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01、「西域ラーメン店」の話 その1

 パキスタンやアフガニスタンの西アジア地域と聞いて、身近に感じる読者も少ないだろう。世間で騒いでいるのは、たびたび報道されるテロのニュース程度で、そのイメージを持って、その国を感覚的にとらえてしまうだろう。だが、実際に足を運び、土地の人と会話をし、その国の風を感じてみて初めてわかることも多い。

 この小説は、そうした現地の実情と、こうなって欲しいという希望と、そして、シンイチの家族、「西域ラーメン店」一家の物語を絡めたフィクションである。


......


 1980年代後半、日本はバブル景気に浮かれている頃だった。イヌイ ハナオは、下町でラーメン店を営んでいた。店の名は「西域ラーメン」。妻の名は、ミキ子。妻は、元看護師で、ミキ子が新人時代によく夜勤の終わりの深夜にラーメン店を訪ずれていたことから、結婚に至った。2人で協力して店を経営し、商売はそこそこ成り立っていた。生活も順調の時代であった。

 長男、シンイチが産まれた。シンイチは、長男らしく穏やか、快活で、小学校でも成績優秀。小1から、近所のスポーツ少年団で空手を習い始め6年生まで続けた。高校も地域では名門と言われる学校に入学。H大に入学した。

 2年後には、次男、ジロウが産まれた。ジロウは、やんちゃで、兄や両親の言うことを聞かず、破天荒なところがあった。ケンカ早かったが、兄シンイチの強さには足元にも及ばず、いつも負かされていた。その悔しさをバネにして生きてきたところがある。工業高校では、アルバイトをし、暴走族まがいのことまでしていた。卒業後は、中古自動車の搬送(陸送)の仕事をしている。

 また、2年後に、三男、カズミが産まれた。カズミは、身体が弱く小さかった。小学校に入ると、友達から「イヌ!イカ!」と「イヌイ カズミ」から連想されるあだ名で、周囲からからかわれ、通学、下校途中にイジメられるようになった。そんな時、助けていたのが、長兄シンイチで、空手を生かして、カズミからイジメっ子を追い払うようにした。カズミは、シンイチを慕い、シンイチと同じようにH大に入学を目指す。

 

 2020年 夏の終わり


 「いらっしゃいませ~。」

 ミキ子らしく活気のある声を響かせた。明るさが客を呼ぶ。そう信じて声を出し、働いた。ラーメン店の女亭主。会計や店の切り盛りは、実際、ミキ子が行っていたが、調理するのは、ハナオである。

 ハナオは、先代ハルゾウの跡を継いで、ラーメン店を営んでいる。店の名は「西域ラーメン」。ハルゾウの趣味で、店の壁、一面に、シルクロード関係の写真や、地図、ボスターが張られている。菩薩様まで額に入れられ飾られている。ハルゾウの父が日中戦争か、満州に行っていたとのことで、ハルゾウは話を聞かされ、青年期から中国、シルクロードに興味を持つようになっていた。

 1970年末頃からシルクロードブームが湧き、写真や情報も手に入りやすくなり、その頃ハルゾウが手にした品が、そのまま無造作に貼られていた。

 ハナオは、特別、その西域といわれている文化・文明に惹かれているわけではなかったが、ハルゾウの意志のまま、店を継ぎ、経営は、まずまずだった。


 ユキコが入ってきた。

 「こんにちは。」

 「あら、珍しいね、昼間から。看護師は昼間は寝ているものだと思っているからね。」

 いつもは、3交代夜勤の、準夜帯と言われる勤務が終わってから、夜中1時過ぎにユキコは、店を訪れるのである。

 「今日は、夕方から仕事だから。ちょっと、お昼食べに来た。」


 店のメニューは、昔ながらの醤油ラーメン、味噌ラーメン、塩ラーメン、そして人気の「堅焼きそば」が主である。他には、餃子と、普通の焼きそばのみ。要するに極ありふれた下町にあるラーメン店であったが、「西域ラーメン」という看板と、店内の写真を始めとする装飾と、そして、大盛りの「堅焼きそば」につられて、客がなんとか集まっていた。


 「じゃあ、醤油ラーメンお願いします。」

 「はいよ。醤油いっちょ。」

 ミキ子がハナオに声を掛け、亭主ハナオが、どんぶりに秘伝のタレを入れ、麺を茹で始める。ハナオは、タレ、麺の固さ、スープの温度に、特にこだわりを持っていた。ハナオのラーメンは、近所でも評判が良く、誰にでも受け入れられる味だ。それが、同じ商店街に「博多豚骨ラーメン」が出来てから、すっかり客足が遠のいてしまっていた。特に、大盛り堅焼きそば目当てで来ていた、腹をすかせた近隣の高校生は、めっきり、豚骨ラーメンへと流れてしまっていた。


 ミキ子が、出来上がった醤油ラーメンをカウンターに置く。

 「やっぱり私は、この醤油味が一番好きだなあ。」

 と、ユキコが割りばしを手にした。

 「小さい頃から食べているから。」


 ユキコは「西域ラーメン」の近所で育ち、現在は看護師。同じ下町にある病院につとめている。

 「ねえ、それと、シンイチ君からメール来てる?今、どの辺りにいるんだろうね。」

 と、カウンターの隅に置かれたノートパソコンを開き、メールをチェックし始めた。


 「全く、しょうがないねえ。シンイチは。休みのたびに、外国なんていって。私は、心配だよ。」

 と、ミキ子。

 三人息子の長男であるシンイチが、大学が長期休暇になると、海外に出かけていくのが気が気でないのである。しかも、「西域」に。中国の辺境部や、イスラムの国々まで...。


 「メール来てるよ。ほら写真もある。ミキ子さん、見て見て。」

 ミキ子がカウンター側に来て、ユキコと一緒にメールを読み始める。


 ✉

 父さん、母さんへ。


 お変わりないですか。日本の夏は暑いかと思いますが、僕は今、とても過ごしやすく素敵な所にいます。パキスタンのフンザという村です。ここは、アニメの風景のモデルともなった村で、ここからの景色は桃源郷です。7000m級の山々の谷間に、川が広がり、ポプラの木が並んでいます。想像できますか?

 そして、パキスタンの人々がとても親切で、誰でも近寄ってきてすぐに声を掛けてくるというのには驚かされます。中国とは、まるで文化が違うようです。

 ここまでは、上海、西安...西安では、かの玄奘法師が造ったとされる塔を見てきました。そして、飛行機で、西域のカシュガルという街まで行き、そこからバスで峠を越えて、今、パキスタン側にいます。

 でも便利ですね。こんな村にまでインターネットが通じていてメールを送れるのですから。

 どうか、心配しないで下さい。シルクロードの旅は、僕の長年の憧れでしたから、もう少し旅を続けたら帰ります。

 では、また次回、連絡します。     シンイチ


 ミキ子とユキコが、画面に身を寄せて、食い入るように読んでいる。そして、添付された写真を開くと、笑顔いっぱいで元気そうなシンイチの写真が載せられていた。長袖に薄地のセーター、それからジーパン姿である。疲れた様子もなく、2人は安心した。

 「シンイチ君の憧れかぁ。いいな旅って。私は、病院の仕事に追われているし、海外なんて行ったこともないし、連れてってもらえる人もいない。」

 と、ユキコ。

 ミキ子は、

 「親としては、やっぱり心配だよ。夏休みも、もうすぐ終わりでしょ。大学が始まるまでに帰ってくるのかしら。全く。」

 「最近は、こうして海外冒険する若者も少なくなっているというし、シンイチ君の行動に任せようよ。むしろ頼もしいと思うよ。さすが、生徒会長!」

 ユキコは、シンイチとは、高校まで同級生で、幼い頃から成績優秀だったシンイチを信頼している。高校では、シンイチは人気者で生徒会長を務めていたのだ。


 シンイチは、区立高校を卒業し、H大に進学。「西域」に憧れを持っていたシンイチは、国際政治学を専攻とし、以来、夏休みになると、上海、香港、タイといったアジア地域に出かけるようになっていた。


 「あの子は将来、何がしたいというんだろうね。この落ちぶれた店を継ぐことはないだろうけど。」

 とミキ子。

 「前にジャーナリストになりたいって言ってたことある。国際ジャーナリスト。カッコいいわあ。」

 とユキコ。

 「トンビがタカを生むってやつだね。」

 とミキ子。


 ハナオは、黙ってノートパソコンの画面に近づき、長男シンイチからの連絡を目で追っていた。


 






 



 


 

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