は、ムラオカさんともお別れの会を予定してるんです。会と言っても、近くのレストランで食事をするだけですが。明後日、ムラオカさんは日本へと経ちます。」

 身体が大きく、シャルワールカシミという民族服を着ていても、その身体は筋肉で溢れていることが伺える。しかし、ハヤサキの口調は丁寧で優しい。

 「こちらへどうぞ。」

 俺は事務所2階の一室を案内され、荷物を整理するとよいことを言われた。

 深紅の細密柄の見事な絨毯が敷かれている。部屋には余計な戸棚や、家具はなく、壁に地図が一枚貼られているだけだった。

 俺が、そのアフガニスタン全土の地図を眺めていると、

 ハヤサキは、

 「ずいぶんあちこち行きましたよ。AAA医療財団は、カブールを始め、各地の学校を回って、医師・看護師を目指す若い人がいないか聞いていくのが仕事です。カブール、ジャララバード、クンドゥス、フェイザバード、マザリーシェリフ...北部方面はずいぶん行きましたね。クンドゥスなんかは、とっても美しい街でした。古来からのオアシスなんです。ただ、数年前にアメリカ軍による病院の誤爆攻撃があって、外傷センターという地域でも信頼されていた施設がめちゃめちゃに破壊されたというニュースはショックでしたが...今では、もう安全ですよ。アメリカ軍が去った今では。」

 外国の軍隊は、治安回復のために駐留していたはずなのに、むしろ軍が去った後の方が安全というのはどういうわけなのだろう、と不思議にも思い、俺はハヤサキの話を聞いていた。

 「そして、ムラオカさんが、このアフガニスタン北部が大好きでして。タジキスタン、ウズベキスタンの国境付近のバザールを巡り、掘り出し物を見つけてくるのが趣味なんです。考古学者崩れだから、あの人は。事務所にも並べられていたでしょう。正直、ぼくはどうでもいいと思う。あんな骨董品。それよりもっと、大切なことがあるでしょう。」

 ハヤサキと、上司のムラオカさんの関係がうまくいってなかったのか、ムラオカさんの話になると、ハヤサキの表情からイライラの不快な感情も読み取れた。

 「ムラオカさんが帰国した後は、自由にこの部屋を使っていいですからね。ぼくは日中、学校巡りとか仕事に出かけることもありますが。」

 本当に感激の言葉しか出てこない。誰一人知り合いなどいなく、カブールまで来るつもりなんて全くなかった。それが、この旅行中、予想もしない大展開に。これは手記をしっかりとって、後々記事にするしかない、と俺はジャーナリストになったつもりでもいた。たかが、大学生で、国際政治学という、カッコよさそうな学部で、4年間を風に吹かれるように過ごしていただけなのに。その国のことを勉強したければ、自分で足を運んで、国の風土を肌で感じてみなければ始まらないと痛感する。

 

 「さあ、荷物を片付けたら、夕食までちょっと出かけてみましょうか。この国では一か所に留まることはあまりよくないことですよ。夜以外は、ここにはいない方がいいです。ここに日本人の気のよい奴がいるって近所に知れたら、皆集まってきてしまいますので。そのうち不当な輩も押しかけてくるようになってくる。...」

 事務所を出て、2人で歩き始める。ハヤサキはもちろん滞在許可証を持っていることだろう。俺は、パスポートのみでビザも許可証もない。警察に尋問されたら大変なことになる。俺は、周囲に警官らしき男がいないか注意深く歩いた。

 「ぼくたちはハザーラ人です。そう思い込んで過ごせばなんてことはないです。堂々としていることですよ。怪しい行動やそぶりをしていれば、怪しい人が近づいてきます。日常を平素に送っていれば、どうってことないですよ。あと、西欧人が集まるような場所には行かないことです。やはりテロや誘拐の危険が高まりますから。」

 ずいぶん手慣れたことを言う青年だと思った。ハヤサキという青年はなぜこうもカブールに溶け込んでしまっているのだろう。

 バザールには、TVを始めとする電化製品、その部品、化粧品、日用雑貨、スパイス、野菜、果物、衣料品、今やこの国にないものはないと言えるくらいにモノが溢れかえっている。小鳥のペットショップもある。そして、通りには幾つかモバイルショップもある。インターネットの文化も浸透してきているようだ。

 「2002年にタリバンが去ってから、街は急激に物資が増えたようです。物は山ほどありますが、それを買う豊かな人はまだ少ない。期待だけは膨らみますが、消費生活が回転しているようには思えません。この街の人たちは、商人と兵隊以外したことがありませんので。建築技術者は皆、パキスタン人です。せいぜい現場労働者か、いやなら地方で農民に戻るだけです。」

と、ハヤサキは詳しく話す。

 店先でハヤサキがペルシャ語で何か男に伝え中へと入って行く。

 「チャイにしましょう。これもアフガニスタン流です。日がなチャイを飲んでいる。この国の文化です。」

 「あの、ハヤサキさんは長いのですか?この国に。」

 「まあ、長いと言えば長いですね。」

 とハヤサキは、身の上を語りだした。


チャイは緑色に焼かれたポットに入って出される。それをカップに注ぎながらハヤサキは話始めた。

 「ぼくは、アフガニスタン東部で農業支援をしていたんです。地元の農民との共同作業は慣れてくるととてもおもしろかったですよ。お茶、豆、サツマイモ...土地の性質を見極め、気候を感じて粘り強く行う。決して、彼らを指導していくという高圧的な態度ではいけません。彼らと話し、対話を重ね、くじけてもしつこく収穫を目指す。3年目くらいからはもう豊作です。干ばつで農家は飢餓に近かったです。それを救った...」

 ハヤサキは、得意げに話していたが、途中で言葉に詰まる。

 「ところが、ここからがアフガニスタンらしい話です。アフガニスタンは部族社会です。特にパシュトゥーンと呼ばれる民族がその傾向が強いと思う。掟には逆らえません。客人歓待という文化の側面、復讐という文化もある。住んでいる谷、狭い峡谷の中で農民は生活を何百年も営んでいます。隣の村が潤っていることを、よく思っていない村もあったようです。ぼくの命が狙われているという噂がたちました。それと、このまま支援を続けていくだけでいいのかという迷いもあって、一時、日本に帰国しました。」



 * この物語は全てフィクションです。

 

 

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